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息子と婿

お久しぶりです、イスラーフィールです。ちゃんと生きています。コロナにもかかっていません。

もうご存知の方も多いと思いますが小説家になろうで『羽林、乱世を翔る(異伝 淡海乃海 水面が揺れる時)』というIFシリーズを書いています。ぜひぜひそちらも読んで頂ければと思います。設定は基綱が武家ではなく公家になったらというものです。宜しくお願いします。




禎兆七年(1588年)    九月下旬      陸奥国会津郡黒川町  黒川城 上杉景勝




「関東平定、真におめでとうございまする」

祝いの言葉を述べると大樹が笑みを見せた。広間では幾分緊張しておられた。やはり親子でも相国様の前では緊張するらしい。

「有難うございまする。弾正少弼殿には随分と御力添えを頂きました。感謝しておりまする」

「いや、それほどの事はしておりませぬ。大樹の御力によるものにございましょう」

大樹が困惑したような表情を見せた。


「皆に褒められますが実感が湧きませぬ。それにまだまだ父には及びませぬ。今日もそれを感じました」

如何言葉をかけてよいのか分からない。下手な慰めを言っては却って傷付けることになるだろう。自分も相国様の大きさには圧倒されるような想いを抱いているのだ。


「……妹は、奈津は元気にやっておりましょうか?」

大樹が顔を綻ばせた。

「はい、母として二人の子を育てておりまする。妻としても某を支えてくれまする」

「左様で」

やれやれよ、俺が奈津の心配をするとは……。それにしてもあの奈津が大樹を支えているとは……。越後に帰ったら両親に話さねばなるまい。さぞかし喜ぶだろう。


「竹は如何でしょうか?」

「良い妻にございます。男子を二人産んでくれました、次は娘をと願っておりまする」

出来れば娘を二人程は産んで欲しいものだ。そうなれば両親も喜ぶ。俺も務めを果たさない不届きな婿扱いされずに済む。それに俺も娘を持って見たいものだ。出来れば竹に良く似た大らかで美しい娘が。


「我ら二人、不思議な関係ですな」

「真に、互いに相手の妹を妻にしました。某は奈津を、弾正少弼殿は竹を。不思議な事にございます」

「それも有りますが容易ならぬ御方の後継ぎになった」

「……そうですな」

二人で顔を見合わせた。大樹の顔には俺を労わる様な色が有る。俺も同様だろう。


養父は軍神とまで謳われた人物だった。戦場に立てば五万の大軍が粛然として養父の指示に従った。誰もが養父のために喜んで死地に赴いた。自分には到底無理だ。養父のような軍神にはなれない。養父は神に成れる男だったが自分は人間だったという事だろう。もし、その事で上杉の武威は衰えたと云われるのなら寂しい事ではあるがその通りだと認めざるを得ない。そして眼の前の大樹も相国様の後を継ぐのは容易では有るまい。潰されそうな重みに耐えているのだろう。


「奈津から色々と聞いておりまする。弾正少弼殿は上杉家に養子に入った事で随分と苦労されたと。普段無口な兄が以前にも増して無口になり憂鬱そうになってしまった。自分と姉が何とか気を引き立てようとしたが煩がられるだけで有ったと……」

「……」


「そんな時に竹が越後に嫁ぎました。奈津は竹が弾正少弼殿を恐れるのではないかと不安に思ったそうです。ですが竹は弾正少弼殿を恐れず弾正少弼殿も竹を自然に受け入れていた。良い夫婦になるだろうと思ったそうですが不思議でも有り可笑しくも有り良くその事で弾正少弼殿をからかったと言っておりました」

「奈津がそのような事を……」

「羨ましかったとも言っておりました。自分も良い夫婦に成れるだろうかと……」


煩いだけの妹ではなかったという事か……。鼻の奥に痛みが走った。少しもそのような心遣いには気付かなかった。気付くだけの余裕は無かったのであろうな。

「そのような事、少しも気付きませなんだ。心配をかけた、気遣ってやれずに済まぬと奈津にお伝えください」

「承知しました」

いずれは上洛する。その時奈津に会える筈だ。礼を言おう。……寒気がするな、首筋がスースーする。




禎兆七年(1588年)    九月下旬      陸奥国会津郡黒川町  黒川城 朽木基綱




「津軽の姓には慣れたかな?」

問い掛けると津軽弥四郎為信が“はっ”と畏まった。それを九戸左近将監政実が可笑しそうに見ている。男三人で茶を飲む、しかも一人は髭面で一人は大男なのだがほのぼのとした雰囲気が有った。こいつら面白いんだよ、弥四郎は髭の所為で顔が妙に長く見えるし左近将監は身体が大きいのだが茶を飲む時は背を丸めるようにして飲むんだ。結構爺むさい。


「相国様のお気遣いには何と御礼を申し上げれば良いのか分かりませぬ」

「気にするな。いずれは姓を津軽にと思っていたのであろう? 大浦では南部の色が強過ぎるからな」

「御明察、畏れ入りまする」

弥四郎が頭を下げた。

「ならば俺が与えた方が南部に詰まらぬ言い掛かりをさせずに済むと思ったのだ」

弥四郎が“お気遣い、有難うございまする”とまた頭を下げた。感激したようだ。これでこの男の心は獲った。意外に律儀なんだよ。自分を大名として認めてくれた秀吉に感謝して秀吉の木像を弘前城内に祀っていたりする。徳川幕府に知られれば取り潰されただろう。


「気を付けろよ」

「……」

「下剋上というのは厄介でな、やる時には相手の息の根を止めねば禍根を残すものだ」

弥四郎が神妙な表情をしている。江戸時代を通じて津軽と南部の仲の悪さは有名だ。実際にトラブルは何度も起きている。関東の北条も上杉を潰し損ねて謙信に散々な目に遭った。それを考えれば下剋上というのは始める事よりも終わらせる事の方が難しいのだろう。


「残念だがその方は南部から自立はしたが南部の息の根を止める事は出来なかった。南部は津軽の事を許すまい。特に津軽地方は米所だからな、恨みは強い。何かにつけて津軽は南部よりも格下なのだと蔑むだろう。そうする事で溜飲を下げようとする筈だ」

「……」

「揉め事が起きたならば決して南部と直接交渉して解決しようとするな。必ず俺に訴えろ。俺が裁く」

直接交渉など拗れるだけで解決には繋がらない。弥四郎が“有難うございまする”と頭を下げた。


「勘違いするなよ、その方に有利に裁定するとは言っておらぬ。公平に裁くと言っている。南部九郎には大樹が同じ事を言っている筈だ。津軽との揉め事が起きた場合には必ず自分に訴え出ろとな。俺は津軽の自立を認めた、南部九郎にとっては中々信用出来まい。そう思ったのでな、大樹に頼んだ。大樹もその辺りは良く分かっている。心配は要らぬ」

「お手数をお掛け致しまする」

また弥四郎が頭を下げた。良いんだよ、地方の揉め事を裁く事で中央政権の権威を立てる。こんな事は良くある事だ。


「左近将監、問題はその方だ。九戸はこれから苦しくなるぞ」

俺の言葉に九戸左近将監が微かに顔を顰めた。九戸は南部と対立していた。ごく自然に津軽と共闘関係が出来ていたのだ。南部は津軽を許さないだろうが九戸も許さないだろう。九戸の領地は南部に囲まれる様になっている。そして九戸の領地は小さい。何かにつけて圧迫されるはずだ。


「如何だ、奥州を離れぬか?」

「奥州を?」

吃驚したようだ。左近将監が眼を見開いている。弥四郎はそんな左近将監を注視している。

「九戸も最初から奥州に居たわけではあるまい。何処かから奥州に来たのだ。先祖伝来の土地を離れるのは辛かろうが南部との確執を考えれば新しい土地に移るのも一つの手よ」

左近将監が唸り声を上げている。まるで熊だな。


「例えば会津、或いは常陸。その他に望みの地が有るなら出来るだけ希望に添う様にしよう。如何かな?」

未だ唸っている。

「何なら海の外でも良いぞ」

「海の外?」

今度は反応した。眼がキョトンとしている。


「例えば琉球、呂宋だ」

弥四郎が“琉球、呂宋”と呟いた。左近将監は呆然と俺を見ている。

「天下統一がなれば琉球を攻め獲り呂宋に侵攻する。その方が望むなら琉球、呂宋で所領を与える事も可能だ。但し、琉球も呂宋も南国だ。嫌になるほど暑いぞ、雪を見る事等有るまいな」

左近将監がホウッと息を吐いた。


「畏れ入りましてございまする。相国様の御意に従いまする」

左近将監が頭を下げた。あれ? ちょっとショックが大き過ぎた?

「まあ、急ぐ事は無い。天下統一後、改めて返事を聞くとしよう」

「はっ」

左近将監がまた頭を下げた。


九戸を移せば南部も多少は落ち着くだろう。俺が南部に反感を持っていないと理解出来る筈だ。問題は九戸を何処に移すかだな? いっそ中央に持って来るか? 丹波、播磨辺りで所領を持たせれば喜んでくれるかもしれん。奥州人は律儀だからな、朽木への忠誠心を厚くしてくれる筈だ。


それに奥州の大名の中には左近将監を通して中央の情勢を探ろうとする者も出るだろう。その筆頭が津軽弥四郎だ。左近将監を通して奥州の大名をコントロールする事も可能になる、要検討だな。


そろそろ奥州攻めの軍議を開かねばならんな。それにしても戦国最後の決戦が奥州だなんて史実とは随分違う。史実では奥州が一つに纏まる事は無かった。多分伊達政宗の所為だろう。政宗が勢力を拡大したので他の大名は反伊達で中央の勢力に従ったのだと思う。秀吉の考える日本統一なんて何処まで理解していたか……。多分足利の天下とさほど変わらないと見ていたんじゃないかと思う。


政宗にも少なからずそんな思いが有ったと思う。葛西大崎一揆には政宗が関わっていた。狙いは葛西・大崎両氏の旧領を得る事だ。葛西・大崎氏は元々は伊達氏に服属していたが小田原に参陣しなかった事を責められて潰された。つまり伊達に服属しているという事を認められなかったわけだ。となると政宗は旧蘆名領、葛西領、大崎領等を没収された事になる。七十万石以上だ。残った領地が七十万石程だから半分を没収された事になる。不満を持つなというのが無理だ。


葛西・大崎両氏の旧領で一揆を起こさせる。そして秀吉に奥州は極めて治め辛い土地だ。ここは伊達に任せようと思わせるのが狙いだった。だが裏で動いているのがばれた。間一髪で切り抜けたが代償は大きかった。政宗は葛西・大崎の旧領三十万石を得る事が出来たが伊達の本領である米沢を失う。七十万石以上あった伊達領は六十万石に届かない石高に減らされた。


葛西・大崎の旧領三十万石を得る事が出来たと知った時は喜んだに違いない。だが本領の半ばを奪われる事になった知った時、石高が更に減らされたと知った時には愕然としただろう。先祖伝来の領地を失う、新たに得た葛西・大崎の旧領は一揆で荒れ果てている。自業自得とはいえ踏んだり蹴ったりだな。


政宗に不満が無かったとは思えない。いや不満だらけだっただろう。だが政宗は大人しく従った。豊臣は足利の様に甘くないと理解したのだ。逆らえば潰されると判断した。俺もそう思う、これは秀吉から政宗への最後通牒だった。望み通り葛西・大崎の旧領をくれてやる。不満が有るなら兵を挙げろ、何時でも潰してやる……。政宗には秀吉の冷たい笑みが見えたに違いない。ぞっとしただろうな。


奥州の諸大名が天下は統一されたのだ、豊臣は足利とは違うという事をはっきりと認識したのはこの時だろう。奥州を席捲した政宗でさえ大人しく秀吉に従った。天下人に逆らう事は危険なのだと理解した。この時、天下は本当の意味で統一されたのだと思う。秀吉の威令は日本全土を覆ったのだ。さて、軍議の準備をするか。




禎兆七年(1588年)    九月下旬      陸奥国会津郡黒川町  黒川城 朽木基綱




「奥州の者達は米沢城に集結しつつありまする」

風間出羽守が発言したが軍議を開いた大広間では驚く者は居なかった。まあ妥当な選択だよな。

「兵は如何程かな?」

大樹が問うと出羽守が“七万を越えて八万になりまする”と答えた。敵は八万、味方は十八万、倍以上だ。兵力だけなら負ける心配は無い。


「敵が攻めて来る事は有るまい」

「うむ、冬になれば雪が降る。敵はそれを待っておろう」

「その前に攻めなければなるまい」

「となれば今動かねば間に合わぬぞ」

家臣達が俺の顔を見ている。さっさと攻めましょうよ、そんな感じだ。


「良かろう、そろそろ出撃しよう」

歓声が上がった。

「俺は米沢街道を攻め上がる。大樹は福島から米沢へと攻め込め」

「はっ」

「手間取るなよ、遅れると俺一人で連中と戦うことになるからな」

彼方此方から笑い声が上がった。いや、冗談じゃないんだ。道は険しいが距離的には俺の方が近い、大樹と連携を取りつつ進まないとほぼ互角の兵力で戦うことになる。それこそ関ケ原の家康に俺はなるし大樹は秀忠になる。これまでの武名は地に落ちるだろう。


「弾正少弼殿は大樹と共に福島へ進み其処からさらに北へと攻め込んでくれ。上杉が北上したとなれば葛西、大崎は忽ち動揺しよう」

「必ずや御期待に沿いまする」

上杉弾正少弼が力強く答えた。いや、頼りになる娘婿っていうのは有難いね。家康が池田輝政を重用した理由が良く分かるわ。まあ俺には家康と違って頼りになる息子も居る。天下統一は目前だと思おう。



舞台『淡海乃海』ですが公演を行う事が決定しました。こんな時期にと思う方もおられると思います。ですがきっと素晴らしい舞台になると思います。先日、通し稽古を見てそう思いました。キャストの皆さんが本当に楽しそうに、そして思いっきり役を演じている。見ていただいて損は無いと思います。

主演の古畑恵介さんをはじめ素晴らしい役者さんが演じていますが見ていただいて皆さんがびっくりするだろうと思うのは綾ママを演じられる楠世蓮さんです。自分は本当に綾ママだと思いました。

そして六角義賢を演じられる中山佳大さん、コミカライズの六角義賢そのものです。迫力があって重厚さが堪りません。浅井久政役の加藤大輔さんも凄いです。久政の印象が変わると思います。御爺役の剣持直明さんの渋さも良い。とにかく、皆素敵です。自分は初日と土曜日、日曜日に観に行きます。今からすごく楽しみです。




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― 新着の感想 ―
[一言] 正伝16巻、購入&読了しました。 とうとう次巻予告がなくなりましたねぇ なるだけ早く続きが読みたいデス
[一言] こちらの方も投稿よろしくお願いします!
[良い点] 面白い小説をありがとうございます。 [一言] IFではなく本編の更新を待っています。
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