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大国への道




禎兆八年(1588年)    八月上旬      陸奥国岩瀬郡長沼村 長沼城  朽木基綱




「伊達藤次郎殿は納得したようですな」

「そうだな、重蔵」

政宗は抗弁せずに受け入れてくれた。辛かっただろうな。私情よりも天下を優先してくれたのだ。其処は評価しよう。この世界の政宗が如何いう人物になるのかは分からない。天下を狙う野心家になるのか、それとも天下を第一に考える人物になるのか。いずれは大樹にとって良い相談相手になるかもしれない。そう有って欲しいと思う。


「明後日、出陣する。主税、触れを出してくれ」

「はっ、そのように」

主税が畏まってから立ち去った。上杉が津川城を落とした。津川城は蘆名にとっては越後攻めの拠点となる城、そして越後からの侵攻を防ぐ拠点だった。津川城の城主は金上右衛門大夫盛備なのだがこの男、津川城には居なかった。蘆名氏の執権として黒川城に居た。佐竹から養子を迎えると決めたのもこの男だ。津川城が落ちた事で上杉も蘆名領に踏み込んでくる。蘆名は一層追い込まれたわけだ。右衛門大夫の権威はガタ落ちだな。今が攻め時だ。


少し休むと言って自分の部屋に戻った。壺が有ればなあ、壺を磨きながら考えを纏める事が出来るんだが……。加賀の井口越前守から佐渡攻略が終わったと報告が来た。大いに結構だ。奥州遠征が終わったら金の採掘に掛からせよう。有るかな? 有ればいいんだが……。まあ無くても蝦夷との貿易の中継地として役立てる事は出来るだろう。何らかの使い道は有る筈だ。


小兵衛が此処にやってきた。九州でキリシタンが騒乱を起こしたが畿内では何も起きなかったらしい。史実だと畿内にもキリシタン大名が居たんだが朽木は織田と違ってキリシタンには必ずしも寛容ではない。悲寛容とも言いきれないが政への介入は許さないからな、国人達も入信には慎重になったようだ。そんな事も有って畿内ではキリシタンは大きな勢力には成らなかったし政治勢力としても微弱だった。宣教師達が九州の権益保持に躍起になるのも畿内での布教が思う様に行かなかったからだろう。


イスパニアと事を構える以上琉球の征服は必至だ。となれば明は反発するし朝鮮にも影響は及ぶ。小兵衛には朝鮮に人を入れろと言っているが改めて明と琉球に人を入れるように命じた。嬉しそうだったな、遣り甲斐のある仕事を貰ったと思ったらしい。それとマカオにも人を入れるように命じた。李旦に協力を頼めば上手くやってくれるだろう。なんか段々李旦の思い通りになって行くな。ちょっと不本意だが已むを得ない部分も有る。奥州遠征が終わったら李旦とじっくりと話してみようか。


九州に攻め寄せてきたイスパニア船は九鬼と堀内に全て撃破された。九鬼、堀内側も被害は出たが船が沈む事は無かった。十分な戦果だ、宣教師達も日本を占領するのは簡単じゃないと理解しただろう。国内ではコエリョが信徒を率いて長崎で挙兵した。豊後の大友五郎は誘われたが動かなかった。立花道雪、高橋紹運が馬鹿な事を考えるなと釘を刺したようだ。


もっともそれが無くても蜂起には加わらなかっただろう。五郎の周囲には笠山敬三郎、磯野藤二郎、葛西千四郎、町田小十郎が居る。五郎も彼らが自分に対する監視役である事は分かっていただろう。妙な動きをすればあっという間に攻め潰されるという事も分かっていた筈だ。


それに豊後では大友の没落後キリシタンは邪教だという考えが広まっているらしい。坊主共が声高に言い立てているそうだ。特に日本人奴隷の事と俺がそれを問題視している事、朽木が宗教には決して甘くない事を言って切支丹の信徒であると良くない事が有るから棄教しろと触れ回っている。その所為で信徒が減っているようだ。仏教徒達の逆襲だな。大友氏の行き過ぎた切支丹支援の反動が起きているようだ。


コエリョの挙兵は長崎で行われた。従った信徒達の殆どが西肥前の信者らしい。五千人と報告があったが少し少ないような気がする。島原の乱とか考えるともっと信者が居てもおかしくは無い。参加しなかった信者を如何捉えれば良いんだろう。反乱予備軍と見るべきなのか、それともキリストを信じるけれど伴天連の言いなりには成らない存在なのか……。まあ良い。こちらから積極的に追い詰める様な事はしない。朽木の統治に服している限り、何を信じようと構わない。


コエリョ達の軍は二万を越えたが所詮は烏合の衆だった。朽木側の討伐軍は秋葉市兵衛、大久保彦十郎に与えた八千、それに肥前の真田源五郎、小山田左兵衛尉、酒井左衛門尉、大久保新十郎が加わり筑前からは立花道雪、筑後からは高橋紹運が加わった。錚々たる面子だ。兵力は一万五千程だったが一戦してコエリョ達を粉砕した。毛利の援軍を待つまでも無かった。まあイスパニアの軍船が目の前で沈められたからな、気落ちしていたというのも有るだろうがあっけない程一方的な戦いだったらしい。


浪人達は散り散りに逃げたがコエリョと信徒達は廃城になっていた満城に逃げ込んだらしい。そして討伐軍に囲まれた。兵糧なんて無いからあっという間に飢えが来たようだ。そして討伐軍が攻め込んできた。コエリョと主だった信徒の何人かが捕虜になったが後は皆殺しだ。切支丹共も朽木の恐ろしさは十分に分かっただろう。


これらの報告は石田佐吉から来たんだが流石だわ。要領良く書かれていて分かりやすい。それに京の伊勢兵庫頭にも報せたらしい。手抜かりが無いわ。史実で秀吉が重用する筈だよ、納得した。佐吉にはコエリョと捕えた切支丹信徒は俺が直接尋問するからそれまで厳重に監視する事、決して彼等を逃がさない事、また外部からの接触を禁じ個別に監禁する事を命じた。そして伴天連達に奥州から戻り次第呼び出すから近江にて俺を待つように伝える事、逃げ隠れするようなら厳しい処罰が待っていると伝える事を命じた。


蜂起に参加した浪人達への追及は止めさせた。連中も二度と切支丹に加担しようとは思わないだろう。それで十分だ。後は全国の諸大名達に今回の蜂起に加わった者でも遠慮せずに召し抱えるようにと触れを出せば良い。追い詰めれば牙を剥く。追い詰めずに食える道を与えてやる事だ。可能性を与えるだけでも全然違う筈だ。それにもう直ぐ琉球遠征、呂宋遠征が有る。彼らが必要になる時が来る。


他にも今回の内乱鎮圧に働いてくれた武将達に俺が満足している事を伝えて欲しいと頼んだ。佐吉に頼んで終わりじゃないぞ、俺からも文を書いた。九鬼、堀内、秋葉、大久保、真田、小山田、酒井、立花、高橋。働きに満足している事、奥州から戻り次第恩賞を与えると文に書いた。大樹にも文を書いた。今回の顛末を伝え大樹からも労う様にってな。


俺だけじゃない、後継者も働きを認めていると分かれば喜ぶ筈だ。それと三郎右衛門にも文を書けと命じた。いずれ九州に行くのだ、ここで連中の働きを褒めておけば九州に行った時に周囲も好意的に受け入れてくれる筈だ。四郎右衛門にも九鬼、堀内に手紙を書くようにと言った。


周にも文を書いた。今回は九鬼の者達に大いに働いて貰った。大変助かったと。周は喜ぶだろうしその事を夫や舅に話すだろう。二人は周が俺から文を貰った事、そして俺が九鬼の働きを褒めていたと分かれば周の事をこれまで以上に大事にしてくれる筈だ。周は養女だからな、その辺りは配慮が要る。


今回は伊賀衆が良くやってくれた。龍造寺の隠居には一杯喰わされたから名誉挽回とばかりに働いてくれたようだ。御蔭で十分に態勢を整えて迎撃出来た。後で伊賀の三人を呼び出して直々に感謝していると伝えよう。感状も書こうか、きっと喜んでくれる筈だ。それと天下統一後は黒野小兵衛、風間出羽守にも感状を与えよう。俺と大樹からそれぞれに出そう。喜んでくれる筈だ。




禎兆八年(1588年)    八月中旬      山城国葛野郡    近衛前久邸  九条兼孝




「まさか、御戻りになられるとは思いませんでした」

「ほほほほほほ、驚いたかの」

「はい」

素直に驚いた事を認めると太閤殿下はまた“ほほほほほほ”と扇子で口元を隠しながら笑った。


「奥州は如何でございました」

「暑かったの、もっと涼しいのかと思ったが暑かった。夏は何処も変わらぬらしい。逃げ場は無いという事でおじゃるの」

殿下の言葉に皆が笑い声を上げた。私、一条左大臣、弟の二条右大臣、殿下の嫡男、近衛内大臣、飛鳥井准大臣、西園寺権大納言。


「ところで、如何でおじゃった。九州の騒動でおじゃるが」

殿下の問いに皆が顔を見合わせた。

「騒ぎにはならなかったかな?」

「それはなりました。ですが直ぐに鎮圧されたと報告が入りましたので……」

答えると殿下が“ふむ”と頷かれた。


「余り騒ぎにはならぬか」

「南蛮人に対する嫌悪は強くなっておじゃります。南蛮人の出入りを禁じその教えの布教を禁じるべきであるとの声が強くなっているのは確かで無視は出来ませぬ」

「なるほどの」

弟の言葉に殿下が頷いた。


「相国はその事で何か?」

殿下が首を横に振られた。

「特には無い。ただ京で混乱が起きるのは困る、そう言っておじゃった」

「ではそれで殿下が」

「まあそういう事でおじゃるの」

殿下が曖昧に頷く。


「イスパニアの動き、相国は想定しておじゃった」

殿下の言葉に皆が顔を見合わせた。

「九州の者共、それに毛利が此度の奥州遠征に加わっておじゃらぬ。遠い故の事かと思ったがイスパニアの動きに備えての事でおじゃった」

「では、相国が南蛮の者を挑発したと……」

西園寺権大納言が愕然として問うと殿下が首を横に振られた。


「伴天連達が九州で随分と勝手な振舞をしていたらしい。相国はそれを厳しく咎めたようだ。天下を治める者としては当然の事であろう。だがその事で伴天連達が不満を持つであろうとも思ったのでおじゃろう。念のためにそれに備えた。そんなところでおじゃろうな」

「……」


「まあ、それは過ぎた事じゃ、問題はこれからでおじゃるの」

殿下が我等を見渡した。

「相国は琉球を攻めるぞよ、潰すつもりじゃ」

“まさか”、“なんと”と声が上がった。

「何故におじゃります?」

問い掛けると殿下が“分からぬか”と呟かれた。


「琉球は人質を出す筈でおじゃった。だがイスパニアが兵を出すと聞いて人質を出す事を取り止めた」

「……」

「見方によってはイスパニアに通じたと見えよう」

皆が顔を見合わせた。


「それは分かりますが些か乱暴ではおじゃりませぬか? 此度の事は琉球王に謝罪させ人質を改めて要求すれば済むと思いまするが……」

弟が異議を唱えると殿下は首を横に振った。

「相国は呂宋のイスパニアを攻めるつもりじゃ。呂宋は琉球のさらに南に在る。向背の定かならぬ者を背後には置けまい」

シンとした。皆が視線を交わしている。


「宜しいのでおじゃりますか? 琉球を攻めれば必ずや明との関係は悪化しましょう。当然ですが朝鮮との関係も悪化致します。厄介な事になりませぬか?」

一条左府が問うと皆が頷いた。殿下が溜息を吐いた。

「麿もそれを思った。相国を宥めようと思った……」

「では」

止めるべきだと言おうとすると殿下が首を横に振った。


「呂宋のイスパニアは放置出来まい」

皆が頷いた。

「呂宋のイスパニアを攻めれば、呂宋が日本の物になれば、日本と明の関係は悪化する。それが相国の見方じゃ」

「父上、それは明とイスパニアが通じているという事でおじゃりますか?」

殿下がまた首を横に振った。


「そうではない。いや、もっと悪い。……銀が絡んでおる」

銀? 皆が顔を見合わせた。皆が訝しげな表情をしている。銀?

「明は税を銀で納めさせている。銀が通貨なのだ。だがその銀はイスパニアが海を越えて運んでくる」

“まさか”と飛鳥井准大臣が吐いた。私もまさかと言いたい。イスパニアが銀を運ぶ? 一体如何いう事なのか……。


「真じゃ。イスパニアが銀を呂宋に運び明の商人が絹、陶磁器等を呂宋に運ぶ。そこで商いを行い明の商人は銀を、イスパニアは絹や陶磁器を得る。銀は明に運ばれ回り回って税として納められる。絹や陶磁器は莫大な利益をイスパニアに齎す。そういう物の流れが出来ておる。それによって両国とも強国としての地位を築いている」

「では呂宋を攻めるという事は……」

飛鳥井准大臣が問うと殿下が頷かれた。


「その流れが途切れるという事でおじゃるの。明は銀を失いイスパニアは利を失う。それが続けば徐々に徐々に国が困窮し今の地位から転げ落ちよう」

「……」

「特に明の皇帝は暗愚で悪政を布いておじゃる。銀が入らなくなれば民から銀を搾り取ろうとするであろう。民は困窮する。何が起きるか、分かるの?」

殿下が皆に問い掛けた。


「民が逃げるのでございますな?」

確認すると殿下が頷かれた。

「そして反乱を起こす」

また殿下が頷かれた。そして殿下が皆を見渡して“分かるの?”とまた問い掛けられた。


「そうなれば明はイスパニアが呂宋に戻る事を望みイスパニアも利を求めて呂宋に戻ろうとするでおじゃろう。イスパニアと日本が呂宋で争う時、明が如何動くか……」

殿下が皆を見渡して三度“分かるの?”と問い掛けてきた。

「イスパニアに加担するという事でおじゃりますか」

私が答えると殿下が頷かれた。


「その時は明は必ず琉球、朝鮮にも声をかけよう。となれば日本は周囲を敵に囲まれる事になる。そして呂宋にいる日本の兵は琉球に背後を断たれかねぬ……」

「だから琉球を潰すと?」

内府が問うと殿下が“そうだ”と頷かれた。


「イスパニアが日本に兵を向けた以上、その根拠地となる呂宋は必ず攻め獲らねばならぬ。琉球と呂宋を攻め獲らねばイスパニアからこの国を守れぬのだ」

自らに言い聞かせる様な口調であった。国を守る事が新たな戦を呼ぶとは……。

「明、朝鮮とも戦う事になりますぞ」

私が注意すると殿下がじっと私を見た。

「相国はそれも覚悟している」

なんと……。激しいのか、それとも厳しいのか……。


「明はいずれ滅ぶであろうの」

シンとした。滅ぶかもしれぬとは聞いていた。有り得るとも思った。だがそれが現実になるのか。

「相国は五年以内にそれが見えてくると見ている。そして十年以内にはどのような形で滅ぶかも見えるだろうと言っておった」

「……」


“ふふふふふふ”と殿下が笑った。皆がギョッとして殿下を見た。殿下が楽しそうに笑っている。

「麿が笑うのが可笑しいか?」

「……」

「狂うてはおじゃらぬぞ。明が滅んだ時の事を思うたのよ。明が滅んだ時、この日ノ本は琉球、呂宋を制しておじゃる。明に代わる強国となっておじゃろう。楽しみな事よ」

殿下がまた笑った。この国が明に代わって強国になる。そんな事が本当に……。気が付けば頭を振っていた。





お久しぶりです、イスラーフィールです。

もうご存知だと思いますが3/25(月)にコミカライズの第一巻が発売されました。書き下ろし小説「領内視察」も収録されています。御手に取って頂ければ幸いです。

また、4/10には書籍第五巻、5/25にはコミカライズの第二巻が発売されます。

楽しみにお待ち下さい。



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― 新着の感想 ―
ここまで一気に読んでしまいました。 気になったのは主人公が以前朝廷に南蛮人とも謁見云々と話していた事。 ファーストコンタクトが戦争仕掛けて来たという事態では朝廷も相当な忌避感を持ったはず その辺りをこ…
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