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倭寇




禎兆八年(1588年)    三月上旬      近江国蒲生郡八幡町 八幡城  朽木基綱




「困った事だな」

「はい、未だ御若うございますから……」

この男、どうやら明はかなり危ないと見ているようだ。そして万暦帝の悪政は墓造りで終わりではなくこれからも続くと見ている。大湊に屋敷を構えたのも商売だけが理由じゃないかもしれん。明が混乱すると見て中国に居るのは危険だと判断したか……。


「昔の仲間から誘いが有るかな?」

李旦が笑いながら首を横に振った。

「そのような事は……」

「無いか」

「はい」

嘘だろう。この男が仲間なら頼もしい限りだ。俺なら絶対に声を掛ける。……それを避けるためにも日本に根拠地を作ったのかもしれない。


「琉球と盟を結ぶと聞きましたが」

「うむ」

「対等の盟でございますか?」

李旦がじっと俺を見ている。さて、如何答えよう。隠してもこの男なら探り出すだろう。正直に答えた方が良さそうだ。


「……表向きはな」

「……」

「内実は従属だ、琉球から人質が来る。日本を畏れている部分も有るだろうがいざという時に明が何処まで琉球を救うために尽力してくれるか不安が有るらしい。南方では南蛮人が随分と暴れているからな。かと言って明との関係を切る事も出来ぬし日本との交易も捨てられぬ。なかなか苦しい立場だ」

俺が笑うと李旦が“左様で”と言った。まだじっと俺を見ている。あんまり見るなよ、恥ずかしいだろう。


五月には琉球から人質が来るだろう。屋敷は既に近江に用意してある。俺は関東に遠征中だから帝に謁見した後はゆっくり京見物でもして貰えば良い。その辺りの事は伊勢兵庫頭に命じて有る。世話役は伊勢兵庫頭の嫡男又三郎貞為だ。親父の兵庫頭は京、息子は近江、今後は俺の側近として働いて貰う事になるだろう。


「朝鮮にも使者を出したと聞きました」

「うむ、もう直ぐ天下統一だからな。朝鮮との関係も結び直そうと思っている。まあ時間は掛かるだろう」

朝鮮に出した使者が戻ってきた。案の定だが無視されたようだ。理由は未だ天下を統一したわけでもないし相手にするのは早いという事だろう。足利を滅ぼした簒奪者だと見ている部分も有る。それに日本国王でもない。宗氏を対馬から筑後に移した事も影響している。対馬を攻め獲ったという思いも有るようだ。朝鮮の俺への感情は酷く悪い。史実の秀吉を越えたかもしれない。


でもね、こういうのは諦めちゃ駄目なんだ。何度も繰り返してドアを叩き続ける必要が有る。それに向こうにも倭寇で困っているという弱みは有るのだ。それにしても簒奪者か、朝鮮だって高麗を滅ぼして国を奪ったのだ、お互い様だろう、綺麗事を言うなよ。


「相国様は国の外の事に随分と熱心でございますな。伴天連達に奴隷となった者達を戻す様に命じたとか」

「長い間この国は戦乱にあった。その所為で多くの日本人が国外に売られた。統一が成ればその者達を戻そうと考えるのは当然であろう。それが政を行う者の務めだ」

戦争で捕虜になる、或いは敵の生産力、労働力を奪うために敵の領地に侵攻し領民を攫う。所謂乱捕りという奴だ。そしてそれを売る事で銭を得た。敵に損害を与え自分は利を得る、一石二鳥だ。朽木はやらなかったが日本全国でそんな事をやっていた。国が荒れるわけだよ。


「奴隷の一部は澳門(おうもん)に居りますぞ」

「澳門?」

聞き返すと李旦が頷いた。

「あの者達はマカオと呼んでおりますが」

なるほど、マカオか。

「あそこは今如何なっているのかな?」

李旦の眼が笑っている。そんな事も知らないのかと言われているような気がした。ちょっと凹むな。


「三十年程前の事ですがポルトガル人が倭寇の討伐に明に協力した事がございました。その代償として澳門に永久に留まる事を許されております」

「三十年前か……」

三十年前という事は李旦は未だ倭寇だった筈だ。討伐された連中の中に仲間が居たのかもしれない。或いは李旦自身も討伐され逃げた一人だった可能性も有る。


「伴天連達も大勢居ります。ポルトガルの商人は澳門に拠点を置き日本の長崎、堺、敦賀等と交易しております」

「……」

ポルトガル人の航行ルートはアフリカの喜望峰を回ってインド洋に出てアジアだ。インドのゴアからマラッカ、マカオか……。アジアで奴隷が居るとすればその辺りだな。李旦がまたじっと俺を見ている。


「明人に奴隷となった者は居ないのか?」

「少のうございます。余り大掛かりにやると明に睨まれると思っているのでしょう」

なるほどな、居留は認められたが領地ではないという事か。アヘン戦争後の清とは違う、明の機嫌を損ねる事は出来ないというわけだ。日本は戦国時代で混乱していたから何でも出来た。なんか腹が立つな!


「それにポルトガル人が来る事で澳門は賑わっておりますからな、それなりに明も得る所が有ります。多少の事では……」

李旦が首を横に振った。明も咎めないという事は税等の面でかなり美味しい思いをしているに違いない。それにしても澳門か、マカオとは言わない。ポルトガル人に、或いは現状に不満が有るのかもしれん。


「お攻めになりますか?」

李旦が低い声で問い掛けてきた。なるほど、さっきから俺をじっと見ていたのはそれが理由か。

「南蛮人が邪魔か?」

問い掛けると李旦が口元に笑みを浮かべた。


やはり邪魔か。アジア、東南アジアで自由に活動したいと考えているのだろう。その為にはポルトガル、イスパニアは邪魔なのだ。本当は明に働きかけたいのだろう。だが明は皇帝がボンクラの万暦帝だし元々海外との交易には積極的じゃない、関心も薄い。歯痒い想いをしている所に俺が現れたという事だ。俺がポルトガル、イスパニアの対抗者になるか、確認している。


「相国様は如何で?」

「交易相手としては必要だが南の国々を食い荒らすのは我慢がならんな。伴天連達がそれに協力しているのも気に入らぬ」

今度は口元と眼で笑った。怖いわ、流石は倭寇だ。


「しかし、澳門を攻めれば明とも事を構える事になる。簡単に出来る事ではない」

「左様ですな」

李旦の笑みは消えない。こいつ、何時かは俺が明とぶつかる事になると思っているのかもしれない。火種は琉球、朝鮮か……。従属の事を言ったのは失敗だったかな。


「李旦よ、イスパニアの商人は明でどのような活動をしている?」

李旦が首を横に振った。あれ? 如何いう事だ? ポルトガル人がマカオを得たのだからイスパニア人が張り合って何処かに拠点を作っても良いんだが……。大体メキシコの銀が大量に明に流れている筈だぞ。活動が無いなんて事は無い筈だ。


「イスパニア人の殆どはルソンに居ります。明の商人がルソンに行き取引をしております」

「そうか……」

「大体イスパニアより四月から五月にルソンに船が着きそこで取引が行われます。海が荒れる六月にはルソンを出てイスパニアに戻るそうで」

「なるほど」

スペインの交易路は大西洋からアジアだ。具体的にはメキシコからフィリピンという航路なのだろう。六月には戻るという事は台風を避けているのだ。中国に行く余裕は無い。


つまり四月から五月はフィリピンに銀、絹、陶磁器が集まるという事だな。フィリピンが交易の拠点か。そこで銀と絹、陶磁器を交換するのか……。あ、香辛料も入るな。マニラ・ガレオン貿易がイスパニアの重要な交易だとは知っていたがマニラから明に行くのではなく明の商人がマニラに行くのか、そこは知らなかったな。となるとイスパニアは日本人奴隷の売買に無関係かな? いやマカオから日本人を送るというルートが有るか。それにしても現代のフィリピンは御世辞にも発展しているとは言えない。中継貿易の拠点にはなったが殆どその利はイスパニアに奪われたという事か。寂しい話だ。


李旦とはその後小半刻ほど話をした。帰る時、李旦は満足そうな表情をしていた。如何も俺がイスパニア、ポルトガルと事を構えると見ているらしい。面白い玩具でも見つけた様な気分なのだろう。なんだかなあ、期待されても困るんだが……。明、ポルトガル、イスパニア、いずれも強大国だぞ。特にイスパニアはポルトガルを併合しているからどっちに喧嘩を売っても両方相手にする事になる。まあ地の利はこっちに有るし向こうはヨーロッパが主戦場の筈だ。そこは有利だろう。


イスパニア、ポルトガルの強みは物流の道を押さえている事だ。ポルトガルはアフリカからインド洋をえてアジアへの道、イスパニアは大西洋を越えて太平洋を横断してアジアへの道。これはイスパニア、ポルトガルだけじゃない。イギリス、オランダにも引き継がれる。それに対して明、朝鮮、日本は物流の道を押さえていない。漸く日本が日本・琉球の道を押さえただけだ。特に中国の王朝は朝貢貿易が主体だから自ら交易船を出すなんて事は考えない。これは朝鮮も同様だ。これでは勝てんな。


明や朝鮮にその事を言っても無駄だろうな。両国を治めている支配者階級は儒教を重んじている。交易なんて蔑んでいるし他国が遠くから自分の国へやって来るのはむしろ自分達の国が偉大だからだと考えるだろう。わざわざ自分達が外に行く必要は無いと考える筈だ。となると動けるのは俺だけか。なんか李旦の思惑に乗りそうで不本意だな。


……やるんだったらアジアからイスパニア、ポルトガルを追い出すくらいの覚悟が要る。実際にフィリピン、マカオ、マラッカはこっちで押さえる必要が有るだろう。李旦は大喜びだろうな。インドまで行ってゴアを押さえるか? いずれはイギリス、オランダも来る。インド洋で東西の大戦争が起こるだろう。それにマカオを取るという事は明との関係を如何するかという問題にもなる。……頭が痛いわ……。




禎兆八年(1588年)    三月上旬      駿河国安倍郡  府中 駿府城  朽木堅綱




「如何でございますか?」

父上からの文を読んでいると桐を抱きながら奈津が話しかけてきた。

「うむ、関東遠征には太閤殿下も参加するそうだ」

「まあ、近衛様が」

奈津が驚いている。桐がむずかった。慌てて奈津が宥める様に揺すり上げた。桐は奈津には余り似ていない、母上にも似ていないだろう。御祖母様に似ているかもしれない。不思議な事だ。


「まあ太閤殿下は関東には縁が御有りだからな」

「はい」

「そなたはお会いした事が有ったか?」

「兄と共に京に参りました時に御目にかかりました」

「ああ、あの時か。もう十年以上前になるな」

「はい」

奈津が感慨深そうな表情をしている。私が奈津に会ったのもその時だった。


「関東も随分と様変わりした。さぞかし驚かれるだろう」

「左様でございますね」

奈津が頷いた。かつて謙信公に従って北条氏と戦った国人衆も今ではその多くが滅ぶか勢力を減退した。上総、下総では千葉氏、原氏、土岐氏、真理谷武田氏、庁南武田氏が滅び里見氏は安房一国に抑え込まれた。上総、下総を抑えた後は武蔵で惣無事令、関の廃止に反抗的な姿勢を示した藤田氏、太田氏、大石氏を滅ぼした。それを見て下野の結城、小山、宇都宮も大人しくなった。後は常陸の佐竹だけだ。


「父上は畿内を中心に七万程の兵を率いられるようだ」

「……少のうございますね。北陸勢は佐渡攻めに御使いなさるのでしょうけれど……」

奈津が小首を傾げている。

「それでもこちらの兵を合わせれば十万を軽く超える」

「……」

納得はしていない。父上は高を括るという事が無い御方だ。奈津はその事を良く理解している。


「少々九州で気になる事が有るようだ。西国の兵はそれに備えさせるらしい」

「まあ」

驚いているし訝しんでもいる。九州で伴天連達の事が懸念になっているなど考えも付かないだろう。話しておいた方が良いだろうか? 考えていると“父上”と声がして竹若丸が駆け込んできた。息を切らし頬が紅潮していた。


「如何した、竹若丸。息を切らして」

「兵法の稽古をしておりました」

「素振りか?」

「……」

答えぬところを見るとどうやら形稽古をしていたらしい。困ったものだ。


「素振り以外はならぬと言った筈だぞ」

「……」

「そなたは未だ身体が出来上がっておらぬ。今少し骨が固まるまで待て」

「そうですよ、竹若丸。そなたは嫡男なのですから、無茶はなりませぬ」

奈津が窘めると竹若丸が不満そうに“ですが”と言った。

「御祖父様の御教えだ。父もそのように教えられ育てられた。不満か?」

竹若丸が大きく首を横に振った。息子は父上を尊敬している。


「それに行儀も良くない、これでは恥ずかしくて御祖父様に会わせられぬな。座りなさい」

竹若丸が慌てて坐った。

「塚原には竹若丸を甘やかすなと注意せねばならん」

「そうでございますね」

私と奈津の会話に竹若丸がしょんぼりとした。可笑しくて笑ってしまった。奈津も笑う。桐がまたむずかった。“父上”と私の方に来たがっている。文を仕舞い桐を奈津から受け取ると桐が嬉しそうに笑い声を上げた。


塚原はかつて朽木家に新当流の兵法を教えた塚原小犀次(つかはらこさいじ)の孫だ。名は小次郎高充。塚原氏は常陸国南部を拠点とする南方三十三館衆の有力者大掾氏に仕えている。小次郎は塚原の分家の筋だが塚原の本家は大掾氏の家老の家だ。南方三十三館衆を取り纏めて朽木家に服属させるのに大いに働いてくれた。


南方三十三館衆と敵対していた佐竹氏はその事が不満だったのだろう。会津の蘆名氏と組んで朽木に対抗している。それを除けば関東はほぼ制圧した。残っている佐竹を制圧し蘆名の制圧を果たせば朽木の領地は奥州にもかなり深く食い込む事になるだろう。


「桐、もう直ぐ御祖父様に会えるからな」

話しかけると桐が頷いた。何処まで分かっているだろう。父上は子煩悩な所が有るから桐を見れば喜んでくれるだろう。御祖母様に似ていると驚かれるかもしれない。


「殿、そろそろ竹若丸に傳役(もりやく)を付けなければならぬのでは有りませぬか?」

竹若丸が身動ぎをした。

「その事は私も考えている。村井作右衛門尉と前田又左衛門をとな。今回父上の御許しを得て正式に任命するつもりだ」

また竹若丸が身動ぎをした。


「宜しいのでございますか? 二人とも朽木家の譜代では有りませぬが?」

奈津が心配そうな表情をしているので笑ってしまった。

「半兵衛も新太郎も朽木家の譜代ではない。だが私の傳役になった。心配は要らぬ。作右衛門尉は文に通じ又左衛門は武に優れた男だ。二人が力を合わせて竹若丸を育ててくれればと考えている」

奈津が“左様でございますね”と言って頷いた。作右衛門尉も又左衛門も驚くであろうな。半兵衛、新太郎は私の傳役になった時、天地がひっくり返るかと思うほどに驚いたと言っていた。


「竹若丸」

「はい」

「来月になれば御祖父様がこの駿府にお見えになる」

「はい!」

竹若丸が嬉しそうに答えた。

「御祖父様はお優しい方だが我儘を言ってはならぬぞ」

「そうですよ、兵法の稽古をしたいとか、算盤の修練、手習いは嫌いだとか言ってはなりませぬ」

「……はい」

またしょんぼりしている。奈津と顔を見合わせ声を合わせて笑った。





もう活動報告で知っているかもしれませんが『淡海乃海 水面が揺れる時』のコミカライズが決定しました。年内にcomicコロナにて連載開始予定です。詳細は9/27の活動報告をご覧ください。


それと12/10に第四巻が発売されます。

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