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失礼しました。更新したと思っていましたが出来ていなかったようです。





禎兆五年(1585年)   四月上旬      尾張国愛知郡 那古野村    木下長秀




「お見えになった様じゃ」

五郎左衛門殿の言葉に皆が口々に同意した。三千ほどの兵が此方にやってくる。大殿とその直属の兵達であろう。城の縄張りから二町ほど離れた所で止まった。そして十人程が此方にやってきた。いずれも騎馬、中に陣羽織を羽織った武者が居る。大殿であろう。


一間程の所で馬を下りた。“父上!”と叫んで次郎右衛門様が駆け寄ると“元気だったか”と言って大殿が次郎右衛門様の頭をポンポンと二度叩かれた。そして次郎右衛門様と共にこちらに近付かれた。

「懐かしい顔が揃っているな。五郎左衛門、藤吉郎、上野之助、官兵衛、与右衛門、九郎左衛門、助五郎、陣八郎、仁右衛門、与八郎、主殿、左兵衛、藤左衛門、新左近、藤二郎、小十郎、丹後守、それに小一郎、彦右衛門、将右衛門か」

名前を呼ばれた皆が嬉しそうに顔を綻ばせた。


「今少し頻繁に近江に来い、そして俺に顔を見せろ。その方等の顔を忘れてしまうぞ」

どっと皆が笑い声を上げた。皆が口々に“それは酷うござる”と言うと大殿も笑い出した。


「父上、夕殿が懐妊したと聞きました。おめでとうございまする」

次郎右衛門様が御側室の懐妊を言祝ぐと皆が“おめでとうございまする”と唱和した。

「祝ってくれるか、嬉しい事だが孫もいるのに子供が出来るというのは照れ臭いな。生まれるのは秋から冬頃になるだろう。初産だから少し不安だが無事に生まれて欲しいものよ」

兄が羨ましそうな顔をした。兄には子が無い、いずれ養子を迎えるのかもしれない。


「次郎右衛門、その方の結婚も決まった」

「はい」

次郎右衛門様が頷かれた。

「来年、式を挙げる。もっとも毛利の弓姫はまだ十歳だ。正式に輿入れするのは四、五年先の事になろう」

「はい」

毛利家との縁組、三好家との縁組、少しずつ大殿の天下が固まってゆく。三好家との婚儀は松永、内藤との絆も強めるだろう。畿内での大殿の存在はまた一つ重みを増した。


「それまでは大人しくしている事だ。小夜が心配しているぞ、その方は美男だからな」

次郎右衛門様が顔を赤らめると大殿が笑い声を上げた。

「羨ましい事だ。俺などそんな心配をされた事が無い」

噴き出してしまった。私だけではない、彼方此方で噴き出している。大殿が一層大きく笑い声を上げられた。


「こうして見るとやはり大きいな」

一頻り笑った後、大殿が周囲を見ながら感嘆するように声を出すと皆が満足そうな表情をした。天下人である大殿も感心するような城を造っている。その実感が湧く。

「ようやく土台が出来上がったところにございます。これから本丸、二の丸、三の丸と造らなければなりませぬ」

五郎左衛門殿の言葉に大殿が大きく頷かれた。


「まだまだ月日が掛かるな。材料、人、銭、足りないものが有れば言え、幾らでも援助する」

「はっ」

「いずれは関東にも城を造らねばならぬ。関東を治める城をな」

「小田原城ではないのでございますか?」

次郎右衛門様の問いに大殿が首を横に振った。

「あれは戦国の城だ。新たに造るのは太平の世を治める城だ」

太平の世、天下統一後の事か。大殿は一体どんな世の中を目指しているのか……。


「五郎左衛門、案内してくれるか、手早にな。今日はこの後三郎五郎、三介殿に会わねばならぬ」

「はっ」

「何時までこちらに?」

「四、五日は尾張に居るつもりだ。藤吉郎、そなたの女房殿に伝えてくれ。俺にも汁粉を食わせろとな」

笑い声が上がり五郎左衛門殿の先導で大殿が普請場に向かった。三介様か、しばしば今の境遇に御不満を漏らすとか。何事も無ければ良いのだが……。




禎兆五年(1585年)    四月中旬      近江国蒲生郡八幡町 八幡城  朽木基綱




視察から戻り部屋で寛いでいると小夜が入って来た。後ろには恭が従っている。

「如何した?」

声をかけると小夜が“少しお話が”と言った。表情が硬い、面倒な話だろう。ちょっと憂鬱になったが二人が座るのを待った。何と言っても留守にしていたのだからな。だが尾張ではそれなりに成果は有った。三介は俺が訪ねた事でそれなりに気にかけてもらえていると思ったようだ。今度五月の節句では三介が能を舞う事になった。喜んでいたな。これまでは能を舞うとあれでは国を失うのも無理は無いと陰口を叩かれて面白くなかったらしい。だが俺が能を褒めれば陰口を叩かれることもない。織田家の安泰のために舞うのだと周囲には言える。


「他聞を憚るのですが……」

「分かった」

控えていた北条新九郎氏基、今川五郎氏幸に視線を向けると一礼して部屋から出て行った。 

「それで、話とは?」

促すと二人が顔を見合わせ“私から御話し致しまする”と恭が言った。


「一昨日、毛利家の児玉三郎右衛門様が訪ねて参りました」

「恭をか?」

恭が“はい”と言って頷いた。

「御台様への御口添えをと願って」

「何だ、それは」

面白くないな。話が有るなら俺に直接言うべきだろう。俺の留守中に小夜を利用しようというのは如何いう事だ?


「御不快は御尤もにございます。私も大殿へ取り次ぎましょうと言ったのですが……」

「小夜を望んだのか」

問い掛けると“はい”と言って頷いた。

「政の話では無いと申されまして」

ふむ、益々気にいらない。毛利家の児玉三郎右衛門が表向きの話では無い事で小夜と会いたがった? 毛利家が朽木の奥に食い込もうとしている、そうも取れるぞ。


「それで?」

「先ずは私が御話を伺う、と言いますと娘の事で困っていると」

「娘?」

なんで娘? 思わず問い返すと恭が“それ以上の事は御台様に御話しすると”と言って小夜を見た。

「会ったのか?」

「はい、恭と共に」

「軽率な事を」

俺が咎めると二人が“申し訳ありませぬ”と頭を下げた。


「恭に罪は有りませぬ。恭は止めたのでございますが少々気になる事がございました。それに三郎右衛門殿は大分困っている様だとの事でしたので……」

「気になる事とは?」

「娘の事でございます」

また娘か。女の話は苦手なんだが……。


小夜が“宜しゅうございますか”と言って話始めた。

「三郎右衛門殿には(かね)という娘が居るのですが毛利右馬頭様が見初めしばしば三郎右衛門殿の屋敷を訪ねたそうです」

「……珍しくも無い話だな」

「はい、通常ならば」

「……妙な言い方だな」


三郎右衛門の話によると見初めたとは言うがその当時の周は未だ十歳に満たない幼女だったらしい。確かにこれは通常ではない。屋敷の前で無邪気に遊んでいる周を見て右馬頭輝元は気に入ったらしく三郎右衛門の屋敷に遊びに行くようになったのだという。最初は三郎右衛門も右馬頭の目当てが周とは気付かなかった。当時の右馬頭の歳は三十間近だ。それが十歳に満たない幼女に執心しているとは想像出来なかったのだろう。だが気付いた後は父親として嫌な気持ちになったと思う。


三郎右衛門は周が十二歳になると直ぐに許嫁を決めた。父親として右馬頭に対しての不快感も有っただろうが不安も有ったのだと思う。輝元の正室は宍戸家の出で母親は元就の娘、要するに輝元にとっては従兄妹に当たる女性だ。そんなところに娘を側室に出したらどうなるか? 毛利一族の出ある正室と毛利の重臣を父親に持つ側室の争い、二人の争いがそのまま表の権力争いになりかねない。


許嫁を決めて三郎右衛門もほっとしただろう。だが直ぐに破談になった。相手の家が右馬頭の周に対する執心に気付いたらしい。或いは右馬頭がそれとなく伝えたのかもしれない。問題は破談になった事で皆が右馬頭の周に対する執心を知った事だ。皆後難を怖れ周との縁談を受けようとはしない。右馬頭はそうやって周を自分の側室へと狙ったのかもしれないが三郎右衛門の心は益々頑なになった。


毛利家の当主と重臣の反目。この状況の収拾に動いたのが毛利の両川と言われる吉川駿河守元春と小早川左衛門佐隆景だった。二人とも重臣を怒らせる事の危険を知っている。ましてこの件では非は右馬頭に有るのは明白だ。右馬頭と三郎右衛門の争いが右馬頭と重臣達の争いになりかねない。事態の収拾に必死になった。三郎右衛門を近江へ送るという人事は其処から生まれたらしい。中々の妙案では有る。


三郎右衛門は不満だっただろうがそれを受けた。近江にそれなりの人物が必要という事も有っただろうがやはり娘の事が心配だったのだろう。周は毛利家中では結婚出来ない。ならば朽木家中から婿をと考えたようだ。これは毛利の両川の提案でも有ったようだ。それで一家総出で近江への移転という事になった。道理で変だと思ったわ。それにしても妙な裏が有ったものだ。恭から小夜へというのも事を公にしたくないという事か。確かに表には出せんな。右馬頭の評判に傷が付く。


「その周という娘、美形なのか?」

「……」

「……」

小夜と恭が俺を変な目で見ている。

「確認をしているのだ、勘違いをするな」

恭が美形だと言った。恭は確認のため直接会ったらしい。小夜が気になると言ったのは周の評判を聞いたからのようだ。若い者達の間では周は美形だと評判らしい。まだ妙な眼で見ている。多少の興味が出てきたが内緒だな。


「大殿、三郎右衛門様が気になる事を申されておりました」

「気になる事? 何だ、それは」

なんだかなあ、小夜も恭も深刻な表情だ。憂鬱になるわ。

「二つございます。一つは最近三郎右衛門様の屋敷を伺う者が居ると」

「……朽木の家中の者か。娘は余程に美形とみえるな、困ったものよ」

思わず苦笑すると恭が首を横に振った。


「笑い事ではございませぬ。毛利家の者ではないかと」

「……嘘だろう」

また恭が首を横に振った。小夜を見ると小夜も深刻そうな表情を崩していない。本当に毛利の家中なのか?

「三郎右衛門様の御子息が見たそうにございます。見覚えのある顔だったとか。ただ一瞬の事で……」

「断言は出来ぬのだな」

恭が“はい”と言って頷いた。

「ですが三郎右衛門様の屋敷ではそれを重く見て厳重に警戒しているそうにございます。御息女を外には出さぬとか」


かなり警戒している、いや本気で恐れている。しかしこの近江で人攫い? 右馬頭が命じた? いくらなんでも有り得ないだろう。見間違いだと言おうとした時、小夜が“大殿”と声をかけてきた。

「毛利家では右馬頭様に養子をという話が出たそうにございます」

「養子?」

二人が頷いた。有り得ない話じゃないな。右馬頭には子が無い。史実でも小早川秀秋は最初は毛利秀秋になる予定だった。


「次郎右衛門と弓姫の婚儀が決まりました。もし、二人の間に子が産まれれば……」

「その子を毛利の養子にか」

小夜が頷いた。

「それだけでは有りませぬ。次郎右衛門を養子にという事にもなりかねませぬ。その事が毛利家の重臣達の間で話に出たそうにございます」

右馬頭は面白くなかっただろうな。


「俺はそんな事は考えていない。毛利は親族が多いのだ。次郎右衛門を養子に送り込めば混乱するだろう」

俺の言葉に小夜が頷き恭が“左様でございますね”と言った。

「それで?」

「弓姫が懐妊するまでに子が出来なければ一族から養子を迎えようと」

「……」

「右馬頭様は跡継ぎを儲けるために励むと申されたそうにございます」


右馬頭の周への執着、次郎右衛門と弓の結婚、養子の問題、三郎右衛門の屋敷を伺う者……。繋がったな、右馬頭が周を家臣に攫わせようとしている。重臣達が非難しても世継ぎを得るために好きな娘を側室にしたと強弁するつもりだろう。俺に対してはあくまで毛利家中の事と言い切るに違いない。この二人も、そして三郎右衛門も同じ懸念を持っている。高を括る事は出来なくなった。溜息が出た。


「その周という娘、屋敷に置いておくのは危険だな」

力付くでとなれば死傷者が出かねない。右馬頭は穏便にと命じたかもしれん。しかし隙が無ければ命じられた者は焦るだろう。無茶をするかもしれん。死傷者が出ては三郎右衛門も退く事は出来ない。三郎右衛門に味方する重臣も現れるだろう。とんでもない騒動になりかねん。九州遠征を前に毛利で御家騒動なんて御免だ。


「明日、行儀見習いを名目に城に上げさせる。小夜、済まぬがそなたの傍に置いてくれ」

「はい」

「城に上げる時は朽木から迎えの兵を出す。三郎右衛門にも同道させる。話をせねばならん。恭、そなたから三郎右衛門に伝えてくれ」

「はい、ではこれより」

「うむ、頼む」

恭が一礼して下がった。また溜息が出た。


「大殿?」

「厄介な事に成った。右馬頭が納得してくれれば良いがそうでなければ朽木と毛利の関係までおかしくなる」

「申し訳ありませぬ。私が大殿の御許しを得ずに三郎右衛門殿に会ったばかりに……」

小夜が済まなさそうな顔をした。


「いや、向こうも余程に困っての事だろう。会ったのは間違っていない。会わなければ右馬頭と三郎右衛門の間で問題が起きただろう。最悪の場合右馬頭と重臣達の間で対立が起きる。それに比べれば遥かにましだ」

放置は出来ない。三郎右衛門から詳しく話を聞く必要は有るが恵瓊と話をする必要も有るな。場合によっては毛利の両川とも会わねばなるまい。


いや、先ずは三郎右衛門の懸念が事実かどうかの確認をする必要がある。毛利の人間が本当に人攫いのために来ているのかだ。

「誰か有る!」

声を張り上げると直ぐに新九郎と五郎が現れた。

「八門を呼べ、急げよ」

「はっ」

頭を下げて直ぐに下がった。驚いているだろうな。人払いの後で八門を呼ぶのだ。小兵衛が居るかな? 重蔵かな?


先ずは周の安全を確保する。三郎右衛門の屋敷を警護させなければならん。そして人攫い共を確保する。こいつは極秘に行う必要があるな。表に出ては右馬頭の立場が無くなる。その上で恵瓊に右馬頭が朽木領内で騒動を起こそうとしたと伝えよう。向こうは驚く筈だ。右馬頭を責めるだろうな。右馬頭も言い訳は出来ない。


後は周の問題だ。これを如何するか……。一番良いのは三郎右衛門が納得した上で右馬頭の側室に収まる事だ。三郎右衛門がこの状況を如何考えているか……。先行きは暗いな、右馬頭の事を思慮の足りない阿呆と思っている可能性は十分に有る。阿呆に娘はやれん、親なら当然そう思う。


その場合は朽木は毛利の世継ぎ問題に介入する意思は無いと伝えよう。場合によっては起請文を書いても良い。世継ぎ問題は右馬頭の存念次第だ。だから周以外の女を探せという事にしよう。毛利の重臣達もこちらの言い分に理が無いとは言わんだろう。


右馬頭はロリコンか。父親を早くに失ったのだからマザコンになっても良いんだが……。周りに強い女ばかりいたので幼女趣味になったのかもしれん。だから子が居ない? 有りそうだな。毛利三本の矢、毛利両川は男の話だ。女共は仲が悪いので有名だからな。


それにしても色恋のトラブルを俺が調停か。何で俺が、と思うのは間違いなのだろうな。むしろ俺が調停者になるという事は俺の権威が高まるという事だ。そう考えよう。……頭が痛いわ……。















先日、TOブックスの編集の方と打ち合わせをしてきました。

今回もTOブックス、メロンブックスから特典として短編を付けます。既に編集の方に送って内容を確認して貰っています。それと編集の方から章の始まりでは年月日、場所、人物を記していますが年齢も付け加えては如何かと提案が有りました。その方が分かり易いのではないかという事のようですが皆さんは有ったほうが良いと思いますか? 編集の方も迷っている様で読者の意見を知りたいと思っています。感想などで教えて頂ければ幸いです。


もう一つお知らせすることが有ります。以前、第一巻でメロンブックスさんの特典として付けた『老雄~六角定頼』ですが半年で公開出来るとお知らせしましたがメロンブックスさんから少し待ってほしいとTOブックスさんに連絡があったそうです。メロンブックスさんの方で何か考えている事が有るようです。公開出来る時期が判明しましたら改めてお知らせいたします。



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今回の問題を現代風に表すと 子会社の重役がやってきて うちの社長がロリコンでその上うちの娘が目を付けられて困ってるんです って相談されたような感じかな? いやすぎるな
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