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夢?




禎兆四年(1584年)   二月下旬      近江国蒲生郡八幡町  八幡城  朽木基綱




「ところで九州だが……」

「はっ」

「大友は如何だ? 領内は纏まっているか?」

「中々、難しゅうございます」

長門守の声が笑っている。


「国人衆が大分減りました。その分だけ残った国人衆の発言力が増しております。それに新たに領地を与えた家臣も増長気味で……」

「そうか」

宗麟は島津の攻勢の前に何も出来なかった。城に籠って俺を待つだけだった。武威が振るわない以上、宗麟を甘く見る者は多い筈だ。それに立花、高橋の件で蔑まれてもいるだろう。頼りにならない奴と。


「大友の力は如何見ても元には戻りますまい」

「それはそうだろうな」

信長は甲斐で国人衆を殺しまくった。俺は九州で国人衆を引っこ抜いた。やった事は違うが結果は同じだ。豊前、豊後は穴だらけになった。ディズニーのチーズだな、エメンタールだっけ。国人衆が居なくなった国を貰ったのだ。戦力化するには時間がかかる筈だ。まして武威が振るわないとなれば……、ザマアミロだな。


「龍造寺は如何か?」

「龍造寺山城守、酒と女が止まりませぬそうで」

不満が有るのだ。()さを晴らすために酒と女を必要としている。良い状況とは言えない。

「……鍋島孫四郎は如何している?」

「しっくりきませぬな」

「……」


「龍造寺家中では浮いております」

「親朽木か?」

「はい、朽木に媚びていると山城守が吐き捨てたとか」

「……」

そりゃ浮くわ、トップが罵っているのだからな。だが狙い目では有る、手紙攻勢をかけよう。孫四郎と文通仲間になるのだ。山城守に知られても構わない、亀裂が大きくなるのは大歓迎だ。そのうち交換日記でもやろうと提案してみるか。日記に愚痴を書いてくるかもしれない。


「大殿が大友に大分譲られましたからな、龍造寺家中では大殿を侮る声が有ります」

「俺を侮る龍造寺と兵力の整わぬ大友か、いずれ火を噴くな」

「はい、煽りますか?」

期待するような声だ。可笑しかった、仏像の長門守がこんな声を出すとは……。思わずクスクスと笑いが漏れた。


「止めておこう、変に動けば相手は用心しかねん。自然に任せた方が良い。流れは出来ているのだ。両者の動きから目を離すな」

「はっ」

畏まる様子が闇の中でも分かった。鍋島孫四郎は大友との衝突に消極的な筈だ。となれば龍造寺山城守は孫四郎に対する反発からも大友との戦を望むかもしれない。文だけでも十分だな。


「俺の方から頼みが有る」

「何を致しましょう」

「菱刈、串木野の辺りを適当に調べてくれ」

「適当に、と申されますと?」

「金が出るかもしれないと報告を上げてくれれば良い」

「……」

妙な沈黙が落ちた。困ったな。


「菱刈、串木野から金が出るという夢を見た」

「夢でございますか」

夢としか言いようがないな。お告げが有ったとも言えないし……。

「まあ俺の願望が夢を見させたのかもしれぬがな」

「しかし、出なければ……」

困惑している。

「伊賀の責任にはさせぬ。曖昧な言葉で報告を上げてくれれば良い。駄目元で掘ってみようと俺が言う」

敢えて笑い声を上げた。


「分かりました。多少時を頂きます。山師に探させてみましょう」

「頼む」

「もし当たれば……」

「大きいな」

銀は有る、だが金が無い。貨幣を造れないのは金が不足している所為だ。駿河と伊豆だけでは不十分だ。薩摩から金が出れば貨幣造りに取り掛かれるだろう。他に何か有るかと問われたが無いと答えると去って行った。こそとも物音はしなかった、鮮やかなものだ。


昨年暮れ、大樹が包囲する小田原城が開城し徳川家が滅んだ。これ以上は戦えない、流石の三河武士もそう訴えて家康に降伏を進言したそうだ。俺が九州遠征を終わらせたことで次は小田原攻めだと思ったらしい。俺が来れば十万以上の大軍が関東に来る、とても敵わない。ここで籠城しても意味が無いと判断したようだ。


徳川は旧武田忍者を失った事で眼と耳が弱体化した。彼らが居れば俺の次の標的は四国の三好だと言っただろう。四国の騒乱を放置する事は無い、朽木基綱が関東に来るまでには時間が有ると。もっとも時間が有るだけだ、その時間に何らかの対策を立て実施しなければならない事を考えれば条件は極めて厳しいとも言える。


徳川方から降伏の条件として出してきたのは徳川家の存続の保証だった。家康の助命ではないという事は家康自身も自分の助命は難しいと見ていたのだろう。何と言っても信長親子、武田、北条、今川と殺した人間が多過ぎる。朽木にはそれらの関係者が多過ぎるのだ。


徳川への処分は領地の召し上げと家康の切腹という事になった。家康は正妻のお市との間には子供が四人居る。男子が二人、女子が二人だ。嫡男の小太郎は今年十四歳で未だ元服していない。どうも元服させない方が助かり易いと見て先延ばしにしていたらしい。竹千代じゃないんだな、先妻との間に生まれた竹千代を殺してしまったから避けたようだ。小さい太郎と付ける事で次男だけど嫡男だと意味付けたらしい。


小太郎と三男の於次丸は俺の小姓として取り立てる事になった。でもちょっと厄介なんだ。俺の所には北条の新九郎と又二郎が居る。この二人にとって小太郎と於次丸は北条を裏切って滅ぼした憎い家康の倅だ。扱いには要注意だな。来年には小太郎を元服させよう。幸い二人とも性格は悪くなさそうだ、それだけが救いだ。


お市と娘達は尾張の織田三郎五郎信広に預けた。信広の所には信長の子供達も居る。一緒に頼むという事なんだが……、家康は信長、信忠殺しにも関わっているからなあ。言ってみれば織田の没落は家康の裏切りから始まったと言っても良い。扱い辛いなら遠慮せずにこちらに言う様にと命じた。訴えが有ったらその時は引き取るしかないな。頭が痛いわ、徳川っていろんな所で恨みを買っている。


徳川の家臣団も俺が引き取った。大樹の所には織田、今川、武田の旧臣が多い。そんなところに徳川の旧臣を入れるなんて騒動の種を植え付ける様な物だ。むしろ俺が預かった方が安全だ。おかげで俺の所には九州の国人衆と三河武士が新たに仕える事になった。楽しいよな。


酒井、本多、大久保、石川、榊原なんて姓が並ぶ。井伊は無い、どうもこの世界では織田、徳川の力が遠江に伸びるのが遅かった所為で完全に没落したらしい。代わりの小野の姓が有る。井伊の事を聞きたい気もするが小野が嫌がるだろうと思うと聞けない。大名も不自由だわ。


徳川が滅んだ事で朽木は相模を得た。関東への足掛かりを得たのだ。先ずは武蔵から下総、上総、安房と南関東を攻略しろと大樹に言ってある。小田原を攻略したのだ、関東の大名、国人衆にとってはインパクトが大きい筈だ。大樹を侮る者は居ないだろう。攻略もスムーズにいく筈だ、楽観は出来ないが。




禎兆四年(1584年)   三月下旬      山城国葛野郡    近衛前久邸  朽木基綱




「やはり九州はもう一度か」

「はい」

「なるほどの、妙だとは思っていたのでおじゃるが……」

「此度は南を征しました、北は次の機会に……」

幾分苦い思いを噛み締めながら言うと太閤、近衛前久が頷いた。


「既に琉球には書状を出しております」

「ふむ、来るかの?」

小首を傾げている。

「さて、薩摩大隅には二万の兵を置いております。その辺りを琉球が如何受け取るか……」

“ふむ”とまた鼻を鳴らした。


「だが先ずは四国であろう、放置は出来まい」

「はい、放置は出来ませぬ」

三好阿波守が死んだ、いや殺された。阿波の国人衆からそっぽを向かれ孤立したところを細川掃部頭と一向門徒に攻められた。弟の十河民部大輔に助けを求めたがこっちも足元がふらついて手一杯だ。最後は直臣達も逃げてしまって腹を切ったようだ。介錯してくれる人間も居なかったらしいから苦しかっただろう。阿波三好家の正統な当主だったが惨めな最期だ。人を()べる能力が無かったのだな。


讃岐の十河民部大輔もかなり苦戦している。讃岐の国人衆、香川五郎次郎之景、香西伊賀守佳清が民部大輔に背いた。香川家も香西家も細川四天王と言われた家だ。阿波で掃部頭が立ち上がった、阿波守は国人衆の信望を失っているとなれば彼らが立ち上がるのは当然だろう。掃部頭の次の狙いは民部大輔の首の筈だ。民部大輔は淡路の安宅甚太郎信康に援助を求めている。河内守も十河が滅べば次は自分だと分かっている。必死に助けようとしているが果たしてどうなるか……。その内俺に援助を求めてくるかもしれない。


「但し、攻め込むのは今少し先ですな」

「ほほほほほほ、三好を細川に滅ぼさせてから細川を滅ぼすか。悪よのう、相国」

太閤が俺の顔を覗き込んだ。負けられん、ニッコリと笑みを見せた。

「綺麗ごとで世は治められますまい」

「そうよのう」

二人で顔を見合わせて頷いた。綺麗に見せる必要は有るが綺麗である必要は無いのだ。


「何時頃攻め込むのかな?」

「早ければ四月の後半から五月の中頃と見ております。遅ければ六月を過ぎましょう、七月になるやもしれませぬ」

「そのくらいには十河は滅ぶか……」

太閤が頷いている。そう、多分滅ぶだろう。今三好の旧臣で細川に付いている者達に伊賀衆が接触している。さて、どうなるか……。


「では婚儀は?」

「四国遠征が終わってから、秋から冬にかけては如何でしょう」

「うむ、問題は無い」

この結婚を大体的に広めよう。そうする事で俺は婚儀に夢中だと掃部頭に思わせるのだ。


「ところで対馬の件だが、あれは真なのか?」

太閤がじっと俺を見詰めた。

「対馬の宗氏が朝鮮に服属しているのかと問われているのであれば事実であると答えざるを得ませぬ」

“なんと”と太閤が呟いた。


「許せぬの、対馬はこの日ノ本の領土、それが異国に服属するとは。……そう思っているのは麿だけでは無いぞ」

麿だけでは無いか。九条関白、一条左大臣、二条右大臣、近衛内大臣、それに院と帝かな。

「如何するのかな、この問題も放置は出来まい」

「現時点では動けませぬ。場合によっては朝鮮と事を構える事も有り得ましょう。先ずは天下統一を優先致しまする」


太閤が不満そうな顔をしている。対馬の方が優先度が高いと思っているのだろう。

「対馬ですが殆ど米が獲れぬそうです。住民は海に出て交易をする事で生きております。具体的には朝鮮との交易ですが朝鮮は対等の関係での交易は認めませぬ。宗氏としては形だけでも服属するしかない……」

「それは分かるが……」

そうだよな、納得は出来ないだろう。


「対馬が朝鮮に対して対等の立場を要求するには後ろ盾が要りましょう」

「なるほど、それがそなたか」

「はい」

対馬の後ろに俺が立つ、そして対馬は日本領で宗氏は日本の家臣だという事を認めさせる。


「朝鮮は明に従属しております。朝鮮を相手に交渉する場合は明にも目を向けなければなりませぬ。場合によっては明を使って朝鮮を動かす事も考えるべきかと。そのためにも琉球が必要になります。天下統一、琉球の服属、この二つの後に朝鮮との問題に取り掛かりまする」

“已むを得ぬの”と太閤が言った。まあ皆にその辺を説明してくれ。放置はしないよ、約束する。


「ところで正月に相国が献じた焼き物だが……、あれは真に日本で作った物なのか?」

太閤が小首を傾げている。

「左様でございます。数年前になりますが朝鮮から陶工を呼び磁器を作らせておりまする」

今年の正月、帝、院への献上品に磁器を入れた。ちょっと青みがかった灰色っぽい壺と真っ白な壺だ。灰色っぽい壺は朝鮮では廃れているらしい。だが日本に来た陶工、三人居るのだがその中の一人はこれに愛着が有るらしく結構作っている。真っ白な壺は白磁と呼ばれるものだろう。これが今の朝鮮では流行りだそうだ。


苦労したよ、陶工を呼ぶのに。朽木は朝鮮との直接交易はしていないし日本人は朝鮮領内を自由に動けないんだ。当然だが陶工の連れ出しなんて出来ない。仕方ないから明の商人に頼んだ。明から連れて来るかなと思ったんだが朝鮮から連れてきたわ。明の陶工を国外に連れ出したと明政府に知られると拙いと思ったのかもしれない。或いは明の陶工が日本に行きたくないと言ったか。評判悪いからな。


「では真にこの日ノ本で磁器が作れるのか……、九谷であったな」

「はい」

答えると太閤が首を横に振った。そうだよな、これまでは作れなかったんだから。もっとも俺も苦労したよ、九谷の辺りに陶工を連れて行かせて材料となる陶土、陶石を発見させる事から始めたんだから。殖産奉行の宮川又兵衛は九谷なんてところに陶土、陶石が有るのかと半信半疑だったな。有るんだよ、九谷焼が有るんだから。


実際に陶石が見つかった時には頻りに首を傾げていた。何で九谷に陶石が有ると思ったのかと聞くから壺好きには分かるのだと答えた。又兵衛は素直に納得して“なるほど”なんて言って頷いていたな。なんで納得するんだ? 如何見ても有り得ない答えなんだが……。俺の周りって変な奴が多いような気がする。気のせいかな?


「院も帝も酷く驚いておられた」

「お気に召して頂けたのでございましょうか?」

「勿論じゃ。そなたに騙されているのではないかと何度も仰せられてのう。我等も答えられぬゆえ困ったわ」

“ほほほほほほ”と殿下が笑った。


「未だ売り物にはしておりませぬからこの日ノ本で磁器の焼き物が作られているとは殆どの者が知りませぬ」

「なるほど」

「ですが院、帝に献上致しました故そろそろ売り出そうかと考えておりまする」

太閤が満足そうに頷いた。最初に献上というのが嬉しいらしい。朝廷を尊崇していると思ったようだ。そうだよ、そうだよ、そこが大事。朽木は朝廷を尊崇しているのだ。


「そなた、変わっておるのう。国を豊かにするためか?」

太閤が笑いながら訊ねてきた。

「はい、いずれは九谷以外でも作られるようになりましょう。そして国の中だけでは無く海の外に売り出すようになります。異国からこの国に磁器を求めて船がやってくるようになりましょうな」

太閤の笑い声が更に大きくなった。


「来るかのう、そんな日が」

「必ずや」

「来るか?」

「はい」

答えると太閤がジッと俺を見てそしてまた笑い出した。“面白い”、“面白い”と言って笑っている。


何時かはそういう日がくる。だがまだまだこれからだ。今朝鮮から来た陶工に何人かの日本人の弟子を付けて磁器を作る技術を習得させている。時間はかかるだろう。それに朝鮮の磁器というのは色が無いらしい。白磁、青磁など単色なのだ。これから絵付けをして色鮮やかな磁器を作るという課題が有る。こいつは明から技術導入だな。簡単にはいかない、明の商人に頼んでも無理だろう。という事で南蛮人に頼んでいる。まあ取り敢えずは動き出したのだ。徐々に動きは早くなるだろう。歴史を速めたかな? でも精々十年から二十年くらいだ、大した事は無いさ。


「麿も一つ欲しいのだが」

「宜しゅうございます、差し上げましょう。殿下だけではなく五摂家の方々に差し上げましょう」

「麿だけでも良いぞ」

なんだかなあ、子供みたいなところが有るな。


「近江にいらせられませ、殿下。お好みの物を選ばれては如何です。五摂家の皆様にも声を掛けましょう。後は早い者勝ち」

「ほほほほほほ、面白いのう、面白い。負けられぬわ」

こういうのも良いよな、皆に近江に来てもらって楽しんでもらう。京に居るよりも近江の方が気楽に話せるかもしれない。


天下統一後、何時かは院、帝にも行幸を願おう。院、帝は京から出た事が無い、それでは可哀想だ。琵琶湖を見て貰い舟遊びをして貰う。驚くだろうな、楽しんでもらえる筈だ。その後は堺への行幸というのも良い。敦賀よりも堺の方が京からは行き易いし暖かいからな。堺から海を見て貰い海外の空気に触れて貰う。京だけが、朝廷だけが世界じゃないと分かって貰う事も必要だ。





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