鬼ヶ島の姫として
「……鬼北、鬼南、姫様が奴らに攫われた。」
鬼山さんが、今にも洞窟を破壊してしまいそうなほど拳を震わせて、皆がいる所に帰ってきた。
「「なっ!?」」
二人は驚き、目を丸くする。
「すまない。私が付いておきながら……。」
「……鬼山殿、ここは暗いから視界も悪く、入り組んでおることで敵がうまく隠れておれば、気が付かなくても致し方ない。外は未だに土砂降りで、足場も悪いから、姫様を抱えて出ることは難しいはず……。まだ洞窟内に奴らがいる可能性は高いのだから、すぐさま探しに行きましょう。」
「鬼北、感謝する。はらわたが煮えくり返っておったが、だいぶ冷静になれた。さて、奴らをどのように調理してやろうか……フ、フフフ……」
((鬼山殿が笑っておられる……。あいつ等、ご愁傷さまだな…………。))
長年付き合ってきたものだけがわかる、鬼山さんの微笑みに、身震いを隠せない鬼北さんと鬼南さんであった……。
一方その頃、洞窟奥内にある焚火の周りにて――
ブルブル……ガクガク……
「あ、兄貴……、な、何か寒気を感じたんでやすが、き……気のせいです、よね……?」
「お、俺もだ……。まさか、ゆ、幽霊とかいるわけじゃぁねぇと思うし……大丈夫だろう……。」
どうやら、洞窟の奥まで、鬼山さんの恐怖の微笑みの効果があったようである……。
「んっ……」
「おっ、お嬢ちゃん、やっとお目覚めでやすか?まさか、抱えて走っただけで気絶するとは思わなかったんで、こっちが焦ったでやすよ。お嬢ちゃんは大事な人質なんでやすから、まだ生きといてもらわんと困るんでやす。あの大金庫を開けさせる、手伝いをしてもらうつもりでやすよ。」
「えっ……」
私は状況が呑み込めず、固まってしまった。
「おい、喋りすぎだ。敵にそんなに情報を与えて、いってぇどうするんだぁ?」
「!?……す、すまねぇでやんす、兄貴。人質がちゃんと生きててくれたんで、つい、興奮しちまったでやす。気を付けます。」
「はぁ……。どうせいつものことだから、もう諦めているし、気にしてねぇよ。」
私の目の前で、イノシシのような、豚のような、それでいて、耳が尖っており、二本足で立っている動物らしき二匹の漫才を見ながら、状況を頭の中で整理してみる。
ちなみに、目の前の動物らしき二匹は、私の記憶によると、ゲームなどによく出てくる、オークに近い姿をしていた。
っと、そんなことよりも、確か私は、さっきまで鬼山さんと一緒にいたはず……。
鬼山さんの忠告を守れず、足が滑って、『転ぶ!?』って思ってたら、体が急に浮き始めたのよね……。
そして、何者かに抱えられて、どこかに連れていかれているような感覚はあったんだけど、あまりにスピードが速いものだから途中で酔っちゃって、いつの間にか気絶しちゃっていたみたい……。
うー……頭がガンガンする……
とにかく、この状況を何とかしなくちゃ!
「……ねぇ、この縄、少しゆるめられないかしら。今までは気絶していたから、何とかなっていたけど、もう、吐きそう……うっ……」
「おいおい、大丈夫かぁ?まぁ、ここで吐かれても困るし、おい、縄をゆるめてやれ。」
「へいっ、了解でやんす。」
少し小柄なオークが、縄をゆるめてくれた。
よし。あとは、タイミングを見計らって、何とか抜け出さなくっちゃ。
「ありがとう。ところで、これからどうするの?」
「そうだなぁ。……とりあえず、鬼山の野郎も一緒の洞窟にいるから、見つかる前に、抜け道を利用して、脱出するつもりだ。もちろん、お嬢ちゃんにもついてきてもらうぜぇ。」
「わかった。」
きっと今頃、鬼山さんたちは私のことを探しているだろう。
とにかく、助けが来るまで、時間を稼がなきゃ。
「ねぇ、お城から、いろいろなお宝を持ってきているんでしょう?売りに行ったりするの?」
「そうでやすねぇ。まずは――」
一方、鬼山さんたちは、洞窟内を疾走していた。
「おそらく、奴らは洞窟の最奥にいるはず。サクサク進むぞ。最後にたどり着いた奴は罰として、一週間、島の周りを走り続けてもらうから、そのつもりでいるように!」
「「「え゛っ!?」」」
「……お前らも調理されたいのか?つべこべ言わず、走れ!!」
「「「は、はいっ!!」」」
こうして、鬼畜な鬼山監督のもと、護衛部隊は平均時速30キロを超えるスピードで、洞窟内を駆け抜けたのだった――。
――また戻ってきて、焚火付近にて。
私は、時間稼ぎのために考えていた話題が尽きかけていた。
「おいっ、そろそろ長話は終わったかぁ?」
「へ、へいっ、兄貴。お嬢ちゃんとの会話が楽しかったもんで、つい、長話しちまったでやす。すまねぇでやんす。」
「ったく、長すぎなんだよぉ。ほら、見つからねぇうちにトンズラするぜぇ。」
「へいっ!――――――ぅわっ!?」
ズザァーーーーッ
「ここかっ!?」
砂煙を盛大に巻き起こしながら、鬼のような形相の人たちが現れた。
って言っても、本物の鬼なんだけれど。
「鬼山さん!!」
私は今だ、と思った瞬間、ゆるんでいた縄のおかげで取り出せた短剣を使って、縄を切った。
そして、砂煙を利用して、鬼山さんのところに戻る――
「けほっけほっ、鬼山さん遅いですよ。でも、絶対来てくれるって信じていました!」
「待たせてしまい、申し訳ございませんでした。ここの洞窟は、思っていた以上に入り組んでおりました故、曲がるときに時間がかかってしまいました……。ですが、私たちが来たので、もう大丈夫です。姫様はお下がりください。」
「ありがとうございます。……でも、私も戦います!」
そんなやり取りの一方で、漏らしてしまいそうなほど、恐ろしい形相をした大柄なオークが、弟分を睨んでいた。
「げほげほっ……チッ……お前がゆるく結んでたから、大切な人質が逃げちまったじゃあねぇか。」
「あ、兄貴、理不尽でやんす……おれっちはお嬢ちゃんが吐かない程度にゆるめただけで…………」
「うるさい!!てめぇがゆるめたんだから、てめぇの責任なんだよぉ!!」
「ひぃっ――――!?ゆ、許してくださいでやんす――――!!」
逃げる弟分と追いかける兄貴分。二人とも追われていたはずなのに、何ともシュールである。
鬼山さんたちは「あほらしい」とため息をつきながら、落ち着くのを待った。
「よぉ、待たせたなぁ。」
約十分後、縛り上げた弟分をズルズルと引き連れて、戻ってきた。
縛られた弟分は目をぐるぐる回して気絶していた。
「ここは洞窟奥地で、お前らを相手にしないと逃げ道はないからなぁ。分が悪いが、相手してやるよぉ。」
先ほどの追いかけっこを見ていると、このオークたちはかなり戦闘慣れしているようである。
特に、兄貴分は動きが速く、あれほどのスピードで走っていたにもかかわらず、息が乱れていない。
オークのパワーに素早さを合わせたら、強行突破でも逃げられる可能性は十分にある……。
……せめて、足手まといにならないようにしなくちゃ。
「姫様は逃げること優先で考えて、少しでも危険と判断したら、後ろに下がってください。いいですね?」
鬼山さんが私の身を案じて言ってくれる。
まだ、何で鬼ヶ島に来たのか、姫としての役割は何なのか、全くわからないけれど、トップを任された以上、皆を守らなきゃ。
まだまだ改善点はたくさんあるけれど、鬼ヶ島の鬼たちだって、敵だけどなんか憎めない目の前のオークたちだって、皆、懸命に生きているんだもん。
今回のことは十分反省してもらうけど、以前の裏山での出来事のように、一瞬で殺してしまうなんて、許せない。誰一人、死なせるものですか。
パァァアアア――――
いつの間にか金色の光に包まれていた。
周りの皆は、いきなり発光しだした私を見て、口をぽかんと開けたまま、ぼーっとしている。
光が落ち着くころ、私の髪の毛は腰まで伸び、金色になり、頭にはまるで角があるように、ごつごつしていた。
握っていた短剣はいつの間にか、ライムグリーンのような薄い緑色を宝石のごとく煌めかせ、レイピアまではいかないけれども、刃の部分が細く長く伸びた、それは美しい長剣に変わっていた。なぜか、体もめちゃくちゃ軽い。これなら――――
シャキーン――――ドゴッ―――
「うっ!?」――――シュルルル…………
私は、目にもとまらぬ速さで、オークの兄貴分に峰打ちした後、私が縛り上げられていた縄で縛り上げた。
「「「!?」」」
「もう、これで大丈夫。勝手に殺しちゃダメだから。とりあえず、お城に帰りま――――」
どさっ――――シュゥゥゥゥ…………
「ひ、姫様!?」
ふらっとしたかと思えば、私は地面に倒れてしまった。
体が重たい。
まぁ、鬼山さんが何とかしてくれるでしょう。少し休もう……
こうして、私の意識は薄れていった――――