姫、就任式1
「……どうしてこうなった?」
現在、私が座っているのは、いわゆる、玉座である。
目の前に広がるのは、大人から子供まで、おおよそ200人(?)くらいの鬼たちが、一斉に土下座している光景だ。赤鬼、青鬼、黄鬼、緑鬼……と無駄にカラフルだ。そんなことより、もちろん、土下座は無理強いしたわけではない。
なぜこうなったのか、話は、約2時間前に遡る――。
「ぎぃーーーーっ」
鬼ヶ島の看板の先にある、入口の門扉を開く。しばらく使われていないのか、錆び付いていて、重たい。
嫌な音を響かせつつ、何とか開くと、急に悪寒が走った。嫌な予感がする。
先に進む前に、周りを観察してみる。
黒い霧が周囲に立ち込めていて、遠くまではっきり見えない。しかし、何かしらの目のようなものが光っていて、話し声が至る所から聞こえる。そう、がやがやと……ガヤガヤと…………ぶちっ
「うるっさーい!!」
びくっ
私の大声に、何者かは一斉に口を閉ざした。
「あなたたちが誰かは知らないけど、ひそひそ話は、怒鳴り声みたいな大声でするものではないわ。わざと聞こえるように言っているなら、最低ね!相手の気持ちを思いやれるように、一から鍛えなおしてあげるから、隠れていないで、出てきなさい!」
がさがさっ
「――――っ!!」
驚きすぎて、声が思うように出ない。
私の目の前には、大小さまざまだが、大きい者は身長が10m~20mぐらいありそうで、パッと見で、小さい者でも、150cmはありそうな、額に角の生えた、いわゆる「鬼」のようなものが黒い霧をはらうように、次から次へと現れたのだ。看板に「鬼ヶ島」とあったから、予想はしていたが、数が多い。その数、私から見える範囲だけでも30匹以上はいるだろう。
しかも、やたらカラフルである。
体色は赤、青、黄、緑、黒、ピンク、茶色、紫、黄緑、水色などなど。目が痛い。
角も様々で、一本のもの、二本のもの、三本のもの、四本のもの、五本あるものもいる。どうやら、五本が一番多いようだ。強さに比例するのだろうか。角の太さもばらばらだから、それも関係するかも知れない。
観察はこのくらいにして、さて、どうやって切り抜けるか。
冷汗が頬を伝るのがはっきりわかる。
つい、勢いで怒鳴ってしまったが、まさに、絶体絶命のピンチである。
後ろも囲まれているので、逃げられない。
喰われることを覚悟するしか――――
「人間よ。即刻この島から立ち去れぇいぃ」
地響きが起こりそうな程大きな声で、おそらく、代表者と思しき鬼の声がする。どの鬼かはわからない。身長が高すぎて、私から相手の顔が見えないだけかもしれないが。
「と、言いたいところだが、面白い。この状況に逃げず、反抗的な目を向ける。こんな人間は、かつての戦友である、桃太郎以来、初めてだ。」
「逃げるって言ったって、後ろも囲まれていちゃ、逃げ道ないじゃない。無茶言わないでよ。」
「はははっ。それはすまなかった。だが、かれこれ100年以上、誰も来なかったのだ。珍しい者には興味を惹かれるであろう?しかも、お前が怒鳴り散らすものだから、子供たちは怯えてしまったのだ。何の理由もなく、我らは人間を喰う気はないから、許してやっておくれ。」
どうやら、この鬼たち、話は通じるようだ。しかし、信用していいのか……イチかバチか……
「わかった。もう怒ってないから大丈夫よ。でも、立ち去りたくても電車は行ってしまったし、なぜか駅には時刻表はないみたいだし……帰り方、ご存知ない?」
「うーむ……。桃太郎が帰ってから、これ以上荒らされないように看板は立てたが、それ以来、我もそこの門より外に出たことがないから、わからぬのぉ。この禍々しい雰囲気と看板の効果もあって、今まで近寄る者も少なかったし、扉を開けても、中から聞こえる話し声や、我々の美しい瞳に怯えて、すぐに走り去る人間がほどんどであったし。お前のように声をかけてくる者は初めてじゃ。ところで、デンシャとかエキとは、何のことだ?話からすると、何か、乗り物のようだが……」
そうか、彼らは人間ではないのだ。しかも、外に出たことがないなら、知らないのも無理はない。それでは、あの駅は誰が立てたのか……?
少し背筋がゾクッっとしたが、気のせいだろう。
とにかく、帰る方法を探さなければならない。
まずは、拠点をどうするか……
「確かに、電車は乗り物の一つよ。私は、それに乗ってここまで来たんだけど、どうやら、すぐには帰れないみたい。もし、許してもらえるなら、帰る方法が見つかるまで、あなたたちのところに住まわせてもらえないかな。もちろん、私ができること、掃除や洗濯などなら、何でもする。」
「しゃーないのぉ。我らの島を荒らさないと約束できるか?」
「もちろん!」
「なら、ついてくるがよい。ところで、お前、名は何と言う?我はここの長を務める、鬼木田 力と申す。」
「意外と人間みたいな名前なのね。私は、鬼島陽姫よ。これから、よろしくお願いします。」
「今、何と……?」
あれ?さっきまで、この声の大きさで普通に話せていたけれど、聞こえなかったのかな?
「鬼島 陽姫よ。」
声を大きくしてみる。
「そんなに怒鳴らんでもよいわい!」
「ごめんなさい。声が小さかったのかと思って……」
「まぁ、よい。それにしても、おにじま、はるき……どこかで聞いた気が……」
「どうしたの?私の名前に何かあるの?」
「……そうだ!!思い出したぞ!」
「な、何を……?」
「先代が亡くなる500年前、このようにおっしゃっていたのだ。『今からおよそ500年後、この島に光を照らす、姫が現れるだろう。名は鬼島陽姫。もし、その名の者が現れた時、決して邪険に扱うでないぞ。鬼ヶ島を滅ぼしたくないならばな。』と。なぜ、先代が予言できたのかはわからぬが、何か特別な力をお持ちだったのだろう。」
「……てことは、私が鬼ヶ島の姫!?」
「そうなるな。とすると、先ほどはご無礼の数々、失礼しました。よろしければ、我らの居城へご案内いたします。」
ポンっと音を立てながら、顔が見えないくらいの巨体が180cmくらいまで縮まった。鬼木田さんの体色は赤らしい。私にも全体が見える大きさになったことで、肌の色もはっきりわかるようになった。
急に小さくなったこともあり、私が目を丸くしていると、
「我らはこの姿が通常なのです。得体のしれぬ者を立ち入らせないためと、威圧感を与えて、変なことをさせないようにするため、先ほどはわざと巨体になっていました。それに、姫様を上から見下ろすのは、失礼だと思いまして。」
180cmでも、十分、上から見下ろす形になると思うけど……
それはさておき、
「鬼木田さん、最初の話し方で大丈夫ですよ。急に敬語になられると、調子が狂います。それに、私にはそんな特殊な力はないですよ。だから、姫様なんて、そんな……」
「いいえ、あなたは姫にふさわしい。先ほどの一瞬にして皆を黙らせる力。あれは素晴らしかった。さぁ、急いで、皆に知らさなければ。」
「え、、ちょっと、待って!?」
急に手を引っ張られて、あっという間に城へ連れていかれ、着替えさせられ、玉座に座る。
そして、隣に立つ鬼木田さんが一声。
「皆の者、よく聞け!ついに、鬼ヶ島の姫が現れた。これで、我らは永遠に栄え続けることだろう!!」
「は……ははっ……」
もう、枯れた笑いしか出てこない。後戻りもできなくなった。
これから、どうしよう――――