72話 とりあえず笑っておくのですぅ
ダンガの町外れにある特徴のない木が一本だけ立っていて周りに何もない場所がある。
わざわざ、ここにやってくるモノ好きな住人はいない。
遊び場にしては居住区から遠く遊べる道具に出来そうなものもなくデコボコの地面のせいで駆け回るにも不便な為、子供達ですらやってこない場所に今日は珍しくプレートアーマーを着こむ小柄な赤髪の少女が木に凭れていた。
どうやら待ち人あり、といった様子で少し焦れているように見える。
その少女の凭れる木の方向で足音がし、振り返ると眉間に皺を寄せる少女の様子から待ち人が現れたようである。
「はぁ……字を見た時からそうじゃないかな~とは思ってはいたけど、やっぱりスゥちゃんか……18歳以上の子じゃないとお付き合いしない主義なんだけど?」
万が一があるかも、と僅かな期待を胸に秘めてやってきたらしい軽薄な笑みを浮かべる金髪オールバックの青年がわざとらしいまでに大袈裟な溜息を零す。
そして、何事もなかったかのように踵を返して帰ろうとする軽薄な男の首元にスゥは剣を突き付ける。
「今回はもうその手で流されないの。ノンビリしてる時間がない……だから、ちゃんと話を聞いて……リホウさん」
スゥが今、言ったようにハクに基本中の基本の触りだけを習った後、何度もリホウに教えを請いに行ったが怒らせたり、肩透かしを喰らわして煙に巻かれて教えを受けれずじまいであった。
同年代に遅れを取る事はないだろうという驕りから今まではスゥ自身も切羽詰まったものもなく、いずれ教われば良いと思っていたが、それが同年代、更に言うなら1つ年下のリアナに手も足も出なかった。
惨敗した事で、みんなの力があればどんな敵でも倒せると思いが夢想であった事を痛いほど思い知らされたスゥに余裕なんて欠片もありはしない。
いつもの手が使えない事に肩を竦めるリホウは剣を押して下ろさせながら向き合う。
「あらら、本当に余裕がないようだね? 何があった……いやいや、聞くの止め。お兄さんお仕事が一杯で大変よ?」
「ううん、聞いて貰うの。聞かずに逃げたら騒動になっても冒険者ギルドにある北川コミュニティ―別室に殴り込みをかける……本気なの!」
ソッと目を逸らすリホウがボソボソと言う。
「聞くだけ聞いて断るけど、それで良ければ」
「有難うなの。協力してくれる気になったオジさんを今日ほど良い人だと思った事ないの」
オジさんという言葉で眉が跳ね上がるリホウ。
どうやらスゥのような少女の遠慮のない言い方に少々ダメージを感じる程度には気にしているようだ。
まったく断らせる気がないスゥを見つめて頭をガリガリと掻く。
「まったくハクが余計な事するから……さっき言ったのは嘘じゃなくて本当にお仕事でパンパンでお兄さんは困ってる。それがなくても、お兄さんはスゥちゃんに教える気はないよ?」
「教える気がないのは仕事ではない……教えたくないのはハクさんが教えた応用編? それとも……ダンテの姉、ディータに見せた例の力のほうなの?」
スゥに覗きこまれるように言われた言葉をぶつけられたリホウの軽薄な笑みが凍り付き、スゥが一度として見た事がない百戦錬磨の戦士を思わせるリホウの顔に思わず体を震わせる。
すぐにスゥにカマかけされた事に気付いたリホウは一瞬、顔を顰めてすぐにいつもの軽薄な笑みを張りつかせる。
「やれやれ、スゥちゃんに引っかけられるとは……お兄さん、結構疲れてるのかも?」
「引っかけたのは謝るの……でも本当に私には余裕がない。応用編を教えないのはオジさんが教えたくない力に繋がってる事ぐらいは私でも気付いているの。同時にオジさんも気付いているから教えないようにしてる事も……」
スゥの言葉に溜息を零すリホウはいつもならスゥの背後で「ケチケチするなよ! 教えてやれよ!」などや「えっと、出来れば教えてあげてくれませんか? 毎回、巻き込まれるのも大変なんで……」とアリア達を連れているがいないのを再確認して話しかけてきた。
「別にアリアちゃん達はスゥちゃんがそんな力がなくても一緒に居てくれると思うよ?」
「分かってるの! アリア達と一緒にいる資格として欲してるんじゃないの」
そう言ってくるスゥの瞳を瞬きもせずに見つめるリホウに気圧されないように腹に力を入れる。
呼吸を整えて覚悟を決めるように口を開くスゥ。
「先を行こうとするアリア達と胸を張って肩を並べられるようにしたいと私が思ってるの。俯いて歩くのは嫌なの!」
その言葉を投げかけられるとリホウはハッとしたように目を見開く。
過去に似たような言葉を思い出した為である。
「俺達の力ではこれまでなのか! 世界、優しい世界を作るのは夢物語だと諦めないといけないのか……無力な俺が憎い! お、俺はもう俯いて歩きたくはないんだ……」
その言葉を吐き出してから20年近く経った事を思い出すリホウは自分を嘲笑うようにして肩を竦め、スゥを見つめる。
目の前にある木の天辺を見るように顔を上げるリホウは「うーん」と考え込むように首を捻る。
リホウの回答待ちするスゥはドキドキしながら見つめているとリホウが目を木に向けたままで話しかけてくる。
「お兄さんが教えたところでスゥちゃんがアリアちゃん達と一緒に歩く助けになるとは限らないよ?」
「やって駄目なら次を考えるの! 足を止めなければ失敗だと言わない、ユウ様の言葉なの!」
スゥに雄一の言葉を出され完封されそうになるリホウに追撃するように前しか見てない発言をする少女を眩しく見つめる。
「あの小さくアニキをユウパパと言って懐いてた子が……俺も年を取る訳だ」
「……そのユウパパと言ってた事を掘り返さないで欲しいの。改めて言われるとちょっと照れるの」
可愛らしく頬を染めるスゥに年相応の少女らしさを感じさせられ優しげな笑みが浮かぶ。
少し屈んでスゥと目線を合わせるリホウは人差し指を立てる。
「俺の事を二度とオジさんと言わずにお兄さんと言う事。守れるならスケジュールを調整して2日だけ面倒を見てあげるよ」
「本当なの!……ずっとオジさんと言って悪いかな? と思ってたの。年相応に扱わないと駄目だと思ってたけど若々しいから、お兄さんがいいと私も思うの!」
あっさり掌を返すスゥを半眼で見つめるリホウは「ずっと……ねぇ?」と失笑する。
「今まで、俺の事を『リホウさん』と呼んでたのに俺がお兄さんと言った後から『オジさん』と言い出した。策士だねぇ、スゥちゃん」
「うふふ、私の母親があれですからね……血の繋がりは伊達じゃないの」
そう言われたリホウはミレーヌの事を思い出し、参ったとばかりに手を上げる。
手を降ろしたリホウが後ろを振り返ると大きめな声で呼ぶ。
「メグちゃん」
「何よ、後、メグちゃんって言うな!」
不機嫌な顔をした恵が何もなかった空間から姿を現し、スゥは驚くがリホウは驚く様子も見せずに用を頼む。
「今、聞いた通り、俺はスゥちゃんの教育の為に2日、コミュニティを休むからケイタ君によろしく、と伝えておいて?」
「……有給、3日」
「へっ?」
返事ではない言葉を返されたリホウは目を点にして間抜けな声を洩らす。
要領を得ないリホウに苛立った恵が両腕を組んで明後日の方向にツンと顔を向ける。
「聞いてあげるから私達に3日の休みを要求する!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。お兄さんは遊びに行くんじゃないんだよ? そこのところ分かってよ、半日」
3日なんてムリムリと情けない顔をして被り振るリホウに口をへの字にする恵が3本突き立てた指の1本を折る。
「妥協して2日!」
「本当に勘弁してぇ! メグちゃんとケイタ君が抜けると仕事が廻らなくなるんだよ! 1日、ここで譲歩して!」
手を合わせて頭を下げるリホウの視界から外れた恵はほくそ笑むように口を弧の字にする。
背を向けて笑っているのを誤魔化す恵。
「しょうがないわね~それで手を打ってあげる。約束よ!」
「うん、きっと守るよ!」
リホウの言葉を受けた恵は、やや浮かれた足取りをしながら姿を消す。
急展開に置き去りにされたスゥの耳にリホウの忍び笑いと言葉が飛び込んでくる。
「まだまだ甘いな、メグちゃん。3日と言って最初から1日を狙っていたのはバレバレ」
「オジ……お兄さん……約束破る気なの?」
くっくくと笑う悪代官のようなリホウが「お兄さんはそんな酷い人じゃないよ?」と楽しそうに言ってくる。
「でも……いつあげるかとは言ってない。その辺りがメグちゃんは甘いよね?」
「……巻き込まれたくないから同意を求めないで欲しいの」
薄情なスゥに泣き真似をするが相手にされず、すぐに立ち直ると街の外の方向にリホウは歩き出す。
「それはともかく、時間は惜しいからね。すぐに移動しよう。失敗すると暴発する恐れがあるから街の外でやるよ」
リホウの言葉に力強く頷いたスゥはリホウの背を追うように走り出した。
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みんなと別れたレイアは迷わずまっすぐに火の精霊神殿を目指した。
レイアの狙いは雄一を除いた最強候補で居場所がはっきりしているホーエンに会う為であった。
しかもレイアと同じで素手を武器にするという共通項でこれ以上にレイアが師事する相手として最適な相手はいない。
それなのに今まで師事しなかったのは雄一の目があった事もあるが、ホーエンが手加減が上手くないと雄一に聞かされていたであった。
雄一の僻み説も考えた事があるレイアであったが本当かと思わせるようにホーエンが育ててる子に聞いた限り指導した話もない。
せいぜいアグートが教える火の魔法の教育が行き過ぎないかと監督するぐらいらしい。
それを聞かされていたレイアは今まで尻込みしていた。
さすがに加護の力を封印してたとはいえ雄一を圧倒した強者の手加減少なめの一撃は恐ろしい。
だが、今回のリアナの一件でレイアの尻に火が点いた。
怖いと言ってられないと覚悟を決めてやってきたが結界が張られており、入る事が出来なかった。
「ホーエンのおっちゃん!!」
玄関先で呼ぶように叫んでみるが反応はなく、当然、結界もそのままであった。
最初は声で呼んでいたがまったく好転する気配がなく、苛立ったレイアは割れるとは思っていないが結界を殴り始めた。
ドス、ガス
鈍い音をさせる殴り方で叩き、振動が結界全体に広がるように気を放ち続ける。
それをやり始めたのが朝方であったが夜まで続けた。
殴り続けて荒い息を吐くレイアの頭上に月やってくる深夜になって漸く動きがあった。
「煩いぞ! 夜ぐらい騒ぐのは止めるぐらいの常識を教わってないのか!」
どうやって現れたかレイアは確認できなかったが突然、目の前に現れた修行僧の格好をした剃髪の男前が怒鳴りつけてくる。
「居留守を使ってるのは分かってたのだろう? 子供達が怯えて迷惑だ!」
「は、はっはは……わりぃ、アタシは親不孝者だから躾から逃げてた」
怒りから漏れる威圧に押されながらもレイアは答え、勇気を振り絞って口の端を上げる。
「だから、ホーエンのおっちゃん。アタシに躾をしてくれない?」
レイアの物言いに驚いた様子を見せるホーエンだったが驚きが解けると同時に爆笑する。
「今の面白かったぞ。まあいい、その根性叩き直してやろう……入るがいい」
「やったぁ!!」
喜ぶレイアに背を向けるホーエンは結界にレイアが通れる穴を作り、入ってくるように手招きしてくる。
疲れを忘れたように軽快に動くレイアが結界の内側に入る。
「ホーエンのおっちゃん、よろしく頼むな?」
「教えを受けようと言うなら俺の事は先生と呼べ!」
「はい、先生!」
レイアは逆らわずに背筋を伸ばして声を張り上げる。
煩い、と頭を殴られて地面に叩きつけられたレイアは一気に噴き出した疲れと戦い、震える手で身を起こしながら呟く。
「アタシも動き始めた。必ず、モノにして帰るからな!」
この場にいない友達であり家族であるアリア達を思い、レイアは誓う。
なんとか立ち上がったレイアであったが立ち上がるのを待たずに先に森へと入ったホーエンの背を追って森の奥へと姿を消した。
それぞれが足りない、必要だと思えるものにアリア達は向き合い、数日が経過した。
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