幕間 腑抜けになった親友の為に
陽が落ちてしばらく経った、ある王城の一室の窓際に剃髪の大男、修行僧を連想させる二枚目と日本人の特徴が強く出ている成人したてと思われる男女の姿が突然現れる。
剃髪の大男は2人を見つめ、軽く頭を下げる。
「助かった。しかし、時空魔法とは便利だな」
「便利、便利って使い廻される身にもなってよね!」
「まあ、まあ……えっと、それじゃ、僕達はまだやらないといけない事もあるので失礼しますね」
ブツブツ言う女性と言って良い年齢だが、その表情からは幼さが抜けない子に苦労を重ねている男性は少し大人びて見える笑みで頭を撫でる。
「休みが欲しいと思わない? 私達の時間も全然取れないし!」
「そうだね、リホウさんに1日休み貰えないか交渉しておくよ?」
そう男性が言うと「約束よ!」と嬉しげに答えると時空魔法を発動させて、この場から消える2人。
2人を見送る最初からいたらしい長身痩躯の糸目の男が楽しそうに肩を揺らしながら口を開く。
「聞いたけど、忙しいから駄目だと言われた、と言ってリホウ君が恨まれ役をするといったところでしょうか? 彼も大変ですねぇ」
「ああ、困った、困ったと言いながらも楽しげに笑う顔が目に浮かぶようだがな」
糸目の男に剃髪の大男は腕組みをしながら答える。
違いない、と笑みを浮かべる糸目の男は目の前の剃髪の大男を改めて見つめると小さくお辞儀する。
「おかえりなさい、それでザガンに行ってこられた感想は? 我等のキングをどのように見ましたか?」
「『ホウライ』戦は、まったく酷いモノだったぞ? 弱って力が衰えている相手に劣勢に追い込まれ、かろうじてナイトが踏ん張り続けたから生き残れたようだが、クィーンも踏ん切りがついてないのか、実力を発揮出来ているようには見えなかった。何より酷かったのが……」
呆れてモノが言えないとばかりに嘆息する剃髪の大男に糸目の男は苦笑いを見せる。
そして、剃髪の男が凭れる壁の傍の窓の外を眺めながら口を開く。
「それほどに酷い有様でしたか? 我等のキングは?」
「ああ、あのキングでは優秀な指し手でも勝ちを拾うのは無理だろう?」
苛立ちげに華を鳴らす剃髪の大男は「あれがウチの子だったら根性から叩き直す」と苛立ちを隠さない。
剃髪の大男の態度を横目で見て忍び笑いを洩らす糸目の男を睨むように見つめる剃髪の大男。
「お前は違う意見なのか?」
「いえいえ、大筋では同じですが、私は少なからず彼の背景を情報だけでなく知っておりますので、僅かなりに同情が混じる、という違いがあるぐらいですよ」
同情、という言葉を聞いた剃髪の大男は糸目の男から一番縁遠い言葉に感じ、「気持ちが悪い事を言わないでくれ」と本気に困った声音で言われて嬉しげに笑みを浮かべる。
「貴方も悪くないと一瞬、食指が動きましたが私は浮気はしない主義なので……出会う順番が違えば、もしかしたら、があったかもしれませんが……」
「俺は今、生まれて初めて『運命の女神』に感謝した」
げんなりする剃髪の大男に糸目の男が「運命を司る女神は彼女ですよ?」と言うと「そうだった」と剃髪の大男の表情に優しい笑みを浮かばさせる。
剃髪の大男から視線を窓から見える夜空の星を見つめながら話を再開させる。
「1つ貴方の言葉を訂正させて貰えるなら、優秀な指し手ではどうにもならないかもしれませんが、私と我が悪友が手を携えているのです。優秀などと一緒にされては困りますよ」
「ふん、最強の指し手と言いたいのか?」
やってられないとばかりに肩を竦める剃髪の大男に「まさか?」と鼻で笑うようにする糸目の男。
「最強など、毎回、同じ解を出す事しか出来ない愚か者と一緒にされては酷い侮辱ですよ。正しいを押し付ける事しかできない愚者ですよ、アレは」
「勝てば官軍とは言うが、個でやれば気持ち悪い悪神と変わらんな。ならば、お前達は最強ではなければ何を目指す」
納得するように頷く剃髪の大男に笑みを浮かべる糸目の男に問う。
「最高の指し手、と言いたいところですが、『無敗の指し手』でしょうか? この盤上の戦いは勝っても負けてもいけない。こう着状態から徐々にというのが理想ですからね」
「お前からすれば所詮、今の戦いも次の一手の為の布石という事か」
「ええ、ただ、予想外だったのがキングの脆さでしょうか? 余りにも早く折れてしまった軌道修正を余儀なくさせられますが……」
ある人を思い出し、思わず口の端が上がる糸目の男を見つめる剃髪の大男も同じような笑みが浮かぶ。
確かに、キングの脆さは想定外であったが、それは悪い事ばかりではなかったからである。
「弱いまま中途半端に虚勢を張るタイプじゃなかったのは良い材料でしょう。私達のワイルドカードの投入が予想以上に早める事が出来たのは大きな前進と言っていい」
「そうだな、鍛える時間は多いに越した事はないが……」
糸目の男の言葉を肯定する剃髪の大男であったが眉を寄せて沈痛そうな顔をするので「どうかしましたか?」と問いかける。
すると、酷く残念だ、と言いたげな顔をする剃髪の大男が口を開く。
「あの馬鹿が『やっぱり俺の見立ては間違ってなかった。俺が100回、殺して根性を叩き直してやる!』と息巻いてたのが正直心配でな……」
「ふっふふ、彼らしいですね。しかし、彼もキングがいないと全てが水の泡になる事を知っていますし、何より彼女達が傍に居ますので最悪の事態にはならないでしょう」
昇天しない限り、大丈夫と何でもなさそうに笑う糸目の男を恐ろしげに見つめるが自分の所の子じゃない、と割り切る事にする。
剃髪の大男が腕組みして背凭れ、天井を見上げるようにして呟く。
「キングの事はあの馬鹿に任せるしかないが次はどう動く?」
「そうですねぇ……」
と呟く糸目の男は背後にある小さな机の上に散らばるトランプのカードを見つめながら考える素振りを見せる。
それを背後から見つめる剃髪の大男が「既に決めているのに考える素振りは嫌味だぞ?」と鼻を鳴らす。
「まったく貴方は様式美というのを分かってらっしゃいませんね? まあ、いいでしょう、次に動いて貰うのは彼の側近を自負するキングの……」
「いえ、ここはクィーンのハートで決まりでしょ?」
糸目の男の話をぶち切って話しかけてきた赤髪の少女というには最近、日に日に妖艶さを身に付け、パラメキ国内で女狐と有名な少女が小悪魔というのが似合う笑みが浮かぶ口許を隠すようにトランプのクィーンのハートをあてる。
いきなり話しかけられた事に驚く2人であるが、剃髪の大男がきた時点では既に部屋の隅の執務デスクで凄まじい速度で書類整理をしていたので会話に介入してくるとは思ってなかったという意味で驚いていた。
すぐに立ち直った剃髪の大男が眉を寄せて否定してくる。
「最良の一手かどうか知らんがお前の場合、ハートではなくダイヤ、むしろ、スペードじゃ……」
「そうそう、横着したどこかの誰かさんが洗濯物を火の魔法で乾かそうとしてアグート様のお気に入りの下着を焦がしたとか? 分かってる範囲の情報だけでもアグート様にお伝えしましょうか?」
目を瞑り、口も閉ざす剃髪の大男は壁の華となる。
あっさり、この世界で屈指の男を沈黙させる事に成功した少女に苦笑する糸目の男は肩を竦め話しかける。
「丁度、その事もあって我が友に頼まれて、こちらで報告を聞く事にしたのですが、城を出ると騒いでたのは本気だったのですね」
「ええ、その為にウチの貴族達が疑心暗鬼になるように危ない橋を渡り続けましたからね?」
そう、不穏分子の貴族一派を追い詰めて逃げ場を失い、追い詰められた状態で突然、少女が病で倒れたと情報を流して、チャンスと思わせて、他の貴族も巻き込んで攻め込ませ、罠にかけるなどが可愛らしいと言いたくなる策を取り続けていた。
一歩間違えれば、本当に政権を奪われかねない綱渡りを1年間続けてきたのだ。
「確かに、今、貴方が城を空ければ、また罠じゃないか? と不穏分子は引っ込むかもしれない。それがいつまで持つかは不透明でしょう?」
「その通りよ。でも私、いえ、女として生まれたからには欲しい未来を手に入れる為にならどんな可能性でも掴んでみせる」
不敵な笑みを浮かべる少女だが、少しだけ辛そうな表情を浮かべる。
「そんな女であれば知ってるはずの事を私の親友は忘れて腑抜けになってる。だから、私が活を入れてあげないとね!」
男である為か分からない、というより『無茶過ぎるだろ!』と言いたいが『女はそうですよ?』と言われると返す言葉がないので黙る2人。
そんな2人の心情を汲んでか少し申し訳なさそうに笑う少女は糸目の男にクィーンのハートのカードを押し付けると部屋を出ていこうと出口へと向かう。
「確かにアイツが知らない事を私が知っている現金さはあるけど、私の親友はそこまで弱い女じゃない」
「やれやれ、しょうがありませんね。我が友にはこちらの筋書きで進めるように伝えておきましょう」
「うふふ、恩着せがましいですね。どうせ想定内でしょうに?」
出口の扉越しに言ってくる少女は肩を竦めて笑みを浮かべる糸目の男に可愛らしく舌を出してアッカンベーをして出ていく。
そして、1人廊下を歩く少女は決意を滲ませた声音で呟く。
「待ってなさい、ホーラ、すぐに向かうから」
この次の日、パラメキ国、女王が姿を消したと国内で大騒ぎになり、傍付きの少女と見間違う騎士が悲鳴を上げて対応する事になった。
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