16話 時を、場所をわきまえない者、私はどっちも出来てるのですぅ
ナイファ国、首都キュエレーで補給を終えたホーラ達は時間が惜しいとばかりに出発した。
もう替え馬が出来ないので、キュエレーに着くまでの速度は出せずにゆっくりと進む。
徐々にキュエレー寄りからダンガ寄りになっていくのに合わせたかのようにホーラ達の会話はどんどん減っていく。
ダンガの方向を見つめて溜息を零す者、視線を逸らして明後日の方向を見つめて心ここに非ずといった者など様々であるが、みんなの心にあるのはダンガへの望郷の想いであった。
帰るべき家があった場所、北川家。
だが、今は帰る訳にはいかない。
そうなってしまった理由の発端は確かにアリア達の実父が原因だが、雄一を失った悲しみをぶつけるようにしたダンガの人々に憤りを感じた事がないと言えば嘘になる。
ホーラやテツは一言も洩らさないが、少なくとも子供達の間では何度か出た会話であった。
しかし、最終的に心情を理解してしまい、最終的に「仕方がない」という結論に落ち着いていた。
ダンガが見えてきても誰も寄ろうとは言わずに黙り、ゆっくりとダンガを迂回するルートに進んだ。
帰りたい、帰れないホーラ達であった。
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ダンガを迂回して見えなくなると少しずつ会話するようになり、いつものホーラ達に戻りつつあった。
そして、ザガン行きの船が出ている港に遅い早朝という時間に到着する。
港でザガン行きの船を捜し、空きがある船を発見したホーラが交渉を済ませるとみんなの下に戻る。
「昼過ぎに出発するそうさ。大きな荷物は船底に仕舞うらしいから一か所に集めるさ。時間まで自由時間にするのはいいんだけど、荷物番は……」
「俺がやっておくよ。買い足す物はないから任せて貰っていいよ」
誰に頼もうかと思っているとテツが真っ先に名乗り上げる。
本当に買い足す物がなかった事もあるがホーラ達、女性陣は男と違って何かと必要な物があるし、何より、弟、妹であるアリア達に少しでもダンガの事で痛める心を癒す意味で気晴らしをして欲しいと思った為である。
そんなテツの申し出にアリア達、女の子は嬉しそうにテツに感謝を告げ、ダンテはテツの想いを汲んだようで申し訳なさそうにペコペコするがレイアに襟首を掴まれ連行される。
きっと、荷物持ち兼、実験台にされる為であろう。
ヒースとザバダックもテツに一礼すると2人でどこかに行く。
ホーラは「まあ、アンタに頼むつもりだったけどね?」と身も蓋もないセリフを残すと港から離れて行った。
苦笑するテツは去っていくみんなを見送った。
それから1時間ぐらい経った頃、テツは荷物に腰がけながら、梓を鞘から少し抜きながら刀身を見つめていた。
切断面にあたる日光が虹色に輝き、抜く動作で、刃を渡る雫のように流れていく。その刃に写される刃紋は美しい。
心を奪われるような梓の刀身を見つめるテツの表情は精彩を欠いていた。
何故なら、今、セシルと再戦したら、まず間違いなくテツに勝機はないと判断している為であった。
確かに、梓を手にして1年使い続けて自分の腕の延長線上と認識できるように使い慣れ、梓の力も相乗されて明らかに強くなったと自負はしていた。
テツの直感ではあるが、セシルが持つ双剣は雄一、テツが持つ武器と同じ物ではないかと思っている。
それはミチルダの弟子もしていたホーラも同意見で、ホーラから聞いた話ではミチルダが人に自分の武器を譲らなくなった理由が選定ミスをした相手に渡してしまい、魔剣化したのが原因と聞いた。
おそらく、あの双剣がそうなのだろうとホーラとテツは見ている。
しかも雄一と巴のような正式な契約を済ませていると見ていた。
そんなセシルに梓から漏れ出す力しか使えないテツに勝ち目がないのは道理である。
「どうすれば、俺は梓さんと正式な契約をできますか……?」
梓に問いかけるテツの背後から声をかけられる。
その声にびっくりしたテツが飛び上がる。
忍び寄られた訳でもなく、明らかに普通に歩いて近寄られたので気配に気付いてなかったからではない。
声の主が予想外だった為である。
「テツ君!?」
「――ッ!? テファ!?」
目を白黒させるテツの視界には懐かしく、そして世界一愛しい人、婚約者のティファーニアが居た為である。
動揺が激しいテツが声音を震わせながら言う姿もダンガを出てからでは珍しい。
「ど、どうしてここに?」
「その、リホウさんにここに配達を頼まれて来たら、テツ君に似た背中を見つけて近寄ったら……」
「リホウさんが配達を?」
訝しげに言うテツの言葉にティファーニアは頷いてみせる。
テツは被り振るとティファーニアを見つめる。
「元気だった? 家の子供達は元気かい?」
「うん、みんな元気よ。勿論、私も……」
目尻に涙を浮かべるティファーニアが飲み込んだ言葉を理解してしまうテツは苦しい胸の内を顔に出さずに優しく笑みを浮かべる。
飲み込まれた言葉、『寂しい』を伏せるティファーニアの気持ちを考えると決して顔に出す訳にはいかない。
アリア達を守る事を決めたのは自分である。我儘を通した者が辛そうな顔をする資格などない。
だからテツが出来る事をする。
「必ず帰ります。貴方の下へと!」
「ぜ、絶対よ?」
優しくも力強くティファーニアを抱き寄せるテツはティファーニアの髪に顔を埋めるようにして誓う。
「貴方を幸せにする。これが俺にとって一番古く、そして何より叶えるべき約束です」
見つめ合う2人がゆっくりと近づいて行く時に申し訳なさそうな声に止められる。
「ああぁ~良いところ申し訳ないだがねぇ。こんな人通りの多い所じゃ注目の的だぞ、お若いお二人さん?」
ビクッとさせる2人が見つめる先には海の男といった感じの中年が頭を掻きながら「後、荷物を積み込んで良いかね?」と言ってくるのにテツは顔を真っ赤にさせてカクカクと頷いてみせる。
飛び退くようにして離れるティファーニアも真っ赤な顔をしてテツに手を振ってみせる。
「テツ君、約束は守ってね! またね!」
「え、ええ、勿論です」
恥ずかしそうに走り去るティファーニアと同じように照れるテツは少し残念そうにする。
船員が「若いってのはいいねぇ~」というオジサン丸出しの冷やかしに耐えるテツは思い出したかのように離れた位置にある木箱が積まれた場所に目を向けると感謝と誠意を込めた表情を浮かべる。
男の表情をするテツが静かにそちらに深々と頭を垂れる。
そして、船員に「船に乗って貰ってもいいぞ」と言われ、船に向かう途中でホーラ達と合流するのを木箱の向こうから眺める視線が2つあった。
「ふっ、バレバレのようだな。少しデスクワークのし過ぎで腕が落ちてるんじゃないか?」
「そうかな? これでもどっちもハードワークさせられてると思ってるんだけどね……まあ、シャオロンほど現場に出てる訳じゃないけど、やっぱりホーラちゃんとテツ君に常時観察は無理という結論でいいんじゃない?」
あの2人に気取られずに追跡する事の難しさにはシャオロンも異論はないらしく、静かに頷く。
そして、踵を返して去ろうとするシャオロンに着いて行こうとするが首だけで後ろ、テツがいる方向に向く。
「ごめんねぇ、お兄さんがテツ君にしてあげられるのはこれぐらいで……でも、テツ君、ホーラちゃんに期待する声が多いけど、お兄さんは君に一番期待してるんだ、頼むよ?」
遅れて歩くがシャオロンに追い付くとボソッと言われる。
「同じ年である俺から言わせてくれ。さすがにお兄さんはキツくないか?」
「ほっといて!」
仲良さそうに歩く2人は港から姿を消した。
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船が出航して港があった方向を船から見つめるテツにホーラが近づく。
テツと一緒に同じ方向を見つめるホーラがテツに告げる。
「アタイも時と場所を選ぶべきだと思うさ」
無表情のホーラに告げられたテツは足下に梓を静かに置く。
そして、迷いもない動きで海に飛び込み、子供達がテツの奇行に慌てふためいた。
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