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15話 肩書なんてメンドーなのですぅ

 城門は解放されてないが、その隣に設置された所からは基本、誰でも入れて庭を散策できるように解放されている。


 現、王、ゼクラバースの妻、王妃ハミュの願いから実現した特例処置であった。


 逆に王族が移動できる範囲を制限されて、そこを覆うように兵が配置されて護衛されている。


 勿論、そこに一般の国民も出入りでき、王族と触れ合う機会が運が良ければあるという事で天気の良い日には盛況だったりするらしい。


 なので、いちいち断りを入れずともスゥもそこまでは普通に入ってこれた。


 だが、王族の活動範囲にやってくると警護する兵達に進路を塞がれていた。


 2人の兵に槍で進路を塞ぐようにされるスゥは眉を寄せて腰に手を当てて、迷いを見せないように胸を張る。


「通しなさい。城に戻りに来た訳ではありません。重要な報告があったので足を運んだに過ぎません」


 普段と違う話し方をするのに自分でも違和感を感じながらも、今はその時ではないと下唇を噛み締める。


 目力を意識して兵を睨むが、スゥの言葉に被り振られる。


「どんな理由であれ、スゥ王女を城に入れてはいけないと以前より命令されています。そして、その命令は撤回されておりません」

「そんな事は分かっています。ですが、今はそんな命令より重要な事が起こり始めています。私も時間に猶予がある訳ではないのです」


 だから、通せ、と語気を強めるが兵達は「命令を撤回する権限は私にはありません」の1点張りであった。


 内心では、こうなる事は想定していたが予想通りであった事に嬉しい要因は一切ない。


 スゥの実力があれば、目の前の兵など一閃で命を奪わずとも叩き伏せる事ができる。


 それだけでなく、応援を呼ばれてもそれを振り切って前に進む事など造作もない。


 だが、喧嘩や戦争をしに来た訳ではない。


 スゥは悔しい思いを飲み込んで踵を返すとその場から離れ始める。


 引き返していくスゥを見て露骨に安堵の溜息を吐く兵達。


 いくら命令とはいえ、スゥを追い払う事にストレスを感じていたようだ。


 歩くスゥは落ち込んでいるかと兵達に思われていたが、今のスゥの表情を見たらゲンナリとした事だろう。


「何も成果を上げられずに帰れる訳ないの! 伊達に、ここの王女してた訳じゃないの」


 燃えてきました、と言ってしまいそうな顔をするスゥは乾きを感じる唇を湿らすように舌舐めずりをする様は王女ではなく下町の子のようであった。


 アリア達と行動していて、お上品にしか出来ないような子には育たないという悲しい事実がここにあった。


 スゥは兵達に諦めて帰ったと思わせるように城門の方に歩くが兵達が視線を外した瞬間を逃さず物影に隠れる。


 姿が見えないスゥに疑問を覚えず、帰ったと判断した兵達が巡回に廻ろうとするのを見たスゥはほくそ笑む。


「ふっふふ、習い事から逃げる為に見つけておいた逃げ道を利用したら中に入れるの」


 そう言うとスゥは物影から物影へと移動し、人の目を避けて城の裏に向かって進み始めた。




 しばらく遠回りする事もあったが人目を避け続けて目的地に到着する。


 辿り付いた場所を見上げると3m程の高さに窓があり、そこの鍵が壊れている事をスゥは知っていた。


「ここには魔法感知装置がある油断から中途半端な高さにある窓がノーマークなの!」


 そう、攻撃魔法は勿論、肉体強化も反応し、生活魔法ですら感知してしまう。


 魔法なしでは道具がない事には突破できないように思えるがスゥはある事に気付いていたので壁に手を付けるとゆっくりと登り始める。


「壁に小さな穴がいくつもあるの。大人の男の人では無理だけど……」


 そう、レンガのように石を繋ぐようにして作られた壁には僅かな隙間というか取っ掛かりがある。


 成人した男では、ほとんど指がかからないので登るのは至難の技だが、子供や女であれば引っ掛かりとして使える者がいる。


 要領はボルダリングと同じである。


 ゆっくりと肉体強化が発動しないように意識してスゥは登っていく。


 これを発見したのは4歳の時のスゥで、いつか実行するつもりであったそうだが、3mの高さがある場所をこんな方法で降りて逃げようと考える辺り、アリア達寄りの素養は既にあったようだ。


 慎重に登り続けたスゥが、後、少しで窓枠に手が届くかも、というところで手を伸ばした瞬間を狙ったかのように後ろから声をかけられる。


「ふぉっほほほ、それ以上はお転婆では済みませんぞ、スゥお嬢様?」

「えっ!?」


 突然、声をかけられたスゥは引っかけていた指が窪みから外れてお尻から落下する。


 尻モチを着いた衝撃からくる痛みで声なき悲鳴を上げるスゥをニコニコと笑みを浮かべる老人が見下ろす。


 お尻を撫でながら目尻に涙を浮かべるスゥは見下ろす老人を見て目を見開く。


「爺!?」

「はい、ステテコですじゃ。お久しぶりです、スゥお嬢様」


 そう言うと老人、ステテコはスゥに老人特有の優しげな表情で笑いかけた。





 スゥはステテコに連れられ、城の庭の外れにある真新しい小さな家に案内される。


 その家を見上げるスゥは呟く。


「こんな所に家があるのを初めて知ったの」

「半年ほど前に出来た家ですじゃ。隠居したワシにミレーヌ様とゼクラバース王が用意してくれて住まさせて貰ってますじゃ」


 隠居してた事に驚くスゥに笑うステテコ。


「いつまでも老人が諜報部のトップを陣取っておっては下の者が育ちませんからのぉ」


 今は第二の青春を謳歌する相手の女性を物色していると楽しそうに笑う。


 当然のように若くスタイルの良い女性限定にしている辺り、スケベジジイの面目躍如である。


 ステテコはスゥを家の中へとエスコートする。


 中に入ると無駄な物はなく中央にあるテーブルと椅子が2脚だけあり、片方を勧められて素直に座るスゥ。


 その対面に座るステテコが一息吐くとスゥに話しかける。


「それでスゥお嬢様は侵入して何を為さろうとしてましたですじゃ?」


 悪戯などといった理由で強行手段に出ないと信じてくれてるステテコに感謝しながらスゥは今日来た用件を伝える。


 『ホウライ』が自分のパーティの仲間の父親の体を乗っ取った事を伝える。


 少し前まで現役バリバリに仕事をしてただけあって、『ホウライ』の意味を正しく理解するステテコの目が鋭くなる。


「それを報告する為に来られたという事ですじゃ?」

「うん、お兄様かお母様に伝えたいと思ってたの」


 それに、フムと頷くステテコはスゥに顔を向ける。


「この話はワシが責任を持ってお伝えしておきますのじゃ。これでも、まだまだ城の者に顔を利きますのでお任せですじゃ」

「待ってなの。まだ話は終わってないの。それ以外で、ステテコにも話があるの」

「ワシにですかの?」


 首を傾げるステテコを見つめるスゥは若干の躊躇いを見せる。


 巻き込んでいいのか、という悩みと戦っている。


 まさか、ステテコが引退していたとは思ってなかったスゥは今更ながら巻き込んでいいものやら、と悩んでいた。


 スゥの葛藤に気付くステテコは優しげな笑みを浮かべ「お話くだされ」と言われて踏ん切りを付けて言葉にする。


「カラシルとぶつかったの」


 そうスゥが言った瞬間、威圧とも殺気とも違う圧迫感をステテコから感じて、黙ってしまうスゥ。


 すぐにスゥの様子に気付いたステテコが照れたように笑い、スゥも圧迫感から解放されて肩で息をする。


「申し訳ないですじゃ。少し、我を忘れたようですじゃ。簡単に死ぬようなタマではないと思っておりましたが、スゥお嬢様と当たるとはのぉ」


 あの時に仕留め切れなかった、と悔しげにするステテコ。


「それでカラシルは?」

「凄まじく腕の立つ老人に手傷を負わされて逃亡したの」


 眉を寄せて首を傾げるステテコに「どうやら自分の体を改造して化け物になってるの」と伝えると溜息を吐かれる。


「ついに自分の体も実験材料にしか思えんようになったようじゃな」

「そのカラシルの行方などや潜伏しそうな場所の情報があれば、と思ってカラシルを追い詰めた事がある爺なら何か知ってるんじゃないかと……」

「情報を求めるという事は、また関わる気があるという事ですな?」


 目を細めるステテコは自分が知っている頃のカラシルですら危険なのに、更に危なくなっているカラシルに近づくのは反対だと言ってくる。


 心配してくれるステテコにスゥは感謝を告げるが、首を横に振る。


「そういう訳にはいかないの。確かにカラシルを放っておく事が出来ない狂人というのもあるけど、カラシルを追った老人に聞きたい事があるの」

「ほう、どうしてですかな?」


 スゥは自分達のせいでホーラとテツが追い詰められた時に現れた老人が雄一と同じ水龍を使って攻撃してカラシルを圧倒した事を伝える。


 少し驚いた表情を見せるステテコだが「さすがにそれがユウイチ様ではないでしょう?」と言うとスゥも頷いてみせる。


「私達もそう思ってるの。万が一があれば嬉しいという想いもあるけど……でも、まったく無関係とも思えないの」

「ふむ、そういう事なら爺が何を言っても無駄そうですじゃ。しかし、当時、カラシルが拠点にしていた場所は粗方潰してしまいましたから……分かりました、この爺の独断で調べておきましょう」


 ドンと胸を叩くステテコにそれは悪いとばかりに両手を振って、ついでに首をも振るスゥ。


「さすがに悪いの。引退してゆっくりしてたのに!」

「ふぉほほ、ゆっくりし過ぎて正直な話、カビが生えそうになっておりましたのですじゃ」


 そう言うステテコが「仲間の父親を捜しにザガンに行ってる間にきっと成果を上げておきますので、お楽しみですじゃ?」と笑顔で言ってくるのを止めようとするスゥの耳にドアをノックする音が聞こえる。


 ステテコは口許に人差し指を立てて、静かにするようにするように伝える。


 小声で「巡回の兵がワシの様子を1日1回確認に来たようですじゃ」と伝えるとスゥの顔が強張る。


 ステテコがノックのあったドアを指差し「あちらから出て行かれると良いですじゃ」と言われる。


 普通であれば見つかったところで問題にならないが、スゥは微妙な立場、それがここにいると知られるとステテコに迷惑があるかもしれないと判断すると頷くと立ち上がる。


「ザガンより、お戻りになられたらまた顔をお出しくださいですじゃ」


 やはり止まる気のないステテコに苦笑しながらスゥは頷くと奥のドアから外へと出て行った。


 出たスゥが離れたと思われる時間を様子見して充分と判断したステテコがノックされたドアの方に声をかける。


「もう入られても大丈夫ですじゃ、お嬢様?」


 すると、少しだけドアが開き、その向こう側に赤髪の妙齢の女性の姿が見える。


 引退したステテコを日に1度訪問する習慣があるスゥの母、ミレーヌであった。


「外から声を聞かれてたのに、どうしてワザとノックをされました?」


 スゥが来てる事をドア越しで分かっていたはずなのに、ノックだけして黙っていたミレーヌに問う。


 確かにマナーという意味では合っているが、お互い、大役からは降りてる身で気心が知れた仲で普段ならノックと共に「爺、私よ?」と気軽に声をかけて返事も聞かずに入ってくるのが通例であった。


「爺は相変わらずイケズね?」

「ふぉほほ、イケズついでで、城の裏側にある窓によじ登ろうとする姿は若きお嬢様と瓜二つでしたぞ?」


 結婚する前のミレーヌは勉強や習い事から逃げる時や城の外に遊びに行く時などに利用していた方法でステテコがそれを苦笑して見ていた事をスゥがお腹に居る頃に知らされてたミレーヌは苦笑いを浮かべる。


 溜息を吐くミレーヌを見るステテコはそれが安堵の溜息である事を見抜いた上で続ける。


「血は争えないですじゃ。元気一杯のスゥお嬢様を見れてワシも安心しましたじゃ」

「そうね……私も安心しました。こんな偶然を利用しないと自分で知れない王族とは因果な職業ですね」


 辛い心情を察するステテコはミレーヌの言葉を沈黙で返す。


 ステテコに気を使わせた事に気付いたミレーヌは話を変える。


「スゥが言っていた『ホウライ』の事に関する事は私からゼクスに通しておきます。なので……」

「分かっておりますじゃ。カラシルについてはワシがきっちりと調べてみせます。次こそは確実に始末しておかないといけない相手ですからのぉ……」


 諜報部トップだった時の仕事をするステテコの鋭い目付きに変わるのを見て、ミレーヌは溜息を吐く。


「ごめんなさいね、本当はゆっくりして貰いたいと思ってるのだけど……」

「ふぉほほ、スゥお嬢様にも言いましたが、本当に退屈しておったので渡りに船ですじゃ」


 いつものステテコの好々爺といった笑い顔を見せられると毒気が抜けれたミレーヌは肩を竦める。


「それでは爺、後は頼みます」

「はいですじゃ、お嬢様も無茶されませんように? スゥお嬢様達のような無茶が出来るお歳じゃありませんので?」


 そう言われたミレーヌは可愛らしく頬を膨らませ「爺にだけは言われたくありません」と拗ねるようにして去るのをステテコは見送る。


 無力感と戦うような表情を見せるステテコが呟く。


「出来るなら、ワシが生きとる間にお嬢様とスゥお嬢様が幸せになる所を拝みたいものじゃ……」


 自分の膝をピシャリと気合いを入れるように叩くと口を真一文字に結ぶ。


「その為にワシが出来る事から始めるとしようかの!」


 そう言うとステテコは出立の準備をする為に奥の部屋へと入っていった。

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