最終話 始まりの物語らしいです
ホーラは自室のベッドで寝そべって虚空を見つめていた。
どれくらいの時間をそうしてたか分からないが、もうホーラにはどうでもいい気持ちに支配され、このまま朽ちればいいんじゃないだろうかと後ろ向きな事を息をするような感覚で考えていた。
「ユウがいない世界で生きててしょうがないさ……」
これが寿命などの死別であれば泣くだけ泣けば立ち直れたであろう。だが、おそらく今はまだ生きているがこちらから向かう事も向こうからも帰って来れないと思われる状況が真綿で締め付けられるように苦しい。
ホーラは、動けば動くほど絡みつくような糸、雄一の存在を感じるのが怖くて何もできずに呆けていた。
「こんな事なら制約の話なんて知らなければ良かったさ……」
雄一がそんな目に遭うキッカケになったシホーヌとアクアを強く意識してしまい、激しい感情に襲われそうになるがグッと飲み込むと体を丸めて全てを忘れようと念じる。
難しいとはいえ、雄一の事を考えずに静かな気持ちで朽ちたいとホーラは思う。
本当は自分で命を断ちたいという想いは、かろうじてだが、雄一に拾われた命という想いが背を押してできなかったのだ。
そんな事を考えているとホーラの部屋のドアを開けようとガチャガチャと音をさせるが開けられずに廊下で地団駄を踏んでる音が聞こえてくる。
「鍵なんて閉めたっけ? どうでもいい事だったさ」
考える事を放棄して目を瞑ろうとした時、ドアの方から爆発が起きて、ドアが部屋の隅に吹き飛ばされる。
それに驚く素振りも見せないホーラはボゥとした目をドアの方に向けると、やったった、と言いたげのポプリの姿があり、ホーラの姿を確認すると大股で近寄ってくるとホーラの胸倉を掴んで目線を合わせてくる。
「ホーラ、貴方、何をしてるの?」
「……なんだっていいさ、ほっといて」
そう言うとポプリから目を逸らすホーラを見たと同時に空いてた右手を振り被るポプリ。
狙い違わず、ホーラの左頬を打ち抜き、ホーラはベッドから落ちて反対側に頭から落ちる。
「痛いさ……こんな中途半端にせずにどうせなら一撃で楽にして欲しかったさ……」
「――ッ! ホーラ、それは本気で言ってるの?」
無気力に「ああ」と答えるホーラの胸倉を今度は両手で持って持ち上げる。
涙目になってるポプリから目を逸らすと右拳が真っ赤になっているのを見て、魔法以外はからっきしなのに何故殴ったのだろう、と溜息を零す。
「いい? 良く聞きなさい! 今、子供達以外、自分が出来る事を全力でやっている。貴方は何をしてる? 泣きたいなら全力で泣いて前に進みなさい!」
「ウルサイ……」
「バカッ!!」
ポプリはホーラを壁に叩きつけて鼻が付く程の距離でホーラが目を逸らせないように睨みつける。
「みんな、悲しいのよ? 貴方はまだマシなのに気付いてる? ホーラだけなのよ、ユウイチさんに名指しされて頼まれたのは!!」
ポプリに叩きつけられた言葉にホーラは目を見開く。
少しは生気が戻ったホーラを鼻で笑うようにして続ける。
「ミレーヌさんはナイファ城に戻ったわ。どんな顔してたか貴方が見てたら、こんな腐った事言えないわよ? ディータは焦燥に駆られて1日、休む事なくユウイチさんがどこかに居ると信じて走り続けてる」
ホーラを掴む手が徐々に震えて膝から力が抜けたようにゆっくりと膝を着くポプリ。
「テツ君もきっと自分が成す事を考える為にどこかに行ってるはず……取り分け、一番惨めな思いしているヤツを放置して悲劇のヒロインしてんじゃねぇ!!!」
ついに我慢の限界が来たのか嗚咽を漏らすポプリを上から見つめるホーラは気付く。
雄一に頼まれた時、ポプリはホーラの隣にいたのだ。
ポプリは大きく吐息を吐き、目元を拭うと泣いてた事実をなかった事にするように毅然とした表情を向けてくる。
だが、目の充血まではどうにもならなく、ポプリの意地にホーラは奥歯を噛み締める。
「私はすぐに国に戻る。ユウイチさんの存在の大きさは同時に大きな混乱を生む。私は成すべき事を成す」
今度はホーラが逆に膝を着いて両手で顔を覆う。
「ここで立ち止まる事はユウイチさんが許しても私が許さないわよ、ホーラ!」
そう言うとポプリが出ていき、入れ違いのように入ってくる者がいた。
入ってきたのは元ペーシア王国の騎士だったシャーロットであった。
シャーロットはホーラの肩を優しく抱くようにしながら片手で背中を優しく叩いてやる。
「ホーラは普段、頑張り過ぎなんだ。急な事でパンクしてしまった。少し足を止めてしまう事を私は責める気はないよ」
「頑張り過ぎについてアンタに言われたくないさ……」
嗚咽を我慢するホーラは負け惜しみのようにそう言うと苦笑するようなシャーロットの震えが伝わり、肩に水滴が落ちるような感覚に眉を寄せるが逆に心配だとシャーロットに言う。
「アンタこそ、どうなのさ……」
「私は、主の想いに忠誠を誓っている。だから、ここの子供達を守っていく。それ以上でも、それ以下でもない。主が戻ってきた時に呆れられないようにな」
強い、とホーラは思う。
逆にそれが嫉妬に変化し始めて、いじけた言葉が漏れる。
「その強さが羨ましいさ……」
「馬鹿言うな、そ、そんな事有る訳ないだろ?」
ホーラのヤツ当たりのような言葉に声を震わせるシャーロットに気付いて顔を上げると溢れる涙と鼻水を啜るシャーロットがそこにいた。
驚くホーラの様子が見えているとも思えない泣き方をしているシャーロットは呟くように言う。
「こ、子供達に不安を煽らないように子供達の前で泣けないから、ここに来て泣きに来てる情けない元騎士を笑ってやってくれ」
「笑わないさ……」
ホーラは気付いている。
シャーロットの言葉には嘘はないが、泣く場所はここである必要はない。
隠れて泣くなり、自室で泣けばいいだけである。
何故、ここに来たか、ホーラに泣く理由を与える為に恥を晒してここで泣いてくれている事に気付いたホーラもシャーロットを強く抱き締める。
「子供達に内緒にしとくさ。アンタが安心できるように一緒に泣いて口封じされてやるさ?」
「それは有難い。お互い、墓までその秘密を持って行こう」
そう言って顔を見合わせたと同時にホーラとシャーロットは声を上げて泣き始めた。
▼
ダンガの街の外れにある伝説の鍛冶師が住まう『マッチョの社交場』に薄汚れた白髪の赤目のエルフの少年が入店してくる。
上半身、裸で巻いてた包帯は用を成していなく、だらんと垂れ下がっていた。
そんな客としては最悪の部類の少年に嫌な顔を一つしないで笑みを浮かべて話しかけるマッチョの店主。
「男の顔になってきたわね。少し、ユウイチを思い出すわ」
ゆっくりとマッチョの店主の下にやってきたエルフの少年は見上げて言ってくる。
「梓さんを迎え入れさせて貰いにきました」
「一応、聞くけど覚悟はあるの?」
目を細めるマッチョの店主はエルフの少年の嘘や誤魔化しを見逃さないとばかりに見つめる。
エルフの少年はマッチョの店主の眼光に恐れもせずに頷く。
「俺がユウイチさんの親としての意志を継ぐ!」
「いい覚悟よ。持って行きなさい、私の娘をお願いね?」
エルフの少年の前に差し出す刀、梓を受け取ると迷いを感じさせない足取りで北川家の方向へと去っていくエルフの少年の背をマッチョの店主は見送った。
▼
北川家の食堂に1人のヘアバンドを鉢巻のようにするポニーテールの少女がポツリと立っており、ふらつくように食堂にある柱に向かい、額を柱あてる。
少女が見つめる先にある柱にナイフで傷を付けた跡を発見する。
「これって昔にしたアタシ達の背比べの跡?」
いくつかある傷を指で撫でる。
「一番小さいのはスゥ、そして競うように良く似た高さなのがダンテとアリア。その次にアタシでミュウが一番……」
一番、と呟いた後、もっと高い位置にある傷痕を見つめる。
ミュウが肩車して痛がる雄一を無視して付けた雄一の身長を見上げる少女は手を伸ばす。
手を伸ばしても届かず、背伸びをして必死に手を伸ばすがどうやっても届く高さではなかった。
ジャンプすれば届くと少女も気付いているのに何度も届かないと分かっている場所を触ろうと手を伸ばす。
何度、同じ事をしただろう。
ついに手を伸ばすのを止めると額を柱に強めに叩きつける。
「せめて、背伸びしたら顔を触れられるぐらいまでは一緒に居て欲しかったな……オトウサン」
食堂をその少女の静かな嗚咽が支配する。
しばらく、声を殺すような泣き声がし、ゆっくりと落ち着きを見せた時、少女は食堂のテーブルの上に黒いカンフー服があるのに気付く。
それを手に取ると少女はジッと見つめる。
そして、少女は覚悟を宿した目をして頷いた。
▼
最悪の誕生祭の次の日の早朝、地鳴りかと思わされる踏みならされる足音から始まった。
「悪魔の子、ダンガから出ていけ!!」
そんな叫び声が皮切りに怒鳴り声が響き渡る。
飛び起きた北川家の住人が食堂に集まる。
「何事なの!」
駆けこんできたスゥが窓から外を見つめるとグランド手前の所で立ち往生しながら叫ぶダンガの住人の姿がそこにあった。
「どうやら家の誰かに害意があるから結界に弾かれてるようだね……」
スゥの後ろから一緒に覗くダンテが冷静に判断する。
ダンテの背後では怯える子供達に結界があるから怖い人は入ってこれないと必死に安心させようとティファーニアとシャーロットが奮闘していた。
ダンテは隣にやってきたヒースと目を交わし合うだけで、住人の狙いがお互い理解している事を悟る。
「私とレイアを呼んでる」
悲しそうに目を伏せるアリアがいた。
ダンテもそうだとは分かるがあそこにいって無事に済むと思わないのでアリアを説得する。
「行っちゃ駄目だよ? 行ったら本当に解決するかは分からないんだからね?」
「でも、アタシは行くよ。それがアタシの役目だと思うから……」
子供達の向こうからその声が響く。
固まってた子供達が綺麗に真っ二つに分かれ、その間を悠然と歩く見慣れた少女の格好にアリア達は息を飲む。
ただ1点だけの違いなのに少女は大人びて見えた。
雄一の黒いカンフー服をコートのように羽織るように着て、長い袖を折る事で調整させた少女はマントを翻すようにアリア達の前にやってくる。
「レイア、何を考えてるの? まさか!?」
「そうさ、アタシはこれからアイツ等の所に行く」
雄一のカンフー服を纏う少女、レイアは迷いも感じさせずに言うのをスゥが驚いて肩を掴んで止める。
「駄目なの! 今でも暴徒と化してるのにその格好で行ったら火に油を注ぐの」
必死に止めてくれる友達のスゥに歯が見える大きな笑みを浮かべる。
「ありがとう、スゥ。でもこれはアタシがやるべき事なんだ。アタシはずっとアイツに行き場のない怒りをぶつけてきた。その清算日がきっと今日なんだ」
弱ったな、と言いたげな笑みを浮かべるレイアは肩を竦める。
「いつも笑って受け止めてくれたアイツ、オトウサンを失ったアイツ等の悲しみはアタシが受け止める。それがキタガワ ユウイチの娘であるアタシが受け継ぐモノだ!」
そう言うと迷いもせずに勝手口からグランドに出るレイアに頭を掻き毟るダンテ。
「駄目だって言ってるのに!! いつも後で悩む役は僕なのも思い出してよ!」
泣きそうになっているダンテを横切るアリアが「ごめんね、ダンテ」と言われて弾けるように顔を上げるとアリアもレイアの後ろに着いて行くのを見てダンテは口を開けて見送る。
「待つの、2人共!」
「ああ、スゥまで……」
2人を追いかけて出ていくスゥを見て眩暈を覚えそうなダンテの肩にヒースが手を置く。
「こういう時は女の子の方が度胸があるよね。行くんだろ、友達?」
「その言い方は卑怯だよ! 分かったよ、行くよ!」
ブツブツ言うダンテはヒースと並んで家を出る。
暴徒と化している住人の前に来ても止まらないレイアに自然に道が作られ、レイアは迷わず、そこを通る。
「この鬼の子! 受けた恩を仇で返しやがって!!」
その叫び声が皮切りに怒号が合唱のように響き渡る。
叫び声に混じって投石される。
それに当然のように気付いているレイアであったが黙って受ける。
額から血が流れるも笑みを浮かべるレイアに怯んでしまった住人の自尊心に傷が入ったように怒りを大きくして手当たり次第にレイアに放る。
「お前がいるのに、どうしてユウイチさんはいなくなるんだ!」
「これ見よがしにユウイチさんの服を着てる!? 同情を誘う狙いかよっ!」
そう叫ぶ声と共に放たれた石はレイアに当たらず、どことからとなく現れたミュウが体で受ける。
「ミュウ!?」
「がうぅ!」
土埃でドロドロになってるミュウは気楽な顔をして頭で両手を組みながらレイアの横を歩く。
追い付いてきたアリアがミュウの反対側に立ち、そのアリアの横にスゥが立つ。
正面から、力自慢が大きな石というより岩を投げ放つ。
さすがにそれには目を白黒させるレイアの前に梓を片手に握るテツが現れ、腕で弾く。
テツの登場に怯みを見せたタイミングでダンテとヒースが追い付き、背後を守るように立つ。
その様子を北川家の食堂で見つめていたカチューシャで髪を掻き上げる少女が嘆息する。
「あの馬鹿共は真正面から行くしか能がないのか? まったく世話が焼けるさ」
手荷物を肩に背負う少女にティファーニアが心配げに話しかける。
「行くのね、ホーラ? 気を付けて」
「ああ、行ってくるさ。アイツ等のお守はアタイぐらいしかできないしね?」
そう言うとホーラも食堂から出てアリア達を追いかける。
アリア達に投げる物は散発的にはなってきたがそれを避けもせず、全て受け止めてダンガを出立する。
アリア達がダンガを出た瞬間、始まりの始まりの物語、雄一の物語の扉が閉じ、始まりの物語、アリアとレイアの巫女としての宿命の中心に立つヒースと心を交わし合った少年少女の物語の扉が開かれた。
双子の親 完
双子の親では最後になる!
感想や誤字がありましたら、気楽に感想欄にお願いします。




