幕間 続いていると信じた先
幕間2本目~
山中を逃げる一団がいる。
元ナイファ宰相ゴードン一派である。
一派とは言ったが、既にあれだけ無駄に着飾った者達を引き連れていたゴードンであったが、逃亡を開始して3日目で今は男爵、ザザランを筆頭に役に立たない貴族が数人残すだけで僅かな兵を連れて逃げている始末であった。
あれほど邪魔だと逃亡中思ってはいたが実際いなくなると心細くなっているゴードンは、どこで間違ったと頭を悩ませる。
半数の貴族達は、パラメキ軍が敗れたと分かった段階でゴードンの下から姿を消した。
亡命を果たしたゴードン達がパラメキ国で守られた生活ができたのはほんの数日の間であった。
その時はゴードンを称え、これから国を盛り立てて行こうと褒め称えてた者達が真っ先に見捨てて逃げたのである。
元々見捨てるつもりがあったとはいえ、捨てられる側になったのが許せないという自分勝手な事を考える。
そして、ゴードンは亡命を成功させた段階でこれから一致団結で心を一つに纏めてという事をしなかったのが悪かったのかと考えるが、所詮、甘い蜜に釣られてやってきた羽虫のような存在、纏まる事はなかっただろうと唾棄する。
「ゴードン様、兵が逃亡を始めました」
「なんだと! すぐに戻るように指示を出せ、多少なら脅しても構わん」
ザザラン男爵の報告を受けたゴードンは唾を飛ばして指示を飛ばすがザザラン男爵は首を横に振る。
「止まるようには伝えましたが、止まりません。武力で脅そうにも脅せる兵が逃げています」
辛そうに顔を歪めるザザラン男爵の前で舌打ちを我慢できずにしてしまうゴードンは、「どれくらい兵が残ったか」と問う。
「僅か2名です。武力云々で考えるなら0と同義です」
「ちっ、追手の傭兵達を足止めすると兵を連れて出て行ったロン侯爵を呼び戻せ」
走りながらそう伝えると逡巡を見せるザザラン男爵ではあったが口を開く。
「ロン侯爵は、殿を務めると言って出られた直後、北に居る傭兵団を接敵されずに西側に一直線に逃げられました」
「くぅ、あの裏切り者めっ! 今度会ったらタダでは済まさん」
憤るゴードンにザザラン男爵は「その機会はないでしょう……」と言ってくる。
ザザラン男爵に目を向けたゴードンの意図を汲んで話始める。
「西に逃げられたロン侯爵は罠にかかったようで傭兵団から追撃をかけられながら逃げた先には伏兵が用意されてたらしく挟撃に遭い……」
その先は聞かなくても分かった。
本当にどこで掛け違えて今の状況が生まれたのかと考える。
逃亡先をパラメキ国にした事であろうか? いや、あの時点で他の場所など有り得ない。
受け入れて貰えたかどうかもあやしいが、逃亡中に掴まっていたであろう。
それとも王宮に乗り込んできた冒険者、雄一が来た時に全勢力を使ってもあそこで仕留めれば……これも無理な話だ。
ある意味、パラメキ軍を滅ぼしたような存在をあの時点でゴードンの命令を盲目的に信じる者の数では勝負にはならなかった。
そうだ、やはりあの冒険者に関わったのが間違いであった、とゴードンは理解する。
最初はドラゴンを初級魔法1発で屠ったと噂が出回り、それが王宮にも届く程の苛烈なデビューを果たした冒険者である雄一が面白くなく、冒険者ギルド長をけしかけて叩くように言った。
冒険者ギルド長にとっても大会が間近であり、大会を盛り上げるキッカケになるのを期待して抵抗もせずに応じて流れ出したのが不味かった。
せめて、あの時点で噂の真偽と雄一の人となり、動向をチェックを入れていればフリーガン絡みの自分に繋がる証拠を抹消して、組織自体を隠匿する為に奔走していれば、証拠集めもできずに今も自分はナイファ国で宰相をしながら国を乗っ取る方法を画策していたであろう。
今までのように、たかが冒険者、いつでも握りつぶせると勘違いした事が間違いであった。
噂通りであるなら、そんな相手が国と敵対する覚悟さえ決まれば、権力などでは抑える事も軍の力でも抑える事ができないと分かったはずである。
だが、ゴードンは自分が得ている権力は無敵な力と勘違いした。
何があろうとも自分が手を横に振うだけで物事は自由自在と信じた。
しかし、今、何を間違ったかと理解しても意味がないと認識するゴードンはこの危機を乗り切る術を考える。
「何か、何かないのか、この状況を打破する術は!」
ザザラン男爵を睨むように見つめるゴードンは唸る。
その様子を見つめ、眉を寄せるザザラン男爵は指を立てて、「1つなくはないです」と言葉にする。
どういう内容が急かすゴードンの言葉を受けて、走りながら辺りを見渡し、洞窟を見つけたザザラン男爵が「まずはあそこへ」と先導する。
洞窟に到着した2人は息を顰めながらザザラン男爵は説明を始める。
「亡命が成功した直後に海から逃げるルートを用意しておりました」
「でかした! だが、もっと早く言わなかった?」
そう疑問に思うのは当然で、聞き返されたザザラン男爵は力ない笑みを浮かべて言う。
「追手がかかると逃げ出す時にロン侯爵が反対側へと逃げる手筈をされまして……」
ザザラン男爵が地面に簡易的な地図を書いて、用意したルートと逃げている方向を教えてくる。
それを聞いて、どこまでも足を引っ張ってくれるといないロン侯爵に憤りをぶつける。
「その事もあり、そちらに警戒がされてなく逃げる事は論理的には可能です。距離的には1日歩き通せばいける場所ですが、逃げながら身を隠しながらとなりますので……早くて2日はかかると思われます」
「それ以外に助かる方法がないのであれば、行くしかあるまい」
少し明るい情報を得た事により、表情に生気が戻るゴードンであるがザザラン男爵は難色を示す。
「それにはゴードン様にも覚悟をして頂かないといけない事があります」
そう言われたゴードンは先を促す。
意を決したザザラン男爵は口を開く。
「助かる為に泥水を啜って頂く。これは意気込みという話ではなく言葉通り意味です」
どういう事だ? と問いかけたゴードンであったが、すぐに気付き、後ろを振り返ると2人残っていた兵すら姿が見えなくなっていた。
「そうです。水、食糧などは兵達が持っていました。それを持ち逃げされた以上、ご自身で命を断たれる以外であれば、泥水を啜り、栄養となるものであれば何でも口にされる必要があります」
そう言われた瞬間、凄まじく嫌な顔をするゴードン。
それはそのはず、体格が丸々と太ったところからも分かるかもしれないが、美食を尽くした贅沢な食事を今までやってきた。それが普通の国民ですら口にしないようなモノを口にしろと言われているのである。
それでも、生きたい。生きて、巡り合わせ次第では自分をこんな風に追い詰めた奴らに一矢報いたいと思うゴードンは頷いてみせる。
頷いたゴードンを見たザザラン男爵はゴードンの後ろを指差して見せる。
「その覚悟が本当という証に後ろで溜まってる水を飲んで見せてください。ここで躊躇されるようですと、お連れする事は叶いません」
そう言われたゴードンは恥辱に身を震わせながらも四肢を地面に着けると水溜りに口を付けると汚い音をさせて水を飲んでみせる。
どうだ? と言わんばかりに口を拭うゴードンにザザラン男爵は頷いてみせる。
「ご覚悟しかと見届けました。さあ、出発しましょう」
そう言うザザラン男爵の言葉と共に手を差し出されたゴードンはその手を取ると引き起こされる。
ゴードンは生き延びてみせると意気を見せて2人並んで洞窟を後にした。
▼
それから3日経った早朝。
ゴードンはザザラン男爵の案内で小さな入り江にあるボートのような手漕ぎ型の船を砂浜で見つめる。
ホッとしたようでゴードンはその場で膝を着く。
本当に嬉しそうに隣で立つザザラン男爵を見上げる。
「これで私は助かるのだな……辛い3日間だった」
ゴードンはザザラン男爵に言われるがまま必死に走り、本当に泥水を啜り、火を使う事もできないから獣の生肉を齧り、蛇、カエルなど問わず口にした。場合によっては食べられると言われて信じて虫すら口にもした。
泥水すら確保できなかった時、ザザラン男爵の小便すら口にする屈辱にも耐えて、今、ここに到着した。
「絶対にこの屈辱を晴らしてみせる!」
そう憤るゴードンが立ち上がり、ザザラン男爵に手を差し出す。
「その為にもこれからも私の右腕として頼むぞ、ザザラン男爵」
真摯に見つめるゴードンに笑みを浮かべるザザラン男爵が下げていた手を上げ始める。
そして、手が触れるかどうかのところで手を弾かれる。
いきなりの行動に何がどうなっているのか理解できていないゴードンは茫然とザザラン男爵を見つめる。
「ザザラン……男爵、どうしたというのだ? ここで私の手を弾く意味は?」
動かない笑みを浮かべたままのザザラン男爵に恐怖するように震え出すゴードンに口を開く。
「ザザラン? ああ、確か、私が最初に殺した男爵の名前でしたね?」
そう言うとザザラン男爵と呼ばれてた者が顎下辺りに指を引っかけて捲るようにすると顔が剥がれる。
剥がれた中から美しい、いや、ただ美しいと表現するには余りにも危険な妖艶と狂気を匂わせる泣きぼくろが特徴の妙齢の美人の顔が現れる。
こんな状況なのに、その美人を見て、ゴードンは欲情してしまっている自分に気付くがそれでも目を離す事ができずにいた。
「ここまで状況を考えて、私の正体を晒した事で答えは出たようなモノですが、まだお分かりになりません?」
見惚れて我を忘れていたゴードンであったが頭を被り振り頭を働かせ始める。
確かに言われる通りで説明を聞かなくても分かるのが道理であった。唯一分からない事があるとすれば……
「いつからだ?」
「王宮を出て隠れ家に向かってる最中ですわ」
なるほど、とは思う。
丁度、あの辺りからザザラン男爵を意識し始め、他の者達より使えると思うようになった。それが全ての仕込みと気付かずに踊らされていた。
悔しさから歯を食い縛るゴードンであったが妖艶な笑みを浮かべて流し目をされてるだけで心を奪われそうになる。
「それでは、私の仕事は終わりましたので、ここでお暇させて頂きますね?」
ウィンク1つ飛ばすと背を向けて歩き去られるが何も言えずに見送ってしまう。
そして、我を取り戻したと同時に砂浜に入ってくる傭兵達に気付く。
もうどうにもならないと理解したゴードンは叫ぶ。
「くそくそくそくそ、クソだらけだ。このクソッタレ!!!」
一日の始まりの太陽が昇るに合わせてゴードンの罵倒が響き渡った。
▼
妖艶な美人が森の中を歩いていると正面に黒装束姿の男が立っているのを発見する。
「あら、シャオロン。久しぶりねぇ」
ゴードンと比べてかなり好意的な笑みであるが危険な妖艶な笑みには変わらないモノを浮かべるがシャオロンはたいした反応を見せずに頷いてみせる。
「ああ、それと仕事は無事に済ませたようだな?」
そう言ってくるシャオロンに「当然でしょ?」と肩を竦めてみせる。
「これでそろそろリホウちゃんはデレて熱いベーゼをくれる頃よね?」
顎下に指をあててクスクスと笑う妖艶な美人。
その様子に口を出すかを悩んだ仕草が見えたシャオロンであったが口を開く。
「人の気持ちにとやかく言うのはどうかとは思うが、そろそろ、リホウの事を諦めてやってもいいんじゃないのか?」
「ええぇ~、私はずっとリホウちゃんに恋している一途なのよ? しかも、初恋よ?」
と憤ってくる妖艶な美人にシャオロンは分かっていると頷いてみせる。
「だが、リホウはその……男には興味はないぞ?」
「あら、知らないの? 愛は種族も性別も乗り越えるのよ?」
そう、この妖艶な美人は男であった。
まったく引く気がない妖艶な美人の様子に嘆息するシャオロンは「今回も力になれなかったようだ」と友に向かって詫びるように目を瞑る。
色々諦めたシャオロンは妖艶な美人に駄目元でクギを刺す。
「程々にしておけよ。リホウに嫌われたくないならな、ハク?」
もうお小言はいらないとばかりに背を向けて、背中越しに手を振ってみせる妖艶な美人、ハクは森の奥へと姿を消す。
それを見送ったシャオロンも嘆息するとゴードンを捕えた事で騒ぐ傭兵の声を聞きながらその場を後にした。
感想や誤字がありましたら、気楽に感想欄にお願いします。




