148話 憧れ、焦がれ、そして恋をしたらしいです
アリアとミュウを下ろした雄一は、セーヨォを見つめて肩を廻す。
無駄に立派に強固な城壁を見つめる雄一の目は据わり、その場に居る者の大半がヤツ当たりする気があるのを疑う者はいなかった。
「ポプリ、先に謝っておく。完全に城壁を破壊してしまうから覚悟を決めておいてくれ」
元々からその気だった雄一だったが話の展開次第であれば、聞き入れるつもりがあった。
だが、今は色々フラストレーションを吐き出す場所を求めていた。これ以上にぶつけるのに多方面から文句のでない大きなモノは存在しないので譲る気は今はなかったのである。
ポプリも直前までは雄一と交渉して潰す範囲を減らして欲しいと言う気はあったが、今の雄一には無理があると判断して諦める。
確かに中途半端にやってヤケになったパラメキ国民が抵抗して傷つくぐらいなら城壁を完全に破壊されて心が折れたほうが良いと切り替える。
「そちらは止めませんが、人的被害が少なくなるようにお願いします」
「ああ、そちらは全力を持ってすると約束する」
強引ではあるがポプリから了承を取り付けた雄一は手を翳して目を瞑る。
すると城壁に水が纏うように包まれていく。
それを見ていたホーラが顔を顰めて唸る。
「なんか、スライムに捕食されてるみたいさ」
そう言われるとその場に居る者が全員そう見えるようになってしまい、魔法を行使する雄一の頬に一筋の汗が滴る。
ホーラの口撃にも負けずに集中を続けると城壁の方から悲鳴が聞こえてくる。
それを聞いたポプリは雄一が殺してるとは思わないが様子が気になったのでテツに頼む。
「テツ君、ユウイチさんのように飛べとは言わないけど、跳躍を繰り返して上空から城壁を見る事できる?」
「えっ? できますけど」
そう言うテツにポプリが詰め寄る。
「人を抱えていける?」
「軽い人なら多分」
テツの答えに満足したポプリはテツに自分を抱えて飛んでと伝える。すると、不安そうに首を傾げるのを見たポプリが迷いもなくテツの鳩尾を抉る拳を放つ。
「失敗したら許さない……」
「……頑張ります」
テツは半泣きでそう言うとポプリをお姫様抱っこする。生活魔法の風を利用した足場を作って跳躍を繰り返して上空へと駆け上がっていった。
空の人になった2人は城壁を見下ろして絶句する。
何故なら、ホーラの言い分を否定せずに黙ったままの雄一が全てを語っていたような結果がそこにあったのである。
「何アレ……まるで生きてるみたいですよ。うねる水が人を捕獲するように動き続けてます」
捕獲される人を見つめて、テツの言い分に全面的に頷ける状況であった。
良く見てみると、スライムのように捕食してる訳ではないようで、捕えた人を城壁の外に連れ出すと吐き出すようにして解放していた。
中には無謀にも雄一が生み出した水に突撃をかける単細胞な兵士もいた。
そういう相手には手痛い水の触手というには太すぎるドラゴンの尾で薙ぎ払われるようにして壁に叩きつけられる姿も見えた。
放り出された人も外に居た人も城壁に近寄らない限りは襲われてないようである。
「うわぁ、さすがユウイチさん凄い事してますよねぇ」
良く理解はできてないが、とりあえず凄い事をしてるとしか分かってないテツが気楽そうに笑みを浮かべて雄一を賛辞する。
だが、魔法というものをある程度知るポプリからすれば、雄一のやっている事はもう神の御業と見分けが付かない。
城壁を包める水量を生み出すだけで、どれぐらいの魔法使いが必要になるだろうかとポプリは考える。
しっかりとした計算された数ではないがおそらく、1000人いても足りない。
そのうえ、この計算はその水量を生み出すだけで、その水を覆うように留める事に廻される要員は含まれていない。
勿論、その水を操り、城壁にいる者達を捕まえて放り出し、侵入しようとする者を撃退する事も必要になってくる。
こうなってくると単純な魔力だけの問題ではない。1人でやっているのだ、どれだけの同時並列思考をしているのかとポプリは驚愕を禁じえない。
みんながいる地上を見下ろし、片手を翳して目を瞑る大男を見つめるポプリは自分の中に息づく温かいモノを意識する。
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あれが私が初めて好きになった人。
自分の力を忌み嫌って生きてきた日々、そんな時に噂で聞きつけたドラゴンを初級魔法1発で仕留めたという嘘みたいな話にある訳ないと自分に言い聞かせながら向かった。
向かった先の街は何も特色もなく面白みのない街で町興しの一環でばら撒かれた嘘と肩透かしを食らったと思った時、冒険者ギルドの前で大きなドラゴンの骨を積んでる所に出くわす。
いや、ドラゴンなんて見た事もないし、あれがドラゴンと決めつけるのは早計かもしれないが、あれほど大きな存在を話に聞くドラゴンぐらいしか思いつかない。
違うならそれを敢えてドラゴンと嘘をつかずに素直に正しいモンスター名を言っても充分と思えるほど大きかった。
噂の信憑性を感じた私は、市場で倒した人の話を聞いて回った。
色々出てくる話には、あのドラゴンの骨を見た後ですら信じられないような話も多く、とりあえず、本人を見てみたいという衝動に駆られ、人相を聞いて回った。
何軒目だったか、ユウイチさんの人相を聞いて回った時、
「アンタついてるよ。あそこにいるのがアンタが聞いて廻ってるユウイチさんだよ」
トウモロコシを売ってたおばさんが指を差す方向に弾けるように見た私の瞳には私が憧れ、焦れた絵がそこにはあった。
小さなリュックを背負うミュウを肩に担ぎ、アリアが小さな紙袋を抱えるのをそのまま右手で抱える。それがユウイチさんを初めて見た瞬間であった
普通にしていたら目付きのキツそうな顔をしているのだが、今は困ったように眉を寄せる姿はどことなく可愛さが滲んでいた。
ユウイチさんが見つめる先にはレイアが機嫌悪そうに睨む姿があった。
「レイア、抱っこが嫌なら、手を繋いで行こう。はぐれたら大変だからな?」
そう言ってしゃがみ込んで手を差し出すユウイチさんに噛みつくように歯を見せるレイアがユウイチさんの太ももに幼女とは思えない蹴りを放つ。
良い音をして見ていた私ですら、自分じゃないのに一瞬目を瞑ってしまう。
ユウイチさん達を注目していた市場にいた人達がまるで鬼の子を見るような目をしてレイアを見つめる。
それを見た時、私は胸に疼きを感じる。過去に何度となく家族達に向けられた目であったから……
私は、決して家族に敵意を見せた事、手を翳した事すらない。だが、不意に視線を感じてそちらに目を向けた先にいた家族の視線がいつもそうだった。
そんな仕打ちをされたユウイチさんは、ちょっと困った顔をしながら笑っていた。
すると、いきなり驚いた顔をしたユウイチさんが明後日の方向に視線を向ける。それに釣られるようにしてレイアも視線をユウイチさんから切る。
その動きを目の端で追っていたユウイチさんの口許にはイヤラシイ笑みが浮かぶ。
ジッと見ていた私ですらブレる速さで動くユウイチさんがレイアに飛び付いて抱き抱える。
「レイア、げっとだぜぇ!」
「ぎゃぁぁ!! 離せ、この野郎っ!」
腕を全開で突っ張ってユウイチさんの腕から逃げようとする。
それでも笑みを絶やさないユウイチさんは声を上げて笑う。
まだ暴れようとするレイアの頭をアリアが叩くと頬を膨らませて怒ってますとアピールする。
アリアにそうされると弱いのか突っ張ってた腕から力が抜けていく。
それを好機と捉えたユウイチさんがレイアに頬ずりする。
再び、レイアが反発しようとするが今度はユウイチさんが許さず、満足するまで頬ずりを続けられた。
「今日は何を食べたい?」
頬ずりをするユウイチさんがそう問うと肩に居るミュウが迷いもなく「ニク――!」と叫ぶ。
それを聞いていたレイアが怒ってた事を忘れたように「アタシも!」とアピールしてくる。
「2人は肉が好きだな、肉ばかりではバランスが悪いから……しょうがないから肉が多めのシチューだな」
そう言うユウイチさんの胸を叩くアリアがサムズアップしてみせる。
歩き始めると怒ってた事を思い出したレイア、再び腕を突っ張って降ろせと騒ぎ始める。
それを離れた所から見ていた私は、レイアに言ってやりたかった。嬉しい癖に嫌なフリをするな、と。頬ずりをされながらも口許が緩んでるのを見逃さなかった。
それは得たくても誰でも得れるモノじゃない、と悔しげに唇を噛み締める。
私は、それを得たくても得れず、居場所すら用意して貰えなかったのだから……
その日を境に私はユウイチさんを追いかけていく日々が始まる。かなり距離を取って最初は尾行していたが、カンの鋭いのか、何かの探査に引っかかるのか気付かれそうになる事が多かったので、ユウイチさんが行った場所を1日遅れで追う事で調べて廻った。
調べれば調べるほど焦がれていく自分を止める事ができなくなっていった。
ついに我慢できなくなり、冒険者ギルド主催の大会に参加することでユウイチさんに近づくという行動に移して正面から出会った。
今だから分かる。
あの時点の私はユウイチさんに恋をしてた訳じゃない憧れてた。
そして、一緒に生活をするなかで……
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そこまで考えたところで、申し訳なさそうな声でテツ君が声をかけてくる。
「そのぉ、泣いてらっしゃるようですが大丈夫ですか?」
「うん、風が目に入って涙が出てきたみたい」
咄嗟にそう言うとあっさり信じるテツ君のお馬鹿さんぶりに感謝と心配を入り混じらせ苦笑を浮かべ、私は目を袖で拭う。
「もう見たいモノは見たから降りてくれていいよ?」
「あっ、はい」
私の言葉を聞いたテツ君はどことなく安堵の表情をすると地上へと駆け降りていく。
降り立った私の目の前ではユウイチさんが呟くのを聞いた。
「よし、生命反応はなし。城壁を破壊する」
そう言うと降り出す魔力の質が変わった事だけは私でも気付いたが、ユウイチさんの隣にいるリューリカさんは苦笑する。
「ダーリンはそんな事もできるのか……それをされた生物で生き残れる者など皆無なのじゃ」
それを聞いた私がリューリカさんに質問する。
「ユウイチさんは何をしているのですか?」
「どう言ったらいいのじゃろうな? 振動による衝撃で分解……分からんようじゃな」
苦笑するリューリカさんが言うように何の事かさっぱり理解できない私に、見てれば分かると言ってくる。
見つめる先では、城壁の一部が崩れたと思ったら、それがキッカケになり一斉に崩れ出す。
その崩れは一向に収まる気配がなく崩れたモノが更に崩れるという事を水の中で繰り返されていく。
最後には水の中で舞うようにして存在する砂にまでなると満足したのか、ユウイチさんは頷くと指を鳴らす。
それが合図となり、水がどこかに消えると残る砂となった城壁がその場に積もるようにして小さな山となった。
それを見ていたホーラ達は、その規格外ぶりに茫然として言葉を失う。
「よし、破壊完了。俺達も王都に入ろうか」
笑顔でそう言ってくるユウイチさんを私はお腹を抱えて笑う。そして、私は涙を流す。
崩壊していく城壁を眺めなら感じた。私は王女でもなく、ただのポプリとして出来る事をこれからしていき生きないといけないと。確かに王族として扱われてなくても、私だから、私がしなくてはならない事があると思う。
きっと私はもう恋をする事を許されない人生を歩く事になる。でもそれでも私は前を向いて生きていける。なぜなら、本当の恋をしたのだから。
「はい、ユウイチさん」
そう言って手を差し出すと優しく握ってくれる大きな手が嬉しくて止めたくない涙を流しながら笑みを浮かべた。
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