130話 一人ぼっちのポプリのようです
今回のお話は、5章をスタートさせる時には書く予定の無かった、お話になります。
なら、何故書いた? それは、封印を解かない雄一の心情が分からないという感想があり、伏線だけで終わらせず、描写も込みにして欲しいという要望などを受けて、前話の話と同じようにあるだろうと踏んで考えていて加えた話になります。でも、本当にそういう要望あって良かった……なかったら、バイブルの独りよがりだったか!と悶えるところでしたしね(笑)
つまり、何を言いたいかというと、皆様の感想、指摘がバイブルの血肉になっております(ゲス顔(笑))
単純に貰えるだけでも嬉しいですが、吸収、学習できるところは少しずつは取り入れていっていますので、これからもよろしくお願いします。
飛び立つ雄一を手を振って見送るシホーヌ達をアグートを介抱しながら見つめていたホーエンがアクアに声をかける。
「水の精霊よ、できれば答えて欲しい事がある」
「何でしょう?」
ホーエンに近寄っていくアクアにシホーヌも追従する。
声をかけたのに若干の迷いを見せるホーエンは意を決して口を開く。
「あの男に聞いて気が変わられたら、と恐れたから聞けなかったが、どうして俺達に恩赦をかけた? 正直、命乞いしながらも助からないと思っていた」
そういうホーエンは、逆の立場ならあのまま息の音を止めていたと眉を寄せながら苦悩する。
アクアはシホーヌと顔を見合わせると肩を竦める。
「生き恥を晒すぐらいなら死にたかったのですか?」
「いや、助かったのは心の底から嬉しいし、アグートが無事……あの男に対する大きなトラウマは植えつけられたとは思うが、こうして生きてくれている。だが、こうやって助かったのが、糸のような細い幸運で助かったぐらいは分かる。その幸運を手放すような事をしたくないのだ」
ホーエンは決して雄一を敵に廻すような行動を取るつもりはないが、知らずにだろうが無意識だろうが、その領域に土足で入るような事を全力で避けたい。
だから、気付いている可能性がある者に聞いておきたいし、聞く機会も今回を逃すの聞けないだろうと判断していた。
「そうですね、貴方達が必死に庇い合う姿を見せていたのを問答無用にバッサリやってしまうと子供達に良い影響を及ぼさない恐れと可哀そうだと心を痛める子がいると思ったのはあるでしょうけど……」
アクアは聞き耳を立てているティファーニアをチラッと見ると聞き耳を立ててる事を気付かれてた事に気付いて、慌てて目を反らすのを見て、クスッと笑う。
「そんな理由で見逃したと? そんなの一過性のモノだろう? ちゃんと説明されたら子供といえ、納得できる。何故なら俺達がここに拉致をしたし、アグートはこちらがした約束を破り、結界を壊す気だった」
「ええ、これは小さな引っかかりでギリギリ踏み止まったモノの理由の気休めのストッパーになっただけです。主様が貴方達を見逃した一番の理由と思われるモノは……」
何やらモジモジし出して頬を染めるアクアに首を傾げていると当のアクアがチラチラとシホーヌを見る。
それに憮然な表情を浮かべたシホーヌは、頬を膨らませる。
「その理由を私に言えと言うのですぅ? 酷い仕打ちなのですぅ!」
「だって、とても恥ずかしいのですもの……今度のオヤツを半分あげますから、ねっ?」
唸りながら、「じゃ、仕方がないのですぅ」と言うシホーヌと照れるアクアを見て、混乱に拍車がかかるホーエン。
シホーヌは、ホーエンが抱き抱えるアグートを指差すと説明を始める。
「赤い馬鹿が言っていたのをユウイチはきっと聞いていたのですぅ」
「何の話だ?」
さっぱりとシホーヌが何を言おうとしてるか分からないホーエンは問い返す。
シホーヌは今の説明だけでは、無理であろうとは思っていたが口にしたくなかったから悔しそうにする。
「私達に切れた赤い馬鹿が、『もう目障りよ! 全員消して。アクアを消した罰は受ける覚悟はできたわっ!』と言ったのですぅ」
悔しそうと言うより拗ねたような顔をするシホーヌの言葉を聞いたホーエンは言葉の意味を理解しようと頭を回転させる。
そして、解に辿り着き愕然とする。
「あの男は、アグートに手をかけて、水の精霊、お前が罪に問われるのを嫌ったのか!」
信じられないという顔をするホーエンに、照れて恥ずかしがっていたアクアは頷く。
「自分で言うのもなんだが、あの状況でアグートを消したとしても、たいした罪には問われないだろう?」
「ええ、おそらく、酷い状態でも1年間の精霊界で軟禁でしょうね」
それほど、アグートは制約のグレーゾーンでやりたい放題していたので、アクアに対する罪も形だけになる公算が高かった。
「ようするにユウイチにとったら、貴方達の命は、アクアがデコピンされるよりも価値がないと思われたのですぅ」
なっ、絶句するホーエンは、雄一の最後のセリフの意味をやっと正しく理解した。
そして、アクアがシホーヌに続く。
「そして、次があった場合、精霊王が私に罰を与える為か、アグートを擁護する為にそちら側に着いたとしても、精霊王も敵に廻す気があると言っておられたでしょうね」
自分の価値観が壊れる音をホーエンは聞く。
雄一の家族に対する想いが強過ぎる、いや、重いと冷や汗を流す。
今、こうやって助かった幸運は自分が思っていた以上に酷い状態で糸は糸でも蜘蛛の糸であった事を体の震えと共に理解する。
そして、火の最大の信者であるリオ王を思い浮かべる。
知らぬ仲でもないし、今回の戦争が起こるまでの顛末もおおよそは把握していたホーエンは、リオ王の命運が尽きている事を残念に思う。
ただの人の身であるリオ王が兵をどれだけ用意しようとあの男に勝機はないであろう。
あの男の家族と認識しているものを傷つけ過ぎてる。
せめて、戦争が起こす前にあの亡命してきた宰相を突き出して、誠意ある謝罪と対応をしていれば助かっただろうが……
そこまで思った時、まだリオ王が救われる可能性が残っている事に気付いたホーエンは祈る。
「王よ、自ら可能性を手放すなよ」
そう呟きながらも、リオ王の気性を知るホーエンは無駄な祈りになるだろうと目を伏せた。
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ナイファ国とパラメキ国の軍がぶつかり合い始めた頃、パラメキ陣営にブロッソ将軍が帰還するとすぐに王と面会をしていた。
その場には、セシルとポプリが同席していた。
「申し訳ありません。作戦失敗しておめおめと帰って参りました」
臣下の礼を取りながら、いつも以上に頭を下げるブロッソ将軍に「もうよい」と赦す。
「ブロッソ将軍を退ける者がいるとは思っていなかったな」
「はっ、弱小国でまともの者などおらん、と思っておりましたが、あれほどの傑物が居るとは……他にもいると思ったほうが良さそうです」
ブロッソ将軍の報告にリオ王は苦虫を噛み締めたような顔で「そのようだな」と捻りだすように呟く。
軍がぶつかり出して互角の戦いを繰り広げていた。
だが、互角の戦いには見えるが実情は正直、パラメキ国が不利な状態である。
今は物量で押して、拮抗を保っているが兵の損耗率が酷過ぎる。しかも、攻撃の要の魔法部隊に不意打ちでの襲撃を受け続けて、ただでさえ少ない魔法部隊が徐々に削られていくのも痛いが、魔法に集中できない状態が続き、単調な攻撃になり魔法部隊の強みを殺されていた。
それに引き換え、相手は風上を押さえて高い位置から弓を射るなどを地の利を生かしていた。
歯軋りをしながら、どうするかと考えているリオ王の天幕へ伝令が飛び込んでくる。
「許可なく入室失礼します」
畏まる兵が敬礼しながら震えるのを見て心で嘆息する。
「よい、すぐ報告しろ」
リオ王に許可が下りると「報告させて頂きます」と言うと報告を始めた。
「橋での戦闘において向こう岸に乗り込むのに成功致しました」
「おお、それは朗報だっ! そして、今はどういう状況だ?」
先程まで重い話ばかりだったので、この明るい情報をリオ王は歓迎した。
兵も報告に来ただけなのに自分が褒められたかのように喜びを見せて続ける。
「橋の向こう側を押さえた事により、橋以外でも渡れるようになりましたので、部隊長が張り切り、川に兵を飛び込ませて進ませる事で一気攻め……」
その場にいるブロッソ将軍、セシル、ポプリは、思わずといった感じで声を上げる。
「功を焦って、馬鹿な事を……」
ポプリは沈痛な表情で呟き、隣に居たセシルは伝令に来た兵に「直ぐに転進するように伝えろっ!」と叫ぶ。
ブロッソ将軍は机に置かれた地図を見て、「間に合わんかもしれんな」と唸る。
狼狽する伝令を横目にリオ王が3人に問いかける。
「ど、どうしたんだ?」
「このクソ王、戦略だけはマシと言った言葉を取り消すぞっ! これは罠だ、向こうのほうが現時点、余力があるのに簡単に押される訳ねぇーだろーがっ!」
セシルに牙を剥き出すようにして食ってかかる勢いに押されて、リオ王はブロッソ将軍に目を向ける。
「これはおそらく、水攻めです」
ブロッソ将軍の言葉を受けてリオ王に理解の色が走り、慌てて、セシルと同じように命令を下そうとした時、違う伝令が飛び込んでくる。
「伝令、橋を渡った前線が洪水により分断され、孤立。川を渡ろうとしてた者の大多数が流されました!」
「ちぃ、やっぱりか、水が引いたら攻めてくるぞ。だが、攻めに転じるところに隙が生まれるはずだぁ、それに便乗して俺は向こう側に乗り込んで撹乱に廻る」
そう言うとセシルは天幕を飛び出す。
セシルを見送ったブロッソ将軍は、いる伝令に指示を送る。
「各隊に突撃してくる兵に備えるように伝令」
ブロッソ将軍の指示を出すのを見つめながら、悔しげに拳を握るリオ王が呟くように出ていこうとする伝令に伝える。
「アレも使えるようにしておけ」
リオ王の言葉にブロッソ将軍とポプリは顔を強張らせて見つめる。
「王よ、あれは……」
「そうです。お兄様、あれは戦いの尊厳を踏み躙ります。それで勝ってもパラメキ国に泥を塗る結果に……」
「黙れっ! これは王としての判断だ、口を出すなっ!」
リオ王は、ブロッソ将軍とポプリの言葉を跳ねのける。
ブロッソ将軍は沈痛な表情で目を瞑る。
焦るリオ王を辛そうに見つめるポプリは唇を噛み締めて考え込み、頷くとリオ王の前に立つ。
「お兄様、3日、いえ、2日で構いません。私に時間をください。私も向こう側に潜入して反撃のキッカケを作ってみせます。ですから、それまではアレを出すのはお止めください」
リオ王のポプリを見下すような目で見つめるが、一度、目を瞑り、閉じた目を開くと同時に嘆息する。
「分かった、それ以上は待てん。成果を上げろ」
「お兄様、有難うございます。すぐに出発します」
自分の言葉が届いた事を喜んだポプリは、急ぎ、天幕を出ていく。
それを見送ったリオ王とブロッソ将軍に伝令の者が恐る恐るに声をかける。
「リオ王、では、アレの準備は延期ということで?」
「んっ? いや、予定通りに準備を、すぐには使えないからな。使えるようになったら、打つ目標を指示するので報告にこい」
それに驚いたのはブロッソ将軍であった。
「王よ、それでは、妹君、ポプリ王女との約束はどうなされる!」
ブロッソ将軍の言葉に感情の乗らない瞳を向けるリオ王は、吐き捨てるように言葉を伝える。
「ブロッソ将軍、勘違いするな。私にはポプリという妹は存在しない。妹は四人しかおらん」
リオ王の言葉を辛そうに受け止めるブロッソ将軍。
そんなブロッソ将軍の感情などお構いなしといった風にリオ王は命令を下す。
「準備ができるまで、敵兵が食い込まないように我が陣を死守せよ」
「……はっ」
頭を垂れて返事を返すとブロッソ将軍も天幕を後にする。
出た天幕から、「パラメキ国で語られる王になるのは私だっ!」と言って高笑いをするリオ王の声が聞こえてきて沈痛な表情をする。
「あんな王ではなかった。これが戦争という毒というモノかもしれんな」
確かに駆け引きは得意な王ではなかった。
だが、臣下の意見を取り入れ、調和を取っていた。
それが、アレを手にしてからの王は、どんどん横暴になってきてしまっていた。アレの力に酔い、自分の力と誤認し出しているのであろう。
言葉の端々に他人を見下した言葉がチラホラし、いくら苦手とはいえ、今までなら駆け引きにも頭を働かそうとしてが、何事も力押しになってきている。
ポプリ王女にも、もう少し表面上はそうと思わせないように振る舞い、周りにも口にしなかった王であったが、それも無くなった。
「この国はこの戦争に勝っても先はないのかもしれない……」
ブロッソ将軍は被り振って悪い考えを振り払おうとするが、苦悩する表情を消す事はできずに兵の下へと歩き続ける。
そして、ホーエンの危惧通り、リオ王は救われる最後の可能性を自ら手放し、滅びの序曲を奏で始めた。
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