127話 これは我儘だな、らしいです
雄一は周りが真っ黒な場所にいた。
カラン、コロン
どこかで聞いた事があるような音に気付いた雄一は起き上がろうと思うがピクリとも体が動かない事に気付く。
目だけは動くので音のほうに目を向けると長い銀髪をかんざしなどで纏め上げ、花魁のような格好をした幼女の姿が見える。
丈が短い着物から尻尾が見え、頭にある耳はシナっと垂れている。
そして、雄一は色々理解する。
ここは、巴の世界で、そして、自分は……
「そうか、俺は負けたのか」
そう呟く雄一に巴は黙って頷く。
うつ伏せで倒れる雄一の前に巴が屈みこんで雄一の瞳を覗き込むようにする。
「どうして、ご主人は本気で戦わなかったのじゃ?」
「全力で戦ったさ」
雄一の答えに巴は悲しそうに首を横に振る。
「ご主人にはまだ余力があった。それを使っても、なお、勝てなかったのなら、わっちは出てこなかったのじゃ。共にご主人と一緒に同じ場所に行くだけじゃ」
巴の言葉に雄一は黙り込む。
何を巴が言ってるかは分かるが、それを口にするのを嫌った為である。
巴は雄一の胸倉を掴むと瞳に涙を盛り上げて訴える。
「ご主人の志は評価に値するのじゃ! じゃが、じゃが……これは、力比べや訓練じゃないのじゃ、ギフトの封印が一度しかできないからといって、守るべき戦いで力のえり好みをしてる場合じゃない……そうじゃろ?」
そう、雄一の与えられたギフトという力は封印するには強過ぎるモノである。
特に雄一の場合はそれが如実に出ていた。
巴は、「見よ」と自分の後ろを指差した先には、シホーヌとアクアが雄一を庇ってホーエンに立ち塞がる姿が映し出される。
2人は地面を転がったかのように服も顔も土埃で汚れていた。
それを気にした風もなく、一分の迷いのない瞳をしてアグートの言葉を聞いても笑みを浮かべつつ、雄一を信じているとはっきりと伝わる言葉を誇らしげに語る。
そして、
「ユウイチが……」
「主様が……」
「「最強の男です!!」」
その言葉を聞いた瞬間、雄一は奥歯が割れる勢いで歯を食い縛る。
そんな雄一を静かな瞳で見つめる巴は言う。
「ご主人……これでもまだ意地を張り続けるというなら、それは只の我儘じゃ」
映し出される映像で、シホーヌとアクアがホーエンに殴り飛ばされる。
動かない体を必死に動かそうと奮闘するが動かない体に憤っているとシホーヌとアクアが居た場所に子供達が割って入る。
「俺なんかほっといて逃げろっ!!」
小さな体で必死に両手を広げて、雄一を守ろうとしてる子供達に雄一は叫ぶ。
勿論、声が届く訳ではないのでホーエンの恫喝を受ける。
「お前らを守る事もできん男を守ろうというのかっ!」
「僕達は、ユウイチ父さんがケンカが強いから好きなんじゃないっ! ユウイチ父さんは暖かいんだ、いつも見守ってくれてるユウイチ父さんが好きなんだ」
雄一はその言葉に歯を食い縛りながら涙を流す。
こんなに嬉しい言葉なのに、悔しさで一杯で涙が自然に溢れて止まらない。
ホーエンが子供達の言葉にキレて極悪な火球を作り始める。
「ご主人、ご主人は護るために強くなりたかったのではなかったのか?」
もう汗なのか涙なのか、雄一自身が分からない状態で、震える体を叱咤して起き上がろうとするが失敗する。
諦めずに何度もチャレンジする雄一を見つめていた巴が激怒する。
「ご主人っ! わっちを失望させないでおくれっ!! ご主人の父上と母上は、助ける為に力の出し惜しみなどせんかったっ!!」
巴の言葉に雄一は時が止められたかのように巴を凝視する。
凝視する後ろの映像ではシホーヌとアクアが雄一に覆い被さり、幸せそうに雄一に頬ずりをしながら呟く声が酷くはっきりと雄一の耳に届いた。
「ユウイチ、大好きなのですぅ」
「心からお慕いしておりました、主様」
その言葉が最後のトドメになり、雄一の中で何かが切れる音がする。
ウオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!
まるで地の底から聞こえる魂の慟哭のような雄一の雄叫びが響き渡る。
それに触発されるかのように真っ黒の世界にひび割れが起き、それが全体に行き渡ると音もなく割れ、消え去る。
すると、初めて巴と会った場所と同じで真っ白な場所で雄一に2本の足で立っていた。
そんな雄一の前には目尻に涙を浮かべて嬉しそうに笑みを浮かべる巴の姿があった。
「信じておったよ、きっと立ち上がってくれると。それでこそ、わっちのご主人じゃ」
「すまない、巴」
巴は、首を横に振ると空中を浮いて雄一と目線を合わせる。そして、雄一の頬に可愛らしい唇をあてる。
「わっちはご主人の刃。ご主人が歩く王道を共に行くモノじゃ。さあ、行こう。みんなが、ご主人を待っておるよ」
可愛らしく頬を染める巴に笑いかける。
「じゃ、行こう」
そう言うと雄一は巴の手を取って、シホーヌとアクアが映し出されている場所へと飛び込む。
護る為、何より、雄一が雄一である為に愛する者のがいる場所へ……
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ホーエンの魔力を練り込まれた極悪な火球が完成すると嗤いながら叫ぶ。
「骨すら残ると思うなよっ!」
後方に飛びながら作り上げた火球を放つ。
子供達は目を瞑るがそれでも逃げずに手を広げてその場を動かなかった。
そんな子供達の前に大きな影が飛び込む。
目の前に迫る火球を青竜刀の一撃で切り裂くと半分になった火球は明後日の方向へと飛んでいく。
その切り裂いた大男が片手にシホーヌとアクアを抱える姿にホーエンは目を剥く。
「何をしたっ! 水の加護を持つ者よ!」
火球を斬った格好で残心をしていた雄一は、巴を地面に突き刺すとホーエンに背を向ける。
シホーヌとアクアに回復魔法を行使すると瞳を潤ませて抱きついて、雄一を見つめてくる。
「主様、本当に良かったのですか? もう封印はできませんよ?」
「ああ、俺の意地で失うには代償が大き過ぎる。もう覚悟は決めた」
雄一が、「お前らにも迷惑をかけた」と頭を下げてくるがシホーヌが雄一の頭をチョップしてくる。
「これで許してあげるのですぅ。ちょっと遅かったけど、間に合ったから許すのですぅ」
許しを得たがそれでも雄一は、2人に頭を下げる。
封印を解いた事で気付いた事が雄一にはあった。
トトランタに来た当初は漠然と強くなった程度しか思っていなかったが、あれから死と隣り合わせの修業を潜り抜けて鋭敏になった、今の雄一には肌で理解した。
ギフト、そう加護は、自分の存在を切り売りするように与えるモノだと今の雄一は気付いていた。
何故なら、こんなにもシホーヌとアクアの力を身近に感じる。
それをどんな理由があろうが、ないものとして目を背け、封印してきた事は、この2人にとってどれだけ失礼に値するか分かった為である。
雄一はやんわりと2人の抱擁から脱する。
「まだ動けた事は驚いたが、背を向けるのは馬鹿にし過ぎだっ!」
背を向けて無視する雄一にキレたホーエンが前傾姿勢になるのに気付いた雄一が左手を向ける。
「後で相手してやるから、これと遊んでろ」
そう言うと雄一の左手から膨大な水が噴き出す。
噴き出した水が何かの形作ろうとする。
ホーエンを旋回するように飛んだ水に生まれた形は東洋の竜であった。
生まれた竜はホーエンを食らいかかる。
それに抗うように雄叫びを上げるホーエンは押されて、そのまま神殿のほうへと吹っ飛んでいく。
「ホーエンっ!」
ホーエンを心配するアグートの声を背中で聞きながら、雄一は子供達の視線に合わせるようにしゃがみ込む。
「ありがとう、お前達のおかげで助かった。でも、もう俺は大丈夫だ。家に戻って見ててくれ」
にっこり笑う雄一に歓声を上げて喜んで頷く子供達。それを見守るように見ていたティファーニア達に目を向けて、雄一は「子供達を頼む」と伝える。
それに頷いたティファーニアはアンナとガレットに目を向けると頷かれて、3人で子供達を先導して家へと向かう。
雄一は、再び、シホーヌとアクアを見つめる。
「お前達も子供達と一緒に見守ってくれ。お前達が言った言葉を俺が証明してみせる」
もう1度、2人を優しく抱き締めると家の方向へと押し出した。
それを見送った雄一は、1人になると目を瞑り、心で懺悔する。
ホーラ、すまない。お前は魔力などの才能がなかろうが努力で道を切り開けると信じた。
それを俺もギフトがなくとも、ギフトと同じ事ができると証明してやりたかったができなくなった。
テツ、同じ土俵でお前の追いかける背中であり続けたかったが、それができなくなった情けない俺を許してくれ。
ポプリ、こんな我儘を通しながらも挫折するような俺に愛想をつかせるのは当然だな。
やっぱり、俺は我儘だな。
何でも自分で全部やり、抱えて済ませたいと思ってしまう。
そんな事など出来やしない事を良く知っているはずなのに……
雄一は自分の言い訳がましい理由に失笑を洩らすと前方から数発の火球が飛んでくる。
それに慌てず、その火球と同じだけの水球を生み出して叩きつけて消滅させる。
息を切らせたホーエンが血走った目で雄一を睨みつけて叫ぶ。
「今度こそ、確実に仕留めてやるっ!」
「やれるものなら、やってみろ」
ホーエンに静かに言葉を返して閉じていた目を開く。すると雄一の左の瞳に青い光が灯されていた。
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