幕間 伝説はここから始まる
加筆修正2本目です
ダンガ冒険者ギルドから程近い比較的客層が良い、ランクの低い冒険者が足を向けにくい所謂、少しお高めの酒を提供する落ち着いた酒場あった。
酔客も落ち着いた相手が多い為、女の子だけでも飲みに来やすいと評判の雰囲気の良いカウンターに渋いというよりアラフォー臭が漂う中年のオッサンがウィスキーを一気に煽り、身を震わせながらアルコールを楽しんでいた。
オッサンがお代わりをバーテンに頼むと同時に出入り口の方から品の良いドアベルが響く。
開かれた扉から入ってきたのは金髪のエルフであった。
死んだ魚の目を思わせる特徴がある冒険者ギルドの事務服を纏った、そう、ミラーがカウンターに座るオッサンの隣に腰掛ける。
座ったミラーにオッサンは運ばれたウィスキーを掲げて器用にウィンクしてくる。
「いや~、お待たせしましたね? アレク」
「本当だぜ? もう5杯目だからな?」
そうアレクサンダーが拗ねるように言うが厚い面の皮のミラーには効果なくヘラヘラした笑みをされて終わる。
ミラーはアレクサンダーにウィスキーを運んできたバーテンに「私はいつもの赤ワインを」と注文する。
「私が悪い訳じゃないんですよ。彼がねぇ……」
「ああ、ノーヒットか?」
アレクサンダーの言葉にミラーは頷いてみせると今日あった出来事を語る。
結界の触媒の為にホーラ達が3人がレッサードラゴンを狩った事が始まりであった。
この査定に1週間も費やされた。
雄一達が持ち込んだレッサードラゴンの素材の数も多かったが解体のテクニックが凄まじく良く、無駄なく解体されており、査定に手の空いてる事務の人間まで動員されて大変でミラーもそのメンバーだったらしい。
雄一、曰く「5枚下ろしより簡単だ」だそうである。すぐ料理と比べる雄一の悪い癖であった。
しかし、いくら雄一達が持ち込みが多かったとはいえ、1週間かかったのは長過ぎである。
そのカラクリは、2日もあれば終わった仕事だが、たまたま、雄一達が持ち込む前の週ぐらいに査定が立て込み、専属の査定の者が泊まり込みで仕事をした結果、嫁さんに浮気と勘違いされたという事件が起きた。
勘違いした嫁さんが実家に帰ったのを専属の者が追いかけていった為、作業がパンクしたという事のようだ。
嫁の早合点を責めたいところであるが……
「ああ……ベンか……アイツ、先月、酒場の女と連れ込み宿から出てくるのを嫁さんに見られたばっかりだからな……」
男の飲み友達は豊富な訳知り顔のアレクサンダーがウィスキーを傾けながら苦笑いを浮かべる。
ミラーもその事情を知るので、ヤレヤレとは思うが同僚を責める気にもならないらしい。
そんなミラーに運ばれた赤ワインを湿らすように口を付けるとアレクサンダーに目を向ける。
「それで、わざわざ呼びだしたのはどうしたんですか?」
アレクサンダーに切り出したミラーは「別にただ、一緒に飲みたかったという理由でも別に構わないですけど?」と言うがアレクサンダーは首を横に振る。
「丁度、さっき出たノーヒット、ユウイチの事でな?」
「彼が何か?」
雄一の事だと分かると普段より少し感情の色を見せるミラーの変化に気付いたアレクサンダーは肩を竦めると続きを口にする。
「お前の紹介で学校作る手続きで俺の所に来ただろう? あの件で建物の完成図を書かせる為に画家を手配したんだが、終わった後にその画家にチップを渡したらしい」
「それは珍しいですね?」
少し考える素振りを見せるミラーにアレクサンダーは、だろう!? と言いたげに大袈裟なジェスチャーをしてくる。
「ヤツの財布の紐はえらく堅そうなのにな……」
「ええ、市場で『あっちの店の方が銅貨1枚お得か!?』と引くぐらいに真剣に呟いてるのを見た事ありますからね」
既に館を建てて、メイドを雇って遊んでいられるぐらいに稼いでる雄一が銅貨1枚の為に眉を寄せる、そんなシュールな光景は毎日のように市場で見られる。
余談だが、そんなプロ主夫のような雄一であるが、「まだパンチには勝ててない!!」と悔しそうに呟く。
パンチ = パンチパーマのおばさん
熾烈な生存競争があるバーゲンセールでは全敗中らしい。
それはともかく
ミラーの言葉を聞いたアレクサンダーは「予想以上だな……」とドン引きしながら本題に入る。
「俺もなんでだろうな? と思いながら考えた結果、学校を作るじゃないか、アイツ?」
「ああ、そういう事ですか。画家の絵の上手さを見て、先生に呼べるか見て唾を付けた、そう言いたいんですね?」
ミラーの答えに「正解!」とカウンターのテーブルを叩いてみせるアレクサンダー。
すると、バーテンに咳払いされて首を竦めるアレクサンダーはミラーに苦笑いを浮かべながら続ける。
「多分、俺の見立ては間違ってない、と思ったから他の先生候補を探してるんだがな……俺も一枚肌を脱いでやろうとかと思うんだが、どうだろう?」
「経理や計算関係であれば良い先生になれるんじゃないですか?」
色々、問題が山積するアレクサンダーであるが商人ギルドで優秀さでは群を抜いているので良い話だとばかりに頷くミラーであったが、アレクサンダーは、何、言ってるんだ? と言いたげに首を傾げる。
「俺が一番得意なのは恋愛、女の口説き方だろ?」
「……ところでアレク、私が来るまでに声をかけた女性は4人ですか?」
一瞬の沈黙の後、呆れるように溜息を吐くミラーに「おいおい、何でわかるんだ?」と呟くアレクサンダー。
「ああ、分かった。俺を熱い視線で見つめる美女が4人いるんだな? さっきから気になってたんだ!」
と意気揚々と振り返るアレクサンダーであったが、こちらを見てた素振りがある女性は0で隣に座る男性に楽しそうに話が盛り上がっていた。
それにアレクサンダーは、おでこに指を当てながらフッと鼻を鳴らし、首を横に振る。
「今夜の子猫ちゃん達はツンデレしかいないみたいだな?」
「まあ、アレクの名誉の為にそういう事にしておきましょうか」
悦に入るアレクサンダーの頬に4つの紅葉が描かれていた。
そして、男だけの酒が進み、閉店までミラーはアレクサンダーに付き合ってあげた。
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その酒場の一件から数日後、勤務中にも関わらずアレクサンダーが冒険者ギルドで受付をするミラーの下に姿を現した。
「ユウイチのヤツが照れて遠慮して困っているんだ!」
「いきなり、何の話ですか? それより、仕事は?」
迷惑そうにするミラーが言ってくるが「仕事なんか今はどうでもいい!」とはっきりとサボり中と宣言するアレクサンダー。
「アレだよ、アレ! 俺が先生するって話だよ」
「ああ、モテナイ見本でしたっけ?」
思い出すように言うミラーに身を乗り出して「逆だ!」と叫ぶアレクサンダーから距離を取るミラー。
近くにいた受付嬢も嫌そうにアレクサンダーを見るが気付いていない。
「恋愛の先生として話を持って行っても聞かないし、張り紙をすると即、剥がされる。どうしたらいいと思う?」
そう聞いてくるアレクサンダーが面倒だと思っているが、雄一の困った顔が見れるかも、と思い、アイディアを口にする。
「だったら、学校のグランドで直接、子供達に宣伝してみれば?」
「おお! それだ! そのアイディア貰い~」
そう言うとスキップするように飛び出すアレクサンダーを見送るミラーはその背に向かって聞こえないように呟く。
「まあ、それでもユウイチ様が止めるでしょう。間違いで受ける子が現れたら子供達の未来の為、私も全力で阻止しましょう」
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「ら~ぶ……ハンター!!」
「「「「ら~ぶ、ハンター!!」」」」
学校のグランドで遊んでた子供達の前でアレクサンダーが指でピストルを作るようにして顎に添えると同時に『らぶハンター』と叫び出すと子供達の琴線に触れたらしく、現在、アレクサンダーは盛り上がりを見せるヒーローショー状態であった。
子供達の反応から『これはイケる!!』と確信したアレクサンダーはカバンから取り出した恋愛の勉強の受講用紙を取り出す。
「只今、『子供から大人まで役立つ恋愛の奥義、18選』の受講の受付してるぞ!」
嬉しそうに配ろうとすると急に冷めたように静かになる子供達はアレクサンダーの前から1人、また1人と離れていく。
状況が飲み込めないアレクサンダーに近づく少女、ホーラが面白そうに口の端を上げながら肩にポンと手を置いてくる。
「ウチの子達は、そういうとこはシビアさ?」
時間の無駄を良し、としないと告げて去っていくホーラ。
学校に通う子達は、遊びと仕事はキッチリと分けられる出来る子達であった。
崩れ落ちるように地面に両手を付くアレクサンダーの手元から受講用紙1枚が風に運ばれて敷地外へと飛んで行った。
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北川家へと向かう少年3人の姿があった。
ダン、トラン、ラルクの駆け出し冒険者パーティである。
「さあ~て、今日は何を習おうか?」
「僕は、簡単な薬の作り方かな? 応急薬とかそんなの」
「俺は武器のメンテの正しいやり方を習う予定だ」
トランとラルクは既に習うモノを決めていたがダンだけが「あれもいい、これもいい」と朝から悩んで決めれずにいた。
まだ迷い続けているダンが顔を顰めながら呟く。
「う~ん、テツがいたら手合わせして貰おうかな……」
そう言いながら頭の後ろで手を組みながら歩いているダンの顔に飛んできた紙が貼りつく。
驚いた様子を見せるダンが飛んできた紙を手に取ると文字が書いてあり、簡単な文字の読み書きをマスターした3人が1枚の紙を覗きこむ。
『子供から大人まで役立つ恋愛の奥義、18選』
それを見たトランとラルクは雄一から話では聞いていた事もあるが、見るからに胡散臭いと苦笑いを浮かべる。
だが、ダンは衝撃を受けたように声を張る。
「こ、これだっ!!」
「「おい、待て! それだけはないだろ!?」」
こうして出会ってはいけない2人は出会い、ダンの記録への挑戦がこの日から始まるキッカケになった。
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