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高木橋京子 リストカット

作者: 灰猫

ある日の放課後、竜稀が北斗にひざのすり傷を消毒してもらっていた。

体育の授業ですりむいたのだ。もちろん関口も付き添っている。



窓の外を見ると一人の生徒が帰っていく姿があった。


「あ、京子」

関口が言うと誠史郎が、

「2人目のガールフレンド?」

と、からかう。


誠史郎にジェラってる関口はムッとして、

「違いますよ!D組の高木橋京子って言って、リスカの京子って1年は割りと知ってるヤツ多いですよ」


「ふ~ん。リスカの京子ねぇ・・・そんなに有名人なんだ」

誠史郎がつぶやく。


ずるぺったん。ずるぺったん。放課後、廊下にひびく足音。


手首にリストバンドをしている生徒を見つけ声をかけた。


「高木橋さん、高木橋さん」

すこし驚きその生徒は振り向いて、誠史郎を上下に視線を動かす。


「スクールカウンセラーの人ですよね?」

けげんな顔で問う。

「よくおわかりで。桜井誠史郎です。ちょっとお時間いいかな?」

誠史郎が笑顔で問いかける。

「結構です。お話する事なんてありませんから」

きっぱり言って京子は去っていった。


「ちゃこちゃん・・・フラれちゃった・・・」

べそべそ誠史郎が保健室に入ってくる。

「何がフラれちゃったですか。カウンセラー失格ですよ」

北斗が呆れて言う。

「ふふふ」

何かを予感しているように誠史郎は微笑む。


コンコン


ある日保健室のドアがノックされる。


「失礼します」

1人の女生徒が入ってきた。

「あの、カウンセラーの先生、いますか?」

不安そうに聞く。


「はいはい。緊張せずにどうぞどうぞ。僕がカウンセラーさんだよ」

誠史郎がむかえる。


「この前、京子ちゃんに会いましたよね?」

少し重い口調で彼女が問いかける。

「あれ?よくわかったね。お友達?」

「小学校が一緒で、今も同じクラスだから・・・

でも中学に入ってからなんか京子毎日リストバンドしてるから

気になって、聞いてみたらリスカの痕、隠してるって・・・

それに最近はリスカの京子なんて呼ばれ始めていて」


「傷は見なかったんだね?」

「はい・・・」

「じゃあ、どんな傷かはわからないんだ?」

「はい・・・それに最近なんだか痩せてるようでそれも気になって・・・」

「ありがとうね。わざわざ来てくれて高木橋さんのことが心配なんだね」

誠史郎の問いかけに静かにうなずいて、女生徒はよろしくお願いします。と保健室を出た。


「拒食も少し入り始めてます?」

北斗が聞く。

「う~ん。ちょっと入り始めかもね~。それより、リスカを止めないと

それが根本的なものだし、アムカにいったら遅いしね」


「でも相談室断られたじゃないですか」

「そう。フラれちゃったの」


バシン


業務日誌の音が響く



「行きますよ。家庭訪問」

頭をなでながら誠史郎が答える。

「出張中」保健室にプラカードがかかる。



「すみませんね。大切なお時間をいただきまして、高木橋さんの『副担任』の桜井と、保健教諭の北斗です」


「いえ、わざわざ娘のためにお越しいただきまして恐縮ですわ」

築年数が浅い家に合うハキハキした母親が現れる。

「それで、ウチの子が何かご迷惑をかけているんでしょうか?」

不安そうに母親が尋ねる。


「いえ、それほど大変なことはありませんよ。

ただ少し体が細いのが成長期にしては心配だと北斗先生から助言いただきまして」


「申し訳ありません。わざわざ気にかけていただいて。

姉と違って成績もあまり伸びず、このままではT高無理でしょうか?」

いきなり成績のことを切り出す母親。

誠史郎の空気が変わりつつ、冷静に言う。


「いえ、とても真面目に取り組んでますし、まだ1年

伸びしろはいくらでもありますよ」

「でも姉と違って上手く吸収できてないような・・・」

「大丈夫ですよお母さん。お姉さんはお姉さん。京子さんは京子さんです」


「長い時間も失礼ですのでそろそろお暇しましょう」

北斗が言う。

「あとやはり少し細いので、食生活は気をつけてくださいね」

一言付け加える。


玄関を開けたその時ばったりと帰宅した京子と出くわす。

「え、スクール・・・」

遮るように少し大きめの声で言う。


「高木橋さん『副担任』の桜井ですよ。じゃあ家庭訪問も終わりましたので失礼しますね」

笑顔で誠史郎は言って北斗と家をあとにする。


「いいんですか?あんなウソ・・・」

北斗が聞く。

「大丈夫。高木橋さんは絶対言えませんよ」

ドヤ顔の誠史郎が言う。




「今はね」


・・・・・・・

ガラッ!!


家庭訪問の翌日、保健室に

高木橋が不機嫌な顔をして現れる。



「ちょっと!あのスクールカウンセラーどこ?」

声を荒げる。


「ここですよ~」


相談室の前でコーヒーを飲みながら誠史郎が答える。


「昨日、なにしに来たのよ!」


「ただの家庭訪問ですよ。何かお母さんに怒られたの?」

「・・・少し話しただけよ。それよりなにを言ったのよ!」



「ここじゃないと教えてあげな~い」

相談室のドアをコンコンと叩く。あきらかに京子は不満顔だった。



「さぁ、話してよ!」

バスっとソファに座り込む。


「ん。その前に手首見せて」

京子の目を見て誠史郎が言う。


「見せないと話さない」

少し強い口調で誠史郎は京子を見つめる。


迷いながら、ためらいながら、うすく涙をこらえながら、京子がリストバンドを外し、

誠史郎の前に差し出す。



「ふーん。昨日もやったんだ?」

京子は黙り込む。

「僕達が行ったのがプレッシャーだったんだ。なにか、お母さんに言われたかな?」


「別に・・・ご飯のことと、T高の話」

「ふうん。お姉さんと比べられて偏差値の高いT高入れって言われて、

それをお母さんに言えずプレッシャーの吐け口がリスカなんだ?」


京子の手が震える。


「T高よりも入りたい高校がある。自分とお姉ちゃんは違う。もっと自分を見て。

って言えないか・・・」

誠史郎がつぶやく。


もう京子の瞳は涙をこらえてはいられない。

「・・・」

京子の沈黙は言葉に出せないことを物語っている。



「でもこのままじゃT高に入っても成績のことで言われ続ける。

そして傷は深くなっていくか、アムカになるか、拒食症になるか、それは許さない」

きっぱりと誠史郎が言う。


京子は戸惑いを隠せない。


「それに今しっかり食べておかないと、おばあちゃんになったとき骨粗しょう症になるよ?」

いたずらっぽい笑顔で誠史郎が言う。


「あたし、あたし、どうなってもいいから家族から嫌われたくないの」

ポロポロと止まらない涙とともに京子が言う。


「大丈夫。大丈夫。もっと自分に自信を持とう」

京子の肩をポンポンと優しく叩く

「そして自分の言葉で言うんだ?」

「がんばって。自分を傷つけるより、よほど簡単なことだよ?」



ピンポーン



「あら先生、先日はご足労いただきましてありがとうございました。あら京子?一緒なの?」



玄関に現れた3人はリビングに通される。

「お母さん、先日はすみません。私、本当はスクールカウンセラーの桜井です」

スクールカウンセラーと聞いて母親の顔がくもる。


「あの・・・京子になにか問題でも・・・」

「ありますね。ところで、なぜ京子さんがリストバンドをしているかご存知ですか・」

「さあ・・・学校で流行っているものだと・・・」

「京子さん。約束したよね?自分の言葉で言うって」


力強く誠史郎が言う。


すこし時間があき、ためらいながらリストバンドを外す。

無数の傷を見て母親は口を押さえる。

「き、京子!それは?」


こらえきれない涙と一緒に声を震わせて京子が言う。

「お母さん。あたしT高は無理・・・ごめんなさい・・・でも勉強はがんばるから・・・

ごめんなさい・・・行く高校を変えたいの」


もういいわよと北斗が京子を気づかう。


「お母さん。お母さんは見てるようで京子さんが見えてないんですよ。

お父さんは仕事。お母さんは成績優秀なお姉さん。

家族の中で京子さんを見ている人は実は誰も居ないんです」


「この傷はお母さんに気づいて欲しいサインです。それを見逃してしまったから、

ここまで京子さんは心も体もプレッシャーにつぶされそうになってしまいました。

京子さんにはなによりお母さんの愛情が必要なんです。ご理解いただけませんか?」




たくさんの傷を作り、目の前で泣きじゃくる娘を見て、娘の姿がにじんで見える。

立ち上がり京子に寄り添い、そっと手首を包み、

「あなたはね、とても生む時大変だったの・・・だから大切な娘なのはあたりまえよ。

かわいく産んであげたから、もう自分の体を傷つけないで・・・お願いよ?」


「そして、京子の好きなおかずをたくさん作るわ。だから2人で少しずつ食べましょう?」

少し骨ばった京子を抱きしめ涙を流して母親が言う。

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

「ううん。お母さんこそごめんね。全然京子を見てあげなかったのね」

2人抱き合って小さな嗚咽をもらしていた。


「お母さんも京子さんが少し見えてきたみたいですね。

お姉さんと違う目線で京子さんを見てあげてください。

お姉さんはお姉さん。京子さんは京子さんですから。

傷は一生消えないかもしれないけれど、これ以上増えないようにすることはできますよ。

それができるのはお母さんですからね。進路も一緒に考えましょう」


深ゝと頭を下げる親子を残し、誠史郎と北斗は家を出る。




ずるぺったん。ずるぺったん。相変わらずの足音で廊下を歩く。

向こうから京子がやってきた。ペコリと頭を下げ通り過ぎる。





リストバンドは外れてないが、新しい傷はもうないだろう・・・

誠史郎は優しい目で京子の背中を見つめていた。






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