第五話 003
○内川荘・全景~玄関前のベンチ(6時頃)
二階建ての真新しい旅館。
敷地内にはバーベキュースペース、その奥には古いはなれがある。
――玄関前のベンチに座っている音葉と北川。鞄は足下。
音葉「北川さんって、どうして夏の過ちにあれだけ拘っていたの?」
北川「え? ……そう見えたか?」
音葉「(笑顔で)うん」
「だって本当にどうでもいい人なら、あんなに入部を反対しないもん」
「たとえ夏の考えが、武道の精神からズレていたとしても」
北川「いや、私は……」
音葉「夏と何かあったの?」
北川「(ため息をついて)何かあんたには隠し事が出来ないな……」
――空を見上げる北川。
北川「立花を初めて見たのは、私が市民大会に出場した中学三年生の時だった……」
「私は組手の三回戦で早々と敗退したけど、あいつは決勝で、当時全中を三連覇した柏原に勝った」
○北川の回想・小瀬波スポーツ公園・武道館エリア・第一武道場内(3月中旬・午後)
北川「た、立花さん!!」
――夏の後ろから話しかける北川(中三)。黒帯の空手着姿。
夏「は、はい……」
と、振り向く夏(中三)。
ふちメガネ・黒帯の空手着姿。髪ゴムはしていない。
夏「ど、どちら様ですか?」
北川「すごいね!? 全国で負け無しの、あの柏原さんを倒しての優勝だよ!?」
夏「ええっ!? 私は、別に……」
北川「立花さんはどこの高校に行くの?」
夏「えっ!? お、お花見女子……」
北川「同じだー!! 私、北川 真麻!! 高校生になったら空手道部で一緒に頑張ろうね!?」
と、両手で夏の手を取り強引に握手。
北川の回想終わり。
○元の内川荘・玄関前のベンチ
北川「まあ、私が一方的に約束したことだからもういいんだけど……」
「高校の空手道部に入って、当たり前のように立花と一緒に空手が出来ると思ってた……」
音葉「そうだったんだ」
北川「多分あいつは、私のことももう覚えてないだろうな……」
音葉「その頃の夏は、目の前のことだけで精一杯だったんだと思う」
北川「え?」
音葉「小学校の頃からいじめられて、自分のことだけに精一杯で、周りの人には意識がいってない感じ?」
北川「うむ……」
音葉「ねえ北川さん。まだ高校生の私が言うのも変だけど、人生に当たり前って無いんじゃないかな?」
北川「え?」
音葉「(笑顔で)私も事故にあって、まさかこんな状態になるなんて思ってなかったもん」
北川「あ……」
音葉「私ね、意識が戻ってから夏との記憶が少ししか思い出せなくって」
「でも私が考えた約束事を夏が達成したら、その度に夏との記憶が少しずつ戻って」
北川「そんなことが?」
音葉「奇跡だよね? でもだからって、これからも当たり前のように記憶が戻っていくかどうかは分からない……」
「それでも夏は私を信じて、一生懸命約束事を達成しようと頑張っている」
「だから私も一生懸命夏を信じてるんだ」
北川「そっか……」
音葉「でも今回の約束事はきっかけに過ぎなくて、夏が自分から空手をやると決めたんだから、北川さんももう一度夏を信じていいと思うんだ?」
北川「うむ……」
音葉「夏はまだまだ心が弱いけど、自分を変えたいと必死に戦っている……」
北川「冬月さんの気持ちは良く分かった……だけど立花を完全に信用するかどうかは、自分の目で見て判断する」
「私はそういう人間なんだ、ごめん」
音葉「ううん。(笑顔で)こちらこそ夏とのことを話してくれてありがとう」
北川「(少し照れて)ああ……」
音葉「それにしてもみんな遅いねー?」
北川「そうだな……」




