第四話 004
○同・武道場内
武道場内は玄関から剣道部・柔道部・空手道部の順に分かれている。
柔道部と空手道部の床はジョイントマット。
ジョイントマットのコートには8m×8m(内側1mは警告エリア)のライン。
コートの外側に2mの安全域がとられている。
北川「ダメだ」
――武道場奥の真ん中、壁際に置いたイスに座っている北川。
制服姿。右足首には包帯。
壁には松葉杖が立てかけられている。
真中「北川先輩!! どうしてですか!?」
――北川の前に立つ五人。
コート内では他の部員たちが練習をしている。
一年生以外は黒帯。
真中「立花先輩が入れば、ほうとう杯のメンバーが揃うんですよ!? 立花先輩は凄く強いんですから!!」
北川「ダメだ。人数が足りなければ四人で出ればいい」
真中「それだと一敗のハンデがついちゃうじゃないですか!?」
「少しでも多く試合を経験して、六月のインターハイ予選に臨みたいんです!!」
北川「ダメなものはダメだ!!」
夏「おいおいおい、かわいい後輩がこんなに頼んでるのに――」
北川「(夏を睨んで)あんたは口出しするな」
夏「はーっ!? 折角ウチが助けてやろうと――」
北川「余計なお世話だ」
「あんたなんかに助けてもらうくらいなら、うちの部はほうとう杯に出なくていい」
「私の怪我もインターハイ予選には間に合うから、それまで練習を重ねればいいだけだ」
夏「お前人の話を聞いてたか? 真中は試合の経験を積みたいって言ってたんだぞ!?」
「それともアレか? ウチに近づいたら怪我をするって噂を信じて反対してるんじゃないだろな?」
北川「そうだ、だから私は怪我をした」
夏「はーっ!?」
北川「冗談だ」
夏「おい!!」
北川「私はくだらない噂など信じない」
「逆に質問しよう立花、あんたはなぜ空手道部に入らなかった?」
夏「えっ? 何で急に!?」
北川「なぜ空手道部に入らなかった?」
夏「それは……入学早々に暴力事件を起こして――」
北川「知っている。なぜそのとき素人に手を出した? 黒帯のあんたが」
夏「素人も何も、三人に囲まれた状況だったんだぞ!? 身を守るためには当然だろ!?」
北川「もういい、帰れ。黒帯になって何も学べていない奴は、うちに必要ない」
真中「北川先輩!!」
夏「分かったよ、そこまで嫌われてるなら仕方ねぇ」
「悪いな真中……ほうとう杯、頑張れよ」
と、北川に背を向けて。
真中「ちょっと立花先輩、北川先輩!!」
「今は昔のことより、これからのことの方が大切なんですよ!? ですから――」
浅井「おっ邪魔しまーす!!」
と、武道場に入ってくる日本青空高校 三年 浅井 優加【あさい ゆうか】(女18)。
制服姿。手には花束。
浅井「ちょーっとごめんなさいねー?」
と、夏たちをかき分けて北川の前に立つ。
――部員たちが一斉に練習をやめ、その場に緊張が走る。
北川「(睨んで)何しに来た浅井」
浅井「やだなー、せっかく退院祝いを持って来たのにー」
「(ウインク)ほらー、優加が怪我させちゃったからー、復帰したって情報もちゃーんと調べたんだよー?」
北川「そうか」
浅井「(笑顔で)退院おめでとう、北川さん」
と、花束を差し出して。
北川「(受け取って)別に入院したわけじゃないけどな。ただの捻挫だ」
――後ろを見渡す浅井。
浅井「あれあれー? みんな練習しないのー? ほうとう杯まであと一ヶ月だよー?」
「あっ、部長が怪我しちゃって練習に身が入らない?」
「ごめんねー、でもワザとじゃないからっ。テヘペロッ」
――浅井を睨み付けたままの部員たち。
夏「何だよお前ら!? こんな言い方をされて、誰も言い返せないのか!?」
と、部員たちに向かって。
北川「立花は黙ってろ」
浅井「(夏を覗き込んで)あれー? お花見女子にこんな威勢のいい子いたっけー?」
「(部員たちを見て)部長以外てっきり腰抜けばかりだと思ってたー」
北川「――浅井」
浅井「ん?」
北川「あんたはなぜ空手をやっている?」
浅井「決まってるじゃーん、人を殴っても蹴っても、誰にも怒られないんだよ?」
「こんなに楽しくて目立つゲームはないよねー? 特に組手というおさわりゲーム」
北川「……そうか」
「(部員たちを見て)みんな練習を再開しろ!!」
――練習を再開する部員たち。
浅井「まーでも優加の本命はー、山梨学園の柏原だけどねー」
「そろそろあの子をぶっ潰そっかなー」
――部員たちを見たまま、浅井と目を合わせない北川。
浅井「じゃあ優加はお邪魔なようだから帰るねー」
北川に背を向け、夏とすれ違う浅井。
夏「まてよ」
と、浅井の肩に手を置いて。
浅井「なになにー?」
夏「今お前、空手を馬鹿にしただろ?」
北川「ほおっておけ立花」
浅井「馬鹿にしてないよー? 優加の素直な感想だよー?」
夏「じゃあやってやるよ、今ここで。お前の言うおさわりゲームをな!!」
北川「何を勝手なことを言っている!?」
教頭「やらせてあげなさい、北川さん」
と、武道場の隅に座っている教頭先生(男80)。
空手着姿。白に近いボロボロの黒帯。
北川「教頭先生、何を言い出すんですか!?」
夏「って、いつからいたんだじいさん!?」
北川「空手道部の顧問をしてくださっている」
教頭「(微笑んで)世の中には、口で言っても分からないこともあります」
と、ぷるぷると体を震わせ、親指を立てる。
浅井「さすが先生ー、物分りいいじゃーん。じゃあやろうよ、立花さん!!」
× × ×




