第一話 018
○同・音葉の病室内
夏「(扉を開けて)音葉ー!! 約束事ひとつ達成したぞー!!」
音葉「あら夏、何だかご機嫌ね?」
冬月 音葉(18)。病衣姿。
布団を掛けたままベッドに座り、教科書を読んでいる。
夏「あ、勉強中か……」
と、ベッド脇の椅子に座って。
音葉「うん。担当の先生がね、来月から松葉杖で学校に通えるって。だから少しでも勉強しておこうと思って」
夏「もうすぐ学校に戻れるのか!?」
音葉「(うなずいて)順調にいけば夏には完治するって」
と、教科書を閉じ、脇に置く。
夏「やったな音葉!?」
音葉「でも頭を強く打ってるから、激しい運動はできないけど……」
夏「やっぱりまだ変わりないか……?」
と、教科書のそばに置いてある、富士山のパズルを見て。
[パズルは、富士山頂上のピースが、九つはめられていない状態]
音葉「うん……事故から三ヶ月後に意識が戻って、昔の記憶は思い出せたんだけど」
「高校一年の六月から、事故にあった二月までの記憶は、少ししか覚えてないのよね……」
と、パズルを見て。
音葉「(作り笑顔で)ダメダメだね……? 私」
夏「ほら!! 富士山の山頂で叶えたかったお願いごとは――」
――首を横に振る音葉。
夏「そっか……」
音葉「無理に思い出そうとすると頭が痛くなるし、その後に意識を失ったこともあったから……」
夏「でもさ!! また音葉と一緒に学校生活を送れるじゃねえか!?」
音葉「うん……でも私、事故から一年学校に行けてなかったから、二年生のクラスになっちゃうんだ……」
――脇に置いた教科書には『数学2』の文字。
夏「(神妙な面持ちで)……」
音葉「初詣の神様、私たちのお願い叶えてくれなかったね?」
「――夏より一つ下の学年になっちゃった……私」
と、作り笑顔で。
× × ×
グッと拳を握る夏。
――ポタッ、ポタッと、掛け布団に涙が落ちる。
夏「(泣きながら)何で……何で嫌われ者のウチじゃなくてお前なんだよ……」
「お前の代わりにウチだったら――」
音葉「泣かないの夏!!」
「(笑顔で)夏は何も悪くないんだから……」
――涙を腕で拭う夏。
音葉「でも、夏に近づいたら怪我をするってありもしない噂、皮肉なことに私が裏付ける形になっちゃった……」
「(神妙な面持ちで)ほんと、世の中矛盾だらけ……」
と、窓の外を見つめて。
× × ×
夏「あっ、そうだ!! 約束事!!」
と、交換日記を渡して。
音葉「(中を見て)ハルちゃんの他に友達ができたんだ!? 良かったね、夏」
夏「おう!! これでお前との約束、また一つ達成したな!?」
と、音葉が見ている日記の、表3を開けて。
日記の表3に貼られた、『夏を幸せにする約束事』の紙。
達成した項目に、チェックが入っている。
○ステップ1
・一年に一人、友達を作る。[チェック二つ]
・イメージチェンジをする。[チェック]
・友達と交換日記をする。[チェック]
――残りの約束事は隠れている。
音葉「私、夏にこんなにいっぱい約束を押し付けてたんだ……身勝手ね」
夏「身勝手じゃねえよ!! ウチはこれのお蔭で少しずつ変われたし、お前に感謝してんだ!!」
音葉「ふふっ、もう三つも達成したんだね……」
と、日記を開いたまま、脇に置いて。
――ハッとする音葉。
[高一の六月から八月までの記憶が、走馬灯のように流れる]
音葉「あーっ!!」
夏「どうした急に!?」
音葉「思い出した!! これは多分、六月から八月までの記憶!!」
夏「本当か!?」
音葉「うん。夏……いつもそばにいてくれてたんだね……」
と、ピースを三つ、パズルにはめながら。
夏「あれ? でも今まで達成した時は何で記憶が戻らなかったんだ?」
音葉「んー。多分その時は私にまだ余裕がなかったのかな……?」
「今は学校に戻れるって聞いて、少し余裕ができたから」
夏「じゃあもしかして、この約束事を全部達成したら、お前の記憶も元に戻るかもしれないな!?」
音葉「うん!!」
夏「よーし残り六つ、明日から頑張るぞー!!」
音葉「うふふ、ゆっくりでいいよ。ありがとう夏」
夏「へへっ、そうだな」
× × ×
夏「でさー、加奈が町を一望したいって言うから、ウチ高いとこ苦手なのに頑張ったんだぜー!?」
「流れ星は見れなかったし――」
音葉「うふふっ」
夏「あ、そうそうこれ」
と、ラップに包まれた桜餅を、鞄から取り出して。
[三等分に大きく切られたものを、更に半分に切った、残りの一切れ]
夏「みんなで分けて食べたんだ、友達の証」
音葉「ありがとう」
と、食べながら。
夏「あっ……実はそれ、地面に少し落としちゃって……」
音葉「ふふっ、ちゃんと言うところが夏らしいね。私、夏の素直なとこ好きだよ?」
夏「(照れて)へへっ」
「それとこれ、音葉にやるよ」
音葉「えっ?」
夏「ガチガチ山の『うさきちみくじ』。今度は二枚とも、いいの引いちゃったから」
と、大吉のおみくじを一枚渡して。
音葉「ありがとう。おみくじをもらう前に、私にもいいことがあったね?」
夏「そうだな!?」
二人「あはははは」