第十話 013
○路地裏~船津登山道歩道橋
雨が降る中、路地裏にうつむいて立つ音葉の後姿。
夏「(息を切らして)お前、こんなところ探してもある訳――」
音葉「(背を向けたまま)ここにはもう二度と来たくなかった……」
「でも私にとってここは、夏と初めて出会った場所だから……」
[以下、音葉はうつむいたまま。表情は濡れた髪の毛で隠す]
――夏、ため息をついて。
夏「傘、忘れたのか? 朝の予報で、夕方に通り雨があるって言ってたのに」
と、手提げ鞄から取り出した赤い折り畳み傘を広げ、音葉の隣に立つ。
音葉「私、夏と喧嘩したから……また一からやり直したくてここに来たのかな……?」
夏「もういいんだ……日記、見つかったぞ」
音葉「……ありがとう夏」
と、振り返って歩き出す。
夏「(追いかけて)おい音葉!?」
音葉「むかしむかし、あるところに、中学2年生の内気な女の子がいました――」
夏「どこ行くんだよ!?」
と、音葉に傘をさしながら追いかけて。
音葉「3月も終わる頃、女の子はお婆ちゃんの家に遊びに来ており、1人で買い物に出かけました――」
夏「(神妙な面持ちで)……」
音葉「そこで女の子は知らない男性からしつこくナンパをされ、どうしたら良いのか分からなくて、その場で泣いてしまいました――」
夏「それって……」
音葉「するとそこに、赤い折り畳み傘を持った女の子が現れ、彼女は強引に手を取り、2人はその場から必死に逃げました――」
――歩道橋を上る2人。
音葉「歩道橋の真ん中で、女の子を助けた彼女は涙をこらえてこう言いました……」
と、真中で立ち止まって。
音葉「『泣いちゃダメなんだ』」
――優しい表情で振り返る音葉。
夏「……音葉」
音葉「それ以来、助けられた女の子はどんなに辛い時でも涙をこらえ、自分を変えようと目標を立て、少しずつ変わって行きました――」
「剣道ともう一度向き合ったり、誰かのために行動したり……」
夏「じゃあ音葉が変わるきっかけを作ったのってやっぱり……」
音葉「うん。中学2年生の立花 夏」
夏「……そうだったのか」
音葉「不思議ね……またこうやって2人で同じ場所に立ってる」
夏「ごめん音葉」
音葉「え?」
夏「ウチがあの時、『泣いちゃダメだ』なんて無責任な言葉を押し付けたから……」
音葉「(首を振って)あの言葉があったから私は変われたの……」
「夏が私たちにとって、本当に本当に大切な日記を諦めなかった」
「それなのに私は、終わったことだからもういいって……」
夏「(首を振って)ウチこそひどいことを言ってごめん……」
音葉「(震えた声で)……なつ」
夏「……ん?」
音葉「(涙をこらえて)私……、もう我慢しなくてもいいよね?」
「強くならなきゃってずっと我慢してきたけど……」
「(泣きながら)もう泣いてもいいよね……?」
――うなずく夏。
音葉「夏!!」
と、夏の胸に飛び込んで。
赤い折り畳み傘が後ろに落ちる。
——夏の服をギュッと握り、泣き叫ぶ音葉。
音葉の背中を優しくさする夏。




