幽閉
世界中のREO・STのプログラミングがハッキングされる事件だ。ハッキングした犯人は捕まり、メンテナンスを含め一時的にテレポーテーションが利用不可能になった。だが事件の重きはここではない。
その時REO・STで空間移動していた人びとが移動空間内に幽閉されてしまった。幽閉された人の数は全世界で4万人におよぶ。
モリーズマール社は膨大な損害額を支払い、REO・STの信用も地に落ちた。
だが人類はすでにREO・STでの移動を余儀なくされていた。環境汚染により外気中では遮断マスクなしでは5分と呼吸できなくなったいた。
ハッキング対策のとられたREO・STは信頼を取り戻し、また世界に普及していた。
だが幽閉された人びとを帰還させる方法は生み出されず、「遺族」となった人々は未だにモリーズマール社に抗議をしている。
幽閉事件から200年が経った24××年。
「遺族」も息絶え、幽閉事件は歴史上のひとつの事件でしかなくかった。
環境汚染は深刻化を増し、人類は町を「小屋」にした。外気の有害な空気を入れないために高く広いビニールハウスのように町を覆い、その中に清浄な空気を循環させることで人類は街を歩けるようになった。
小屋の外の世界は青黒くかすみ、雨は降らないため木は死に絶え地面は砂漠のように割れていた。
およそ250年の歴史を振り返ればこんなもんである。教科書に書いてある文面の横には写真が載っており、REO・STと発明者である高梨弘博士が映っている。この人の功績は偉大だ。この人がREO・STを発明していなければぼくは学校に通うこともできなかっただろう。
授業が終わり教科書を閉じた。先生が教室を出て行くところで呼びかけた。ひとつ気になったことがあった。
「先生、幽閉事件についてですが、犯人は4万人を殺害したことになりますよね。」
「そうだな、戦争以外でこの人数を殺害したのはこの犯人だけだろうな。」
「犯人は死刑だったんですか?」
先生は何故か悔しそうな顔をした。まるで捨て台詞のように一言だけ言って先生は歩き出した。ぼくには先生の言葉の意味がよくわからなかった。
校門の前には小さな行列が6つあった。これからREO・STで家に帰る生徒の列だ。先生がひとりずつ目的地を設定し慎重に扉をくぐらせていく。徒歩で自宅まで帰る生徒は少ない。この小屋の中に自宅がある生徒だ。僕の家はここから200km離れた小屋にある。徒歩では到底通学できない。REO・STがあれば海外へだってすぐに行ける。
僕の番になりREO・STの前に立ち、先生に名前を告げる。先生が目的地を設定し扉を開ける。学校からのREO・STを使用することの問題点は寄り道ができないことだ。でも家に帰って目的地をゲームセンターにすれば帰宅から10秒で行ける。誰もが家庭に一台はREO・STを設置し自宅からどこへでも赴ける。
「よし、大丈夫だ、気をつけて。」
先生が扉を開ける。扉の中は真っ暗な空間で、その先に自宅があるなんて思えない。子供の頃はこの暗闇に身を乗り出すことが怖くて仕方なかったのを覚えているが、僕ももう18だ。
扉の中に足を踏み入れる。少しザラザラとした感触がする。かまわず胴体を前に進める。目を閉じ扉を通り抜ける。
高城先生の最後の一言が気にかかる。
「まだ生きているそうだよ。」