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その時あなたは誰と、誰を想ってその時計を見る〜ダイスケ編

作者: 大橋 秀人

第二章 ダイスケ編

瞬くと、窓越しに見える月が雲間から顔を出し、あたりを白く照らし出した。

空気が冷たく澄んで、きっと夜空の星は綺麗に輝いているだろうとダイスケは想像する。

月があり、北極星があり、北斗七星がある。

オリオン座やおおいぬ座がそれぞれ自慢の一等星を存分に輝かせているだろう。

頭の中で雲の晴れた空に一つ一つ星座を置いていると、学習机の端に置かれた携帯電話が震えだした。

暫く止まないバイブに業を煮やして画面を確認すると、そこにはヒロトの名前が映し出されていた。

ディスプレイが留守番電話に切り替わる前にダイスケは通話ボタンを押した。

「いるなら早く出ろよ」

ヒロトは前置きナシにそう切り出す。

「お前今年タケシの家行くの? 行かないよな? 俺は行かないし。ってか行ける状況じゃないだろ?」

話し方に勢いのあるヒロトの言葉に圧倒されてダイスケは一言も喋らない。

「今が受験生にとって一番大切な時期だろ? そんなときに夜中に外出して風邪なんてひきたくないよな。な?」

「僕はいけないけど、なんでヒロトは行かないの?」

純粋な問いをぶつけると、彼は一転黙り込んだ。

「年末くらい帰ってくればいいじゃん。タケシの奴、楽しみにしてたよ」

「俺だって忙しいんだよ」

「何、もしかしてデビュー決まったとか?」

「いや、そんなんじゃないけどさ・・・」

「じゃあ何?」

俺だって忙しいんだよの一点張りで、ヒロトの口から具体的な理由は挙がらない。

「でもマサクニもお前も不参加だし、もしかしたら今年はタケシの家、家族水入らずで年越しになっちゃうかもよ?」

そんなことにヒロトはまじめな声を出す。

「それの何がいけないんだよ。むしろそれが普通だから」

「なんだよ、連れないな。年末年始は仕方がないにせよ。受験が終わったら必ず一度集まるぞ。 分かったな? きっとだぞ」

「ああ、分かったよ。ちゃんとヒロトも帰ってこいよな」

笑って言いながらダイスケは電話を切ると、再び視線を窓の外に向け、夜空の中に一等輝く星を探した。

そして彼は始まりが中学三年の時にまで遡るタケシの家での年越しを思い起こした。


はじめは確かにタケシの他に自分とヒロト、そしてマサクニの四人でパーティーを開いた。

暖房のないタケシの部屋の炬燵にポケットコンロを置き、凍えながら鍋をつついた記憶がある。

そして次の年にはレミが加わり、ヒロトの当時の彼女や何人かの女友達も参加した。

そのときにはファンヒーターが部屋を温めてくれた。

高校に上がると一気に年越しパーティーの参加人数が増えた。

全員が座ると部屋が満杯になるくらいだった。

それぞれが違う進路に進みながら同じ場所にいて、それぞれがそれぞれの友人を連れ込み、それぞれ近況を酔っ払いながら話したものだった。

その次の年、子どもが出来たタケシの家に呼ばれる友人は極端に減ったが、初期の三人は必ず声をかけられた。

毎年参加していた年越しパーティーに行きたくないわけではなかった。

でもダイスケには今年、どうしてもいけない理由があった。



それは今でも覚えている。

初めてタケシの家で年越しを迎えた日、近所の神社に初詣に出かけたときのことだった。

あの時も気温は零下に達し、空は雲ひとつなく、満天に星が煌めいていた。

飲み慣れない酒に酔った体が夜気に急激に冷やされ、駆け込むようにお焚き上げの輪に加わった。

背中に暖かみがだんだんと沁みて、ダイスケは思わず夜空を仰いだ。

それまでの彼は、星のことが好きでも嫌いでもなかった。

興味がなかったというのが正確だろう。

でも、その時見た【冬の大三角】に彼は思わず息を呑んだ。

「なあ、あれ分かる? 空におっきな三角形が出来てる」

夜空に吸い込まれる白い吐息を見ながらダイスケは思わずそう告げた。

「ああ、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、そしてオリオン座のベテルギウスを結ぶと【冬の大三角】になる」

隣で同じように空を見上げていたマサクニは当然のようにそう解説した。

「なにそれ、星座の話?」

「うん。正確には星の話。ぼくらが肉眼で見えるような星には一つ一つに大体名前が付けられているよ」

そういいながらマサクニは天を指差す。

「例えば君が三角といった三つの星の中で一番輝いている星があるよね」

ダイスケはその先を目で追う。

「それがおおいぬ座のシリウスと言うんだ。とっても有名な星だ。なぜならあれは太陽を除く恒星の中で一番明るい星だからね」

ダイスケは確かに満天の星空の中で一等輝くその星に目が釘付けになっていた。

「それに、シリウスは日本から肉眼で見れる星の中で一番近い星でもある」

「そうなんだ。どのくらい近いの」

シリウスを見上げながらダイスケは問う。

「たしか、8.6光年だったと思う」

「8.6コウネン?」

「そう、8.6光年」

ダイスケはその距離を想像も出来なかったが、頭上に光るただの星が急に名前を持ち、近い存在になったように感じた。

「シリウスか・・・」

彼は溜め息混じりにその名を呼ぶ。

「そう、シリウス」

「綺麗だなぁ」

その夜から彼は星に夢中になった。

光年とはどの程度の距離なのか。

恒星とは何か。

一等星とはどのくらい明るいものを指すのか。

目に見えない星が数え切れないほどあることも知った。

シリウスの名に由来する数々の物語を知り、その周辺を取り巻く星座に興味を持つことで、彼はいつしか星自体に関心を抱くことになっていった。

大晦日でのマサクニとのほんの数分のやりとり。

それがダイスケの運命の大きな転機となり、結果、彼は狭き門と十分理解をした上で天文学部への受験を選択したのだった。



理由ははっきりしている。

俺にはやりたいことがあるんだ。

だから今は勉強するときだ。

自分が進みたい道を進むために、今は勉強に全身全霊を注ぎ込むんだ。

夢への第一歩を踏み出すために。

とダイスケは確認するように胸の中で呟いた。

彼の頭上には、あの時と同じ【冬の大三角】が、変わることなく輝き続けていた。


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