―7―目覚めた君は。
ルディアは、いつものように自室で目を覚ました。
「ルディア! よかった! 起きたのね!」
「母様」
はっきりしない頭で、何故母様がここにいるのか分からなかったが、段々と昨日の出来事を思い出していった。母様はきっと心配してずっとついていてくれたのだろう、と理解する。
「そうだ……私。そうか」
ルディアは少年に術をかけた所まで思い出したが、そこから先、どうやって屋敷まで辿り着いたのかはどうやっても思い出せなかった。
「母様。私、どうやって帰ってきたの?」
「ユオンが連れて帰ってくれたのよ」
「ユオン?」
ユオン? 誰だろう。
ルディアは聞き覚えのない名前に首を傾げる。
「ユオンを知らないの?名乗ってないのかしら……。黒髪の男の子よ。貴女を呼んだっていう」
「あぁ。ユオンって名前なのね」
ユオンとは昨日のあの術をかけた少年の名前らしい、と納得した。
……あんな術をかけた後で動けたのかしら。
ルディアは、ベッドから降りて大きな伸びをした。
「もう大丈夫なの?何をしたかは知らないけど、昨日はだいぶ魔力を消費していたのよ」
「うん。大丈夫。まだ完全に回復はしてないけど、動いても問題なさそう」
母様を安心させるために、笑ってみせる。母様は、心配症だからね。
「あ。母様。今、その、ユオンは何処にいるの?」
「南棟の一番食堂に近い客間よ。さぁ、その前に着替えなさい」
ルイーゼに着替えを手伝ってもらってから、ルディアは南棟に向かう。
ショートカットルートの中庭を通っていると、見知らぬ男が立っていた。黄緑色の長い髪を三つ編みにした、オリーブ色の瞳の青年だ。普通でない独特の雰囲気のある人だ。
緑の髪に、緑色の目、それに……風の力。あの人はまさか……。
ルディアは、昔、地の精霊王から聞いたある人の特徴を思い出した。
彼もこちらに気付いたようで、微笑みながら近寄ってくる。
「貴方は……風の精霊王様?」
「はじめまして。ルディア嬢。よく分かりましたね」
にっこりと笑って風の精霊王は、ルディアの頭を撫でる。
「やっぱり。ベリルやリュシカと同じ感じがするもの。それに、風の精霊王は、全体的に緑色で常に笑ってるロリコンだ。ってベリルが言ってたわ」
かつて地の精霊王――ベリルが言った言葉を思い出しながら、ルディアはふと疑問に思った。
ロリコンってなんだろう?
「ははは。ベリルは次に会ったら微塵切りですね」
風の精霊王は、笑顔は笑顔でも、どことなく怖い笑顔でそう言った。
「ところで、ルディア嬢。水の精霊王が名を許したのですか?」
「うん! リュシカが名前で呼んでいいよ。っていってくれたわ!」
風の精霊王は、目を見開く。
七人の精霊王の中でも堅物ランクが最も高いリュシカが名を許すとは……。
精霊王の名を呼ぶことは、精霊王からの信頼の証でありとても名誉な事であると同時に、名を許される人は数少ない。
「ふふふ。そうですかであの彼女が……」
リュシカは中々人を信頼しないのでとても珍しい。
「? 何が可笑しいの?」
キョトンとしているルディア。
「いいえ、なんでもありませんよ。……ルディア・ファーラス。私の名を許しましょう。私の名は、ゼフィルスといいます」
それを聞いて、ルディアは一瞬ポカンとしたが、すぐ我にかえった。
「……え。ええっ!? いいの!? まだ出会って五分も経ってないと思うよ!?」
「いいのです。リュシカが信頼するものなら私も信頼できます。それに、貴方はユオンの恩人ですから。」
「はぁ……。そういうものなの?」
「そういうものですよ。では、私はこれでお暇しましょう。ユオンによろしく言っといて下さい」
そう言ってゼフィルスは何処かに消えてしまった。
ほんとうに風のようにつかめない人だったな。まぁいっか。頼れるお友達が増えたと思おう。
そう心の中で納得して、ルディアは南棟に入っていった。
ユオンのいる客間にいくと、部屋にはベッドに横たわって寝息を立てる彼以外は誰もいなかった。静かに近づいていって彼の顔を覗き込むと、やはり昨日のあの少年で間違いない。整った顔に、伏せた睫毛の影が落ちている。
綺麗な子だな。
ルディアは素直にそう思った。
突然彼が呻き出した。苦しそうな表情をして、汗をながしている。悪い夢でも見ているのだろうか。
ルディアは備えつけのクローゼットからタオルを出してきて、ユオンの汗を丁寧に拭いていく。
彼の額にかかる髪をどけようと、彼の顔を覗き込む形になったとき、唐突にユオンが目を覚ました。だいぶ顔が近い位置で視線が合う。
やっぱり綺麗な子だな。
彼の真紅の瞳をみて、改めて思った。
「…え。はぁっ!!?」
驚いて声を上げたユオンに苦笑する。
「おはよう。目が覚めたみたいだね」
ルディアは笑ってそう言った。