―6―当主の右目
どれくらいの時間がたったろうか。ルディアが黒い塊の元に行ってから約二時間。ついさっき、黒い塊は真っ白な光に包まれて崩れて行った。
白い光から感じるルディアの魔力に、ルイーゼは一安心した。
「終わった……のですか?」
風の精霊王に尋ねると、多分。と曖昧な答えが帰ってきた。
「あれはいったいなんだったのですか? そろそろ答えて下さってもよろしいのでは?」
アルスがイライラしているのを隠す事なく、風の精霊王に詰め寄る。
二時間の間何度もあそこに行こうとして、その度に風の精霊王に止められていたのだ。風の精霊王が心配要らないと言うからかろうじて従っていた。レジェルもルイーゼも、もどかしいながらも黙って見ていた。
「そうですね……彼に聞くといいでしょう」
風の精霊王がそう言って視線を移した先には、気を失ったルディアを抱きかかえた、黒髪の少年が立っていた。
「ルディア!!」
「ルディア様!!」
「大丈夫。魔力の消費が激しくて気を失っただけです」
そう言って、少年はルイーゼにルディアを渡す。
「貴女が側にいた方が彼女の回復が速そうです」
ルイーゼ腕の中のルディアのはかなり魔力を消費していたが、規則正しい寝息に安堵する。
「君は?」
どことなく冷たい口調で、アルスが尋ねる。
見たところルディアと年は変わらないふうな少年が、いったい何の関わりがあるのだろうか。
「僕はユオン。先程の魔力の暴走の源です。彼女には、暴走を止める手助けをしてもらいました。何の断りもなく、申し訳ありません。あまり放置しておくと周囲に害をきたすものだそうで……」
ユオンはそう言いながら頭を下げた。
「何?」
アルスは耳を疑った。ユオンは先程の黒い塊が、魔力の暴走だと言うのだ。魔力の暴走は、珍しい事例ではないが、あんなに巨大で、持続的なものは例がなかった。
そもそも魔力の暴走というのは、術師の感情の高まりが臨界点を突破した時に起こる魔力の大爆発の事で、大爆発というからには一瞬の出来事なのだ。二時間も続くのはおかしい。
また、臨界点は魔力の量に比例するので、魔力の高い術師が臨界点を突破する事はまずない。あれだけ巨大な魔力を持つのであれば、臨界点などそうやすやすと越えられはしないはずだ。
なによりもこの少年には、臨界点を突破するほどの感情の高まりがあったようには思えない。
だが、この少年は嘘は言っていないのだ。
アルスは顎に手を当てて深く考えこんでしまった。
ユオンはじっとアルスを見ていた。
これが英雄の末裔……。
大体考えているだろう事には予測がついていたが、それをどう説明したらよいものかと思い悩む。
それに、術で取り除いているとはいっても、あれだけの繊細で膨大な術を受けたのだ。ユオンは今すぐにでも眠ってしまいたかった。
深く深呼吸をして、再びアルスを見る。
え?
ユオンは目を見開いた。アルスの深い藍色だった右目の瞳が紅く変色し、更には虹彩にあたる部分が十字に裂けていたのだ。
「……レジェル。どう思う?」
アルスは、視線をユオンにむけたまま唐突にレジェル・ファーラスに問い掛けた。話を振られたレジェルも、アルスと同じように右目が紅く変色し、やはり虹彩が十字に裂けている。
「嘘を言っているようには思えません。それに、なにより謝罪の念と誠意がある」
「そうだな。わたしもそう見える」
ここに来て始めてアルスが、ユオンに優しい表情をみせる。それを見て、ユオンの緊張が少しほどけた。
確かに謝罪をしにきたのだが、誠意があるなどと言われたので、ユオンは少し照れ臭かった。
「とにかく、今日はもう遅い。君は疲れているようだし、話は明日聞こう」
アルスの言葉にユオンは安堵する。このままだと確実に途中でダウンしていたはずだろう。休んでいいと聞いた瞬間から、体中の力が抜けて行くのを感じる。
「部屋を取らせるから、そこで休みなさい。ご両親には何か言ってきたのかい?」
アルスの言葉に、ユオンは表情を曇らせる。
「両親に該当する存在は……死にました。二、三時間程前に」
ユオンは、困ったような、泣きそうな表情でそう答えた。
直後、何の前触れもなく意識を手放してしまった。
「と……おいっ!」
アルスはユオンを抱きとめる。突然過ぎたので、おおいに焦っていた。
「うわっ! 大丈夫なんかねこの子」
カルストが駆け寄ってきたので、託す事にする。
「だいぶ疲れていた上、緊張していたようだ」
「もともと限界だったその上に、あなたが威圧なさるから……可哀想に」
ルイーゼに言われて、アルスも少しやり過ぎたかと罪悪感を感じた。
「……両親が亡くなったって言ってましたね。これから行くところとか……あるのでしょうか?」
レジェルがユオンを見てぽそりとつぶやく。
強い子供だ。親がなくなった悲しみは、最後の一瞬までひとかけらも見せる事はなかった。
「とりあえず、明日話を聞こう。レジェルも、もう寝なさい。お前はまだ目に慣れていないから疲れるだろう?」
「はい。そうします。おやすみなさい」
そうして、ルディアの誕生日パーティーの夜は幕を閉じたのだった。