―4―夢の中
悲しい夢を見た。
そこでの僕は今よりずっと大人で、闇色に染まった空を見上げているんだ。
月がない。
星もない。
明かりがない。
光がない。
そんなとき、夢の中の僕はあの人の事を思い浮かべる。
僕に感情をくれた人。
いつかまた会えたら、今度は絶対にその手を離さない。
彼女との唯一の思い出の品を大切に抱きしめて、一筋の涙は暗闇に消える。
いつも夢はそこで終わって、目覚めの悪い朝がやってくるんだ。
この夢を見た後はいつも、無性にルディアに会いたくなる。
「ユ…ン…おきて」
「…ユオ…おきてってばっ!」
夢の影響か、ルディアが僕を起こしに来た幻聴まで聞こえる。
そんなはずはないのに……。
「もうっ! ユオン、早く起きてっ!」
「……え?」
ルディアの声が聞こえる……というか、目を開けたら目の前にルディアの顔があった。
彼女の長い金髪の一部がさらさらと耳元に落ちてくる。
「ええええぇぇぇ!!!??」
あまりの事に飛び起きた。
ファーラス家の屋敷でもこんな事はなかったからだ。
かなり絶叫してしまったが、音遮断結界のおかげで外にそれが漏れる事はなかったと思う。
「ルディア!? 何っでここにっ?!」
基本的に夜の九時から朝の七時までの間は寮の出入りを禁止されている。
そんなもん破るためにあるんだよという意見も理解できないわけではないが……。
普通初日に抜け出してくるか?
「来ちゃダメなの? ユオンがいないと私……こんなに寂しいのに……」
瞳を潤ませこちらを見上げる姿に心臓が跳ね上がる。
というか、今気付いたが……近すぎやしませんか?
「えと、あの、ルディア? 部屋に帰らないと……」
「いーやっ!」
言うと同時にルディアは抱きついてきた。
ルディア愛用のシャンプーの香りがする。
「わ、わがまま言っちゃダメだよ?」
と言いつつ、しっかりルディアを抱きしめ返している自分はちゃっかり者だと思う。
「じゃあ……ユオンが……キスしてくれたら、帰る」
「……はぁっ!?」
自分はこんなに高い声が出せたのかと驚くほどたっかい声が出た。
いつ何時も冷静にというのが父さんの教えだったが、これは冷静になれというのが無理だ!
いやいやいや待て待て待て。
うん。
これは夢だ。
僕はまだ夢の中にいるのだ。
そういう事にしよう。
夢なら何しても平気だよね?
キスくらい安いもんだよ夢だもんね。
でもさ、夢ならちょっと待てよ。
こんな都合のいい夢があるか?
いや、ない。
どうせ唇を合わせようとした瞬間にいつぞやのような邪魔が入って結局できませんでしたー!っていうのがオチだろ、どうせ。
ならば、どうすれば一番美味しいか。
それを考えるべきだ。
キスはせずに会話を引き伸ばし、腕の中にルディアがいるという状況を夢が終わるまで楽しみ尽くす。
こ・れ・だ!!!
「ねぇっ! キスしてくれないの? ユオンは……私の事……嫌い?」
うるうると涙目になるルディア。
溢れ出した涙をそっと指ですくう。
「そんなわけないだろ。大好きだよ、ルディア。でも、わがまま言わないで。部屋に帰りなよ」
と言いつつ、がっちり抱きしめて離す気などさらさらない。
うあっ、ルディア細っ!
「いやよ。私はここにいる! それに、わがままなんて言ってないわ。だって、私の部屋は……部屋は……」
そう言って腕の中のルディアは小刻みに震える。
ルームメイトと喧嘩したという設定なのだろうか?
「ルディア?」
「ぎゃはははははははは!!! もう無理限界っ!!!」
突然大声で笑い出したルディアにおもいっきり突き飛ばされた。
壁に頭をぶつけ、じんじんとする痛みにこれが夢でないことをおもい知る。
ルディアはというと涙を流して大笑いしながら、ドンドンと何回も何回も隣の寝台を叩いている。
「…………………は?」
明らかな変化に思考が追いつかない。
ルディアはひとしきり笑うとこちらをチラリと見て……
「ぶはっ!」
噴き出すと再び大笑いをはじめた。
ルディアはそんな笑い方しない。
ルディアではない、別人。
「ヒィー……ごちそうさま。三年越しでようやく大輪が咲いた! あはははっ」
「なっなんだお前!?」
「あら? 私の事、忘れちゃった?」
そう言われて思いいたったのは、昔一度だけ会ったルディアに瓜二つの少女。
「……ラン!?」
声が裏返ったが仕方がない事だ。
「ピンポーン。覚えていてくれて嬉しいわ」
ランは空間からナイフを取り出して、わけのわからぬまま口をパクパクしているユオンの目の前で長い金髪をザックリと切り落とした。
「マニュアル読んでないのか? 朝食は七時から! さっさといかないと席取れなくなるぞ」
ランは短かくなった髪を乱暴にかき混ぜる。
僕はというと、まだ整理がつかず、ただぼーっと切り落とされた金髪を眺めていた。
「あっれー? まだ寝ぼけてんの? 昨日自己紹介しただろ? 俺はランスロット・カーヴェント。あんたのルームメイト。ちなみに、ルディアのいとこにあたるよ」
ラン改め、ランスロットが怪しげな色の目薬をさすと先程までの金の瞳は一瞬で黒くなった。
「改めてよろしくね、ユオン君っ」
「ルディアの声を使うな……」
いろいろと繋がり、自分のおかれている状況を理解するとともに疲労と脱力から頭が痛くなってきた。
簡単にまとめると、ランスロットは女装するとびっくりするくらいルディアに似てるとさ。
「僕、お前嫌いだ……」
ルディアに化けたランスロットにしていた事を思い出し、羞恥と絶望で消えてしまいたい衝動にかられた。
己の浅はかさを呪う。
「やんっ、私は好きよ? ここまでからかいやすい人間にはじめて出会えたわっ」
ランスロットは身につけていたフリルのワンピースを恥ずかしげもなく脱ぎ捨て、男子の制服に着替えている。
「何なの? 何がしたいの?」
昨日していた黒縁の眼鏡を付け、ランスロットは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「俺をルディアと間違えてしまった絶望に苦しむお前の姿がみたかった。ちなみにコレは……」
奴が手にしているのは『ホログラム』用の特殊な鉱石。
まさか、撮られていたと言うのかっ!!?
一瞬の緊張が二人の間をかける。
「アルス叔父さんに売る」
「なに満足そうな顔してんだっ! 渡せそれ!!」
「やだね!」
それからしばらく、二人の争いは続いた。
やっとラン(スロット)の登場にこじつける事ができました!
五ヶ月も控え室に閉じ込めてしまって……ごめんよ、ランちゃん!
あと、報告が遅くなりましたが、Ⅳ章にレジェルの夏休み。後編を割り込み投稿させていただきました。