―3―ルームメイト
目の前にあるのは精巧な細工が施された大きな門。その先に学園の創始者ルシアの像が置かれ、それを中心に広い庭園が広がっている。
門の周りには好奇心旺盛な精霊達が新入生の姿を――もっというとルディア・ファーラスの姿を一目見ようと集まっている。
その様子が場を幻想的に彩っているが、それを視認できる者は数少ない。
同じ船に乗って来た新入生達は門など目に留めず庭先の荘厳な校舎に釘付けだ。
こんなところで足を止めるのは精霊が見えるものくらい。
たとえば僕らとか。
「綺麗……私たちにしか見えてないのね」
さすがのルディアも『精霊を視認できる者は極々少数である』という常識は知っていたようだ。
ファーラス家の使用人の大半がシルフとシルフィードを見る事ができなかったからだ。
「私がこうなったのは皆がお外にだしてくれなかったからよ」
ルディアは、僕の考えている事が分かったのか、そう言って頬を膨らませた。
その様子を見て安心する。
さっきヨウという人に会ったときは、明らかに様子がおかしかった。
彼女の本当の意味での作り笑いなんて、見たのははじめてだったから。
学園の敷地に入り、レジェルに軽く案内してもらった後、僕等は寮に向かった。
校舎に負けないくらい大きな宿舎は二つの棟に分かれていて、右が男子寮、左が女子寮と言う事らしい。
自室となる部屋に入って一番の感想。
広い。
さすがはバージェス家。
特別待遇棟なのだろう。たかが学生の部屋にしては広すぎるし、きらびやか過ぎる。
バスルームと、物置用の小部屋までついていて、プライバシー保護のための音遮断結界が張られていた。
そして無駄に装飾の施された家具達。
……誰かシャンデリアの必要性を説明してくれ。
「ここでコレから六年間の学園生活……ね」
個人的に、こういう派手なのあんまり好きじゃないんだよね。
あー、目が痛い。
一応窓の向かいはルディアの部屋になってるらしい。
というわけで無条件に窓際のベッドは僕がもらうよルームメイトさん。
彼女の部屋を見ると、どうやらルディアは荷物整理で忙しいみたいだ。
ちょこちょこと部屋中を駆け回っている。
女の子はいろいろ必要だからな。
僕はというと持ってくる荷物などそんなにないので片付けはとっくに終わり、早々に本の世界に入り込んでいた。
夜の八時を回った頃、誰かが扉をノックする。
扉を開けると、そこには緩い天パがかかった金髪の大人しそうな少年が立っていた。
黒フレームの眼鏡をかけており、瞳の色は漆黒。
少し機械油の臭いを纏っていた。
「君がユオン・バージェス? はじめまして。俺はランスロット・カーヴェント。今日からよろしく」
「よろしく。入りなよ」
差し出された手を軽く握り返し、部屋に招き入れる。
彼が僕のルームメイト。
そして、ルディアの護衛の一人。
第一印象はまぁいい方だ。なんせ危険色の要素がない。
「うっわー特室だ。さすがバージェス家」
鞄を下ろすと、ランスロットは部屋の間取りを確認しはじめた。
「なぁ。こっちの小部屋俺が貰ってもいいか?」
ランスロットが言っているのは、衣装部屋か何かに使うんだろう小さな部屋。使うつもりもなかったので、その旨を伝えるとランスロットは飛んで喜んだ。
「やった! ここを作業場にしよ」
そう言って彼は持ってきた荷物を小部屋に置くと、ユオンと向き合う。
「予定より遅かったな」
「そうなんだよ。途中でいろいろ足止め食らってさ」
それからしばらく、たわいない話をして過ごした。
彼ともう一人の護衛は西にあるシルバーヴィーズ公国から来たそうだ。
別名、発明と商業の国とも言われ、とても活気あふれる国だと聞いた事がある。
「聞いてるだろうけど、俺は『GAZ』構成員の一人。ルディア・ファーラス護衛の任を仰せつかってる。もう一人は、明日会えるだろ」
その後、明日は始めの儀もあるし、今日はもう休もうという事になった。
長旅の疲れもあったのか、ユオンはすぐに眠りに落ちてしまった。
だから、月光に照らされたルームメイトの怪しげな笑みに気付く事はなかった。