閑話 真実の手紙
ユオンの元を後にしたカルストはその足で執務室に向かう。
「うわぁぁぁっ!!」
途中、後方からユオンの叫びが聞こえてきた。さっき、すれ違いで彼の所に向かったマルタに捕まったのだろう。
にしても驚いた。冗談半分でからかいにいっただけだったんだがなぁ~。
『言い忘れてた。まぁ、ないと思うが寝込みを襲うとかすんなよ~』
『なっ! するわけ無いだろ!!』
俺は飛んできた枕を華麗にかわし、高笑いをしながら部屋を後にする……。こうなる予定だった。
まぁ、自分も人の事を言えた義理ではないのでこれ以上は何も言わないでおこう。
執務室には誰もいなかった。
それはそうだろう。今、大抵の使用人達はマルタが燃やした森の復旧作業か、地下でルイーゼとごぅ……………侵入者達から色んな事を聞き出そうと努力しているはずだ。
ユオンを撃ったという女以外の死者はなかった。
侵入者達は毎回洗脳系の術をかけて開放する。
そんな事をしているから敵はつけあがるのだとは思うが、ファーラス家の役割は仲介役。
その役割は繊細で、些細な亀裂から信頼が崩れ落ちてしまう可能性があるのだ。
今回にいたってはただ操られていた無関係の人の方が多く、対応にかなり手を焼いた。
「ユオンが不死……ね」
不死。
何をしても死なない者。
常識的に考えられない。
精霊王ですらいつかは消滅――死するというのに。
彼は死なない。心臓をうちぬかれようが、死なない。
驚きはしたが、それ以上に思う事があった。もし、俺の考えが正しければ……。
「カルスト。おそらく私は今、お前の心配事と全く同じ事を考えている」
「うおっ!! びっくりした!!」
誰もいないと思っていたら、アルスがソファーで仮眠をとっていたようだ。ちょうど見えない角度で、アルスの長い銀髪だけがソファーの肘かけから垂れ下がり、床でとぐろを巻いているのが分かった。彼は起き上がると大きく伸びをした。
「その眼ずるいって」
「何年一緒にいると思ってんだ。眼の力に頼らなくてもそれくらいわかる」
確かに、まだ眠そうなアルスの右目はいつもと同じ深い藍色。
「で? どうする?」
「どうするって?」
アルスは空間から白い封筒を取り出した。
それはよく見知った物。『白の賢者』が好んで使う封筒だ。
『賢者』からという事は、中身は多分……。
「何で、知ってんだよ。というかいつの間に? マルタが言ったのか?」
「いいや? まぁ彼女の様子がおかしいっていうのには気付いてたが、メインは弟君からだな。『兄の事ですから、どうせ抱え込みます。力になってやって下さい。』と、手紙がきたんだよ」
「余計な事を……」
俺がせっかく勘づかれないように感情を殺していたというのに……台無しだ。
「お前は知りたいか? それとも知らないままでいたいか?」
アルスの右目はみるみる紅く染まる。その様子を見るのは初めてではないが、いまだに慣れない。
「俺は知りたい」
「それがどんな真実でも?」
「知りたい」
しばらくアルスの紅い瞳が探るようにカルストを見る。カルストもまっすぐ見返す。
「もっていけ。私は中を見ていない」
差し出された封筒を受け取る。薄っぺらいそれは、何故だかとても重く感じる。
今日はもう休んでいいそうだ。大変な状況なのに、気遣いがありがたい。
「まぁ、あらかたの予想はつくがな……」
執務室を出るとき、アルスの小さな呟きが聞こえた。
カルストは足早に自室に向かう。
封筒の中身が気になった。一刻も早く開封したかった。反対に、封筒を手にしたことで中を見るのが怖くもなった。
頭の中で矛盾した考えをいくつも並べても、それでも最後にたどり着くのは『知りたい』という強い想いだけ。
自室に入ってすぐに、ためらう事なく封を切る。
震える体が一枚の紙切れから読み取った真実は――重くはあるが喜ばしく、つらいけど幸せで、悲しくとも嬉しく――そして、予想通りのもの。
説明しきれない複雑な感情が涙となって零れ落ちた。
――― ― ――― ― ――― ―
やらなければならない事が一区切りついたマルタは自室に向かっていた。
まだまだ仕事は残っている。主に自分が燃やした森の復旧などなど……。
またやってしまいましたわ……。周りの人の優しい言葉が身に染みいりますわ……。
誰もマルタを責める事はなかった。こちらは申し訳ない気持ちでいっぱいなのに。
だからマルタは人一倍働いた。
責任を感じていたから。
それでも自室に向かうのは、何故だか分からないがそうしなければならない気がしたから。
一度シャワーを浴びたいと思っていましたし丁度いいですわ。
自室に入り灯りをつけようとすると、強い力で腕を引かれ抱きしめられる。
驚きはしたが、どうせこの部屋のもう一人の主、カルストだろう。
「カルスト。どうしましたの? 邪魔ですわ」
「……」
いつもならここでわざとらしい甘い言葉を囁いてくるというのに、今日に限って無言だった。
「カルスト?」
予想外の事に少し不安を覚える。
暗くて彼がどんな表情をしているのか分からない。そのことが更にマルタの不安を煽った。
マルタは再び灯りをつけようと手を伸ばす。
「つけるな」
彼らしからぬ弱々しい声。めずらしい事に驚くいて彼を見上げる。彼は若干震えているような気がした。
「……まさか、泣いてますの?」
返事はなかった。代わりに腕の力が強まる。
「ユオンの熱ならもう下がりましたわよ?」
カルストもずっと気にしていたからその事かと思ったが、彼の声は聞けなかった。
「カルスト……?」
それから何を言っても返事がないので、マルタは闇色の髪をもてあそぶ。
カルストの髪をいじるのは好きだった。手からこぼれ落ちる黒髪はムカつくくらいサラサラで、女として嫉妬してしまう。
羨ましいですわ。私もこんな髪ならよかったのに。
伸ばしたらきっと綺麗だと思うのに、カルストはいつも『髪伸ばしたらマルタに女装させられそうで怖い~』とかなんとかい言って、伸びたらすぐに切ってしまうのだ。
……何故女装させようとしていた事がばれたのでしょうか?
ユオンもこんな髪をしてますわね。サラサラで、夜の闇を連想させる漆黒で。
本当に、いい所が似てくれたと思いますわ。