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第32世界  作者: 閃夜
Ⅳ 『アーヴ』の奇襲
41/47

―5―まぁこうなりますよね

 『アーヴ』の奇襲から数時間後。夜が明けて、朝になった。


 ユオンの怪我はすでに跡形もなく完治していたが、四十度近くも発熱した。


 さすがに心臓貫通はこたえたかな。


 でも生きてる。

 ちょっと笑えた。


「笑い事じゃありませんわ!!」

と母さんに怒鳴られ、ベッドに縛り付けられてしまった。

 比喩ではなく、本当に縛りつけられた。


 特に気だるさもなく、普通に起き上がれるし活動もできるのだが

「お願いだから、ちゃんと休んでっ!!!」

と、ルディアに泣かれてしまってはじっとしているしかない。




 それでもただ寝てるだけ、というのはやはり飽きるもので、上半身を起こして本を読みはじめる。


 じっとはしているからいいよね?


 しかし、母さんとルディアに再び怒られ、本を全て取り上げられてしまった。

 本を取り上げられてしまってはひとたまりもない。


 「大丈夫だよ」と説得していたら、父さん登場。


「寝てろ」


 いつもの軽い調子の父さんは何処に言ったのか、ドスの効いた真剣な声音で厳しく言いつけられた。

 たった一言しか発さなかったが、眼が……眼が据わっていて頷くしかできなかった。



 父さんにまできつく言われたのでほんとに寝てるしかない。


 ただ体温が高いだけで、他はなんともないんだけどなぁ。


 首を狩ろうが、自身を切り刻もうが、死なない自信がある。



 しかたがないので、ぼーっと天井を見つめる。


 使用人達がバタバタと忙しそうに走り回る足音か聞こえる。

 同じように、時々悲鳴のような声がどこからか聞こえてくるが……きっと気のせいだろう。

 おそらく全く関係ないだろうが、昨晩、ルイーゼが侵入者達を連行している時に「その人達、どうするの?」ときいてみた。

「本当に聞きたい?」

と怪しげな笑みを浮かべられてしまったが、僕は首を横に振ったので何も聞いていない。


 きっとあれだな。

 この悲鳴みたいな音は……。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 音は………。


「ギャァァァァァァァァァァァア!!!!」


 ……。










 ところで先日八歳になったルディアは、最近リンゴを剥けるようになったらしい。

 彼女はユオンのベッドの側でショリショリとリンゴの一本剥きをしていく。

 果物ナイフを小さな手で持ち、一生懸命にリンゴを剥く姿は愛らしい…………はずなのだが、所々危なっかしくて、とてもそんなふうには見てられない。


「ルディア……僕がやるから、それかして?」

「ダメッ! ユオンはちゃんと休んでっ!」


 可愛く睨まれると逆らえない。


 こんな事ならさっき何が食べたいかと聞かれたとき、リンゴではなくてミカンと言っておけばよかった。

 いや、それよりもバナナだ。

 バナナがいい。

 あれなら手間いらずだ。

 指を切ってしまわないかハラハラしながらルディアの手元を見つめる。



 その後、無事に切り分けられたリンゴは皿に並べられた。


 美味しくいただいていると、ルディアが心配そうにのぞき込んでくる。


「ほんとに、大丈夫なの?」

「うん」

「痛くない?」

「もう治ったよ」

「でも、熱があるんでしょう?」

「これくらい平気なんだけどな……」


 僕に一般基準は通用しない。

 心配される必要はない。


 心配されるべきなのはルディアだ。

 今日の彼女は元気がなく、いつも悲しそうな顔をしている。

 時々笑顔をみせるけど、無理して笑ってるのは一目瞭然だ。


「ごめんなさい、私のせいで」

「なんでルディアがあやまるの? ルディアは何も悪くない」


「狙われたのは私だもの……私のせいである事に変わりないわ」


 ルディアは、アルスから『アーヴ』の存在を聞かされた後だった。


「何度も言うけど、ルディアが気にする事は何もないんだ。怪我だって僕の油断が招いた事。すでに完治してるし、問題はないよ」


「……」


 俯いて黙り込んでしまった彼女に、ユオンは何かを感じた。

 思いつめているのではないかと心配になった。


 だけど、彼女を前に何を言えばいいのか……言葉が思い浮かばない。






 しばらくすると、ルディアはソファーで眠ってしまった。

 昨晩はほとんど寝ていないから疲れたのだろう。

 そうでなくても彼女は、必ず六時間の睡眠をとらないと次の日うとうとしてしまうのだ。

 健康的すぎる。


 何か上に掛ける物はないかと辺りを見回していたら、部屋の扉が開いた。

 入ってきたのは父さん。

 一時間おきに母さんが様子を見に来ていたが、父さんがやってきたのは久々だ。



「大丈夫なのか? 熱は?

……だいぶ下がったな。まったく……心配させやがって」


 かなり心配してくれているらしい。


「夕食はここに持ってくるからしっかり食べること、あと――」


 今日は、言い方から喋る内容、雰囲気まですべてが真面目で、こちらが少し緊張してしまう。

 というか、あなた本当に父さん(カルスト)ですか?

と尋ねたくなる。


「ユオン。聞いてるか?」


「え? うん」


「じゃあ、今俺がなんて言ったか言ってみろ」


「自分を大切に、でしょ?」


 父さんは僕の言い方が気に入らなかったのか、大きなため息をついた。


「本当に分かってるのか?」


「分かってるよ。気をつけるようにする」



「……ぜったいだぞ?

 次こんな事があったら、またマルタが泣く。

 ……見ろ。南側の森が焼け野原だ」


 父さんがカーテンを開けると、黒焦げになった森があらわになった。


 母さんは炎属性の術者で、魔力の暴走を引き起こしやすい体質なんだそうだ。


 だから母さん、そこのカーテン開けなかったんだ……。



「俺だってユオンが撃たれたと聞いて目の前が真っ白になった。生きていると聞いた時の気の抜けようを語ってやってもいい。


 お前に何かあれば、俺達は心臓を鷲掴みされたような気持ちになるんだ。


 これからだってそれは変わらない。

 たとえお前が不死だとしても、それが頭では分かっていたとしても、だ。

 俺達は心配するし、お前がいなくなるんじゃないかと恐ろしくもなる。


 ユオンにとって些細な事だとしても、俺達にとっては一大事なんだ。


 それをまさか『どうせ死なないから』の一言で片付けるつもりなのか?」


 蒼い瞳が真剣味を帯び、まっすぐにユオンを見つめる。

 その瞳からは静かな怒りが伝わってきた。


 僕は大事にされてる。


 心からそう思えた。



「………ごめんなさい……」



 実際に『どうせ死なないから』と考えていた僕は、まともに父さんの顔を見る事ができなくなった。

 己の浅はかな考えに嫌気がさす。


「分かればいい」


 優しく頭を撫でられる。


 泣きそうになった。







「ユオン。ちょっと端よれ」

「え?」


 気がつくと、父さんはルディアを抱えていた。

 移動した気配がなかったので少しびっくりした。


 父さんは僕の隣にルディアを寝かせ、そのまま部屋から出て行こうとする。


 ん?

 あれ?


「あ、ちょ、父さんっ!」


 父さんは、ニヤリとした顔で僕を見て、扉を閉めた。

 足音が遠ざかっていく。



 え?

 ええっ!?


 僕がルディアを好いていると知っての所業か!?


「た、たちが悪い……」



 それよりも、ルディアが横にいる。



 しばらくじぃーっと観察する。


 こ、これは父さんが隣にルディアを置いてっちゃったから、

僕が寝る為にはどうしてもルディアの顔が視界に入っちゃうから、

つまり何が言いたいかというと不可抗力万歳!!


 とりあえず頬をつついてみる。


「ん〜」


 彼女は、嫌そうに顔をゆがめた。


 小さな手をいじっていると、キュッと握られる。

 か、か、か、か、かわいい!

 これはかわいい!!



 ルディア、大好きだ。



 眠っているのをいい事に、ユオンはゆっくりルディアに顔を近づけていく。





 あと、二センチ………。





ガチャ

「言い忘れてた。まぁ、ないと思うが寝込みを襲うとか……」




 開く扉。

 開けた人、養父。

 僕、ルディア(睡眠中)に覆いかぶさる体勢。

 唇、あと一センチ。





「あ〜……なんでもない。

 父さんはなんにも見てないぞ〜。

 ませガキが、とか思っててもアルスに告げ口しようなんて微塵も考えてなかったりしなかったりなかったりするからな〜」

パタン


 扉が閉まる。

 再び遠ざかる足音。

 しかもスキップ。



 ……さすが父さん。まったく気配がよめなかった……。





「父さん!!!」


 慌てて廊下に飛び出すと、突き当たりを曲がる(カルスト)が見えた。

 追いかけて角を曲がると、正面から誰かにぶつかってしまった。


「すみま……あっ!」


 ぶつかった相手は母さん(マルタ)だった。


 なんて運のない……。


「ユオン!!! 休んでなさいと言ったでしょう!?」


「いや、これには深い訳がっ!!」

 話す事もできない深ぁぁい訳が!!


「言い訳は聞きませんわ!! ほら、部屋に戻りますわよ」


 母さん力強っ!!

 担ぎあげられ、逃げられない。


「うわぁぁぁっ!!」



『告げ口しようなんて微塵も考えてなかったりしなかったりなかったりするから』って――どっちなんだよ!!??


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