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第32世界  作者: 閃夜
Ⅳ 『アーヴ』の奇襲
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―4―闇と光

 ルディアの悲鳴を聞き、最初に駆けつけたのはアルスとルイーゼだった。

 二人が部屋に入って目にしたのは、狂ったようにただ叫ぶルディア。


「ルディア!! 落ちつ……ユオン!?」


 二人はルディアの視線の先で血を流して倒れるユオンに気がつくと素早く手当にとりかかろうとした。が、息のない事を確認すると目を見開いて動かなくなる。

 

 左胸……銃弾が心臓を貫通している……だが、これは……。


 アルスは、ファーラス家の当主に受け継がれる特殊な右目でユオンを見る。

 紅く変色し、虹彩が十字に裂けたその瞳は真実を映すのだ。


 実際何が見えるのかというと、それは『(ウィング)』だ。


 生物は必ず『翼』を持っている。

 人の場合は鳥の羽のような『翼』。

 精霊の場合は虫の羽のような薄い『翼』。

 木々や虫、鳥や魚、魔物も『翼』を持っているが、あるものは触覚、あるものは角のような形と多種多様だ。

 とりあえず人と精霊が羽の形状をとっているので、『(ウィング)』と呼んでいる。


 それは普通の人には視認できない。


 もし『翼』が誰の目にも映る物なら、人類は翼人、精霊たちは妖精と呼ばれていただろう。

 『翼』は特殊な瞳を持つファーラス家の当主――アルスとレジェルだけが認識できるものなのだ。


 『翼』はその人の持つ魔力の属性や大きさを表していて、濃い赤色だったり、淡い青色だったり、大きかったり、小さかったり十人十色だ。

 まだ『翼』から判る事は色々とあるが今は割愛する。


 とにかく、前提として『(ウィング)』というものは生物しか――生きている物にしか存在しないのだ。


 それなのに、目の前で死んでいる――生ける者でないはずのユオンに『翼』が見えるというのは……?


 それはありえない事。


 しかし、アルスの人生でこの奇怪な瞳が偽りを映した事はなかった。

 アルスは丁寧にユオンの体から銃弾を抜き取り、光魔法『治癒』をかける。


 先ほどまで次々と飛んでいた『伝心』はパタリと止んでしまった。

 侵入者達は引き上げたのだろう。


 迂闊だった。

 外の陽動に踊らされたらしい。

 アルスもまさか地面を掘ってくるとは思わなかったのだ。

 ここらは深い樹林の中央部なので根が邪魔して穴なんかそうそう掘れない。

 それに、屋敷の地下一帯は硬い岩盤でできている。


 それを抜けてきたというのか?


 気になる事はまだある。

 『伝心』では四人という報告だったのに、この部屋には明らかに五人の侵入者が転がっている。

 どういうことだ? 

 優秀なファーラス家の使用人がそんな些細なミスをするとは思えない。


 『治癒』をかけながら、アルスは先ほどユオンの体内から摘出した銃弾を見下ろす。

 それにはとても小さな魔方陣がぎっしりと掘り込まれていた。


 なるほど。

 バルコニーの女。

 あの女が己の持てる魔力をすべてこの弾丸一つに集め、その状態でここまでやってきたのか。

 正気の沙汰とは思えない。そんな事をしたら普通死ぬ。

 魔力がこもった弾丸は、ルディアの部屋にかけてあった強力な『結界』を破き、屋敷を取り巻く『結界』は女を認識できなかった……。


 これは対策が必要だな。



「ルディア! 大丈夫。大丈夫だからっ」


 ユオンに『治癒』をかけるアルスの隣で、ルイーゼが叫ぶルディアを抱え込み、落ち着かせようとしていた。

 ルディアの取り乱し方は魔力の暴走を引き起こしてしまいそうな勢いで、ルイーゼが必死に押さえ込もうとしている。


 かつてユオンが引き起こした魔力の暴走では、半径数十メートルの大穴が空いた。

 樹林の一部が綺麗な円形を描いて切り取られたのだ。

 もし周囲に人や集落があったら、と思うとゾッとする。


 今ここでルディアが魔力の暴走を起こしてしまえば、私達や屋敷は壊滅だろう。



「ユオ…が、ユオンがルディアのせいで! 私がいなければ、ユオンがこんな……こんなっっっっ!!」


 瞳孔が開き、狂ったように叫んでいるルディアの様子は悲痛としかいえなかった。

 とても見ていられない。


 こうなる事は分かっていた。

 だからアルスは、ルディアには何も教えず、彼女の知らない所で事を終わらせようとしていたのだ。

 

 不意に、アルスの手元が揺れる。



「!」



 やはり、アルスの右目は正しかった。


 ユオンがむくりと起き上がったのだ。


 ユオンは、生きていた。

 そういえば、彼は殺しても死ななかったからユアン・アレイドに預けられたのだった。それでも驚きは隠せない。


 ユオンはルディアを覗き込む。



「僕が、どうしたの?」




「ユオンが……ユオンが……ユオン? え……」


 ルディアは混乱した。 

 真紅の瞳が――もう二度と見る事はできないと思っていた双眸がルディアを映していたのだ。


 夢だと思った。

 叫び疲れた自分は意識を失ってしまったのだと思った。


 夢の中ででもいい。

 ただ謝りたかった。


 ルディアはルイーゼの腕から抜け出し、ユオンにしがみつく。


「ユオンっ! ごめんなさい! ごめんなさいっ!! ルディアのせいでっっ!! ごめんなさい、ごめんなさい……」


 何度も何度も『ごめんなさい』を繰り返した。


「ル、ルディア、落ちついて。僕は大丈夫だから……」


「大丈夫なわけないっ!! 血が、あんなにいっぱい……痛かったよね? ごめんね、ルディアが悪いの。ルディアのせいなの。ルディアが、ルディアが、悪魔だからっ。

ルディアがいなければっっ」


「ルディアは何も悪くないよ。ごめん、怖い思いをさせて。

もう、あんまり死なないようにするから……」


 夢の中だと思っているルディアは、ユオンの言葉の異様さに気付かない。


「ユオン! 大丈夫なのか!?!?」


 アルスがユオンの脈を診たり、熱を診たりしているのを、ルディアは不思議に思った。


「あとこれくらいなら、数時間で治るし」

「これくらい、じゃないだろう!!」


 怒鳴られて、ユオンは目をパチクリしている。

 アルスはユオンの態度に呆れたのか、ため息をついた。


「ともかく、生きててよかった。あと、ルディアを庇ってくれて、ありがとう」




 生きててよかった?

 今、父様、生きててよかったって言った?

 生きてて……?


 これは夢じゃないの?


 三人が目の前で何かを話しているようだったが、夢か現実かの境がついていないルディアの耳には全く音がはいってこなかった。


「ともかく、侵入者の後片付けをしないと……二人ともユオンの部屋に行ってなさい」


 ユオンがコクリと頷いて片方のピアスに触れた。


 気が付くといつの間にかそこは、ユオンの部屋だった。



 とりあえず、ユオンが生きている事を確認しようと震える手をのばす。ユオンの頬をつねると「痛いなぁ」と、彼は微笑んだ。

 手に吐息がふれ、少し安心した。


「僕の心配してくれるんだ。

やっぱりルディアは優しいね」


 大丈夫なのかを聞きたかった。

 生きていてくれて本当によかった、ということを伝えたかった。 

 やっぱりまだ謝り足りなかった。

 御礼も言わなければと思った。


 こんなに言いたい事があるのに、声にならない。

 震えて、舌がうまく回らないのだ。


「あれ? 言わなかったっけ? 僕は死なないんだよ?」


 口をパクパクしているルディアを見て、ユオンはルディアが驚きのあまり言葉が出ないのだろう、ととったらしい。


 

「まぁ、一度死んだ人間が動いてるんだから驚きもするよね。


……怖い?」


 ユオンは笑っていたけど、それはどこか悲しげだった。


 まだ声は出せなかったから、ルディアは首を横に振った。

 怖くなどはなかった。

 

 ユオンは安心したように顔を緩ませる。



「僕はルディアと一緒にいれて幸せだよ? それに、アルス様もルイーゼ様も屋敷の人も、みんなルディアを心配してる」


 いきなり何を言い出すのか。

 ただでさえ気が動転していたので考えが追いつかない。





「『あなたを心配してくれる人、あなたがいてくれて嬉しい人がこんなにいるのに、いなければよかった。なんて、言わないで?』」




 ルディアは、ハッとした。

 混乱していた思考は急激に落ち着きを取り戻す。

 それは、いつの日かルディアがユオンに贈った言葉だった。


 にっこりと、いつもと変わらない笑顔を向けてくるユオン。

 

 溢れる涙を止める術はなかった。






 再び泣き出してしまったルディアをユオンは優しく抱きしめ、軽く背を撫でる。


 あの日とは立場が正反対だ。


 あの時はおとなびて壮大に見えた彼女が、今は随分と小さく弱々しく見える。


 こんなルディアは見たくない。心が痛むから。


 もうこんな思いはさせない。

 もっともっと強くなって、今日みたいな失敗は二度と起こさない。


「大丈夫。大丈夫だよ、ルディア。ルディアは絶対に僕が守るから」


 それが、僕にできる事。

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