―3―その日のルディア
ガラスの割れる大きな音と、強い衝撃でルディアは目覚めた。
「ふっ!? な、なに? くるしっ」
誰かがルディアに覆いかぶさっているのだ。突然の事にルディアは恐怖する。
その誰かの腕は、ルディアをしっかりと抱きしめる。正直、締め付けられ苦しかった。潰れそうにもなった。
それがユオンであるという事に気付いたとき、ルディアの中の恐怖は驚きに変わった。同時に少しの羞恥が生まれる。
「ユ、ユオン!? どうしたの? というか、重いっ! 潰れちゃうぅっ」
どかそうともがくが、寝具の上から押さえつけられては思うように体が動かせない。
な、なんなの?
ルディアはユオンの突飛な行動に思考が追いついていなかった。
少し顔を動かせばユオンの端整な顔が視界に入る。
あれ?
ふと、ルディアは謎の違和感に悩まされた。
おかしい。
おかしいのだ。
何かが足りない。
本来あるべき何かが。
分かるような、
分からないような、
分かりたくないような。
ルディアは気付きたくなかった事に気付いてしまった。
耳元にユオンの唇の温もりを感じる。わずかな触れ合い。
それだけ。
唇の温もりは感じるのに、吐息の温もりがない。
ユオンは息をしてない。ユオンの体は、呼吸をしていなかったのだ。
「ユオン? ユオン!?」
よびかけるが、返事はない。
ユオンの体を押すと、かすかに鉄の匂いが鼻をつく。
血?
戦慄がはしった。震えが止まらなくなる。
風魔法でユオンの体をどかそうとするが、動揺してうまく術を発動できない。こんな事はじめてだ。
ルディアはなんとかユオンの腕から抜け出し、そして部屋の惨状に気付いた。
「な、なに?これ」
入り口付近で倒れる四人の見知らぬ男。バルコニーではユオンの愛刀が左胸に突き刺ささっている見知らぬ女。血に濡れたバルコニーを、洗い流すかのように激しく打つ雨。
そして、ルディアを抱きしめていたユオンの背中には、黒々しく流れる血。
それはルディアの寝具を赤く染めていった。
「ユ……オ…ン? ねぇ? ユオン!」
ゆさゆさと揺さぶるが、やはり反応はない。
不意に小さな物音がルディアの耳に届いた。バルコニーの方からだ。
ゆっくり視線を移すと、苦しそうに荒い息をする女と目があう。女の憎しみのこもった瞳がしっかりとルディアを捉えた。明らかな悪意に圧倒され、ルディアは息を呑む。
「悪魔め……」
女はそれだけ言うとピクリとも動かなくなった。
雨音だけが部屋に響く。
部屋の前で気絶している四人の男。
バルコニーで息耐えた女。
女の手には一丁の銃。
倒れるユオン。
背中の銃痕。
血。
その先は……。
――『悪魔め……』――
「……ルディアのせい?」
ルディアとて馬鹿ではなかった。これだけの状況証拠があれば、撃たれそうになったルディアをユオンが庇ったという事実は明白だ。
それに、女はルディアを悪魔といった。
ルディアがいたから、ユオンがこんな……。
おさまらない震えは、ルディアの思考をどんどん暗い方に導いていく。
あの人、私を悪魔って言った……ルディアが、悪魔だから、だから私を殺そうとしたの?
だから、父様と母様は外に出ちゃ駄目って言ってたの?
お外の人はみんなルディアが嫌いなの?
ルディアが、悪魔、だから?
ルディアがいたから襲われた? ルディアがいたからユオンが死んだ?
ルディアがいたから……
ルディアがいたから……
結論。
それはつまり、
「ルディアがいなければ、こんな事にはならなかった?」
堰を切ったように流れだした涙は、ルディアの頬を静かに濡らしていった。
―――嫌
目の前で力なく横たわるユオン。視界が歪む。
―――いや
鉄の匂いは、割れたバルコニーの窓から入ってくる雨の匂いと混ざり合う。
―――イヤ!
おぞましい匂いのなか、歪んだ視界が写したのは、真っ赤に染まるルディアの手だった。
止まらない震え。
吐き気も覚えた。
頭の中でグルグルと回るのは、女の死に際のセリフ。
――『悪魔め……』――
ルディアの叫びは、雷鳴にかき消された。