閑話 レジェルの夏休み。前編
閑話です。
注意点
・ユオン君が酷い事言います。
・(安定の)ゼフィルス涙目
くらいです。ではでは。
とある夏の日のこと。
レジェルは学園の休暇でファーラス家に帰省していた。
可愛い妹ルディアと、最近やってきたユオン。
帰省するとレジェルは幼い二人と遊んであげるのが当り前になっていた。
はじめは慣れなくて緊張気味だったユオンも最近ではだいぶ砕けてきた。
少々生意気な所もあるが、レジェルは弟ができたみたいで嬉しかったりする。
「うー……あづいー……。シルフィードォ……風ちょうだいぃ〜」
木陰でぐったりと転がるルディア。
長い金髪は高い位置でお団子にされ、青いノースリーブに短パンを合わせている。
「まったく。高位精霊をこんな使い方するのはここのガキ共くらいだ!!」
シルフィードは文句を言いながらも、魔力を練っている。
「食らえ『突風』!!」
ゴォオオ!!
『突風』がルディアを襲う。
あまりの強風に、木にしがみつくルディアの体は地面と並行になって浮いた。
「きゃーーーっ!!」
恐がって叫んでいるのかと思いきや、ルディアは至極楽しそうに笑っている。
「きゃはははは!! もっともっとーー!」
うん。楽しそうで何よりだ。
しかし、シルフィードの『突風』のせいで辺りの木々の葉が散ってしまい、木陰が消失してしまった。
これはいけないね……。
数分後には、レジェルに正座させられるルディアと、隣でシルフに正座させられるシルフィード。
それぞれの兄に怒られる二人を尻目に、ユオンが木に魔法をかけて元の状態に戻す。
ファーラス家ではよくある光景だ。
「あらあら、何をやってるの?」
屋敷から母様が出てきた。
正座させられているルディアとシルフィードを見て、また何かやったのかと笑っている。
「母様。いえ、度のすぎた遊びを叱っていただけです」
「またなの? ルディア、あんまりレジェルを困らせてはダメよ?」
「うぅ……ごめんなさい……」
ルディアも反省しているようだし、良しとするか。
「いい子ね。
さて、そろそろお茶にしましょうか。美味しいお菓子をいただいたの」
「お菓子っ!?」
一番に食いついたのはシルフィードだった。甘い物好きな彼女は目をかがやかせている。
「あっ!! こらシルフィード!! 我等は駄目だぞ!!」
「気にしなくていいのよ? シルフとシルフィードもいらっしゃい」
「いや、今から仕事が……。
我等はゼフィルス様を大捜索しなければならんのだ……」
「はぁぁ!? またどっか行ったのか!?」
風の精霊王ゼフィルスは放浪精霊王として有名だ。
風属性なだけあって、見つけるのも捕まえるのも一苦労で、風の精霊総出で世界中を探し回るらしい。
「そう、残念ね。
じゃあ、三人はしばらくしたらサンルームにいらっしゃい。
用意しておくから」
そう言って母様は再び屋敷に入っていった。
「お菓子ぃ〜〜」
「文句ならゼフィルス様に言え」
がっくりとうなだれるシルフィード。
少し可哀想になった。
嘆くシルフィードの側で、ユオンは何かを考えているようだった。
彼は無言で自身に『結界』を張ると、空に向かって一声。
「ゼフィルスー」
突如、キラーンという効果音と共に南の空からものすごいスピードで謎の物体が近づいてくる。
まっすぐユオンの元に飛んできたそれは、ユオンの張った『結界』にへばりついた。
「呼びまちたかユオン!!??」
紛れもなく風の精霊王ゼフィルスだった。
「「「「………………え?」」」」
「うざい、死ね。寄るな。死ね。どけ、このボケカス。死ね。朽ちろ。死ね。消えろ……」
唖然とするレジェル達を他所に、ユオンは無表情に無表情を貼り付けて無表情を掛けたくらいのウルトラ無表情で精霊王を罵倒する。
「ほら、見つけた捕まえた。
まったく。
こんな危険物質を野放しにしたら駄目だろ。
次からは首輪でもつけとい……あ、いや、いっそのこと釘で壁に刺しといて?
昆虫標本の如く。
それで飾り物にしとけばいいよ。
作品名は『先代精霊王の亡骸』でよろしく」
ユオンは『今日のデザートはプディングでよろしく』というような軽い口調で、おぞましい事をサラリと言ってのけた。
確認するが、この世界で最も偉いのは土炎水木風雷無を司る七人の精霊王達で、目の前のゼフィルスはその一角を担う精霊王の一人だ。
しかも、ココには風の精霊王を敬信対象とする風の精霊が……。
レジェルは、おそるおそるシルフとシルフィードの方を見る。
「そうしたいのは山々だが、我等は元々実体を持たぬからな」
「交代で見張るか、くたばるのを待つしかできないんだ」
ずっこけそうになった。
期待していた訳ではないが、もっとこう……何というか、別の言葉を待っていた。
「ユオンはユオンで、ものすごい事を言ってるけど、シルフとシルフィードはそんな事言っていいのか?」
「精霊は嘘をつけないからな」
「心の底からの本心だ」
という事らしい。
「酷いですねぇ……。
んまっ!! ルディア嬢!! ノースリーブとはなんとも!! しかし!! それには膝上丈のスカートの方が「ほ、ろ、べ」
ユオンに踏まれ、ゼフィルスの頭部は地面にめり込んだ。
「同じ緑色でも葉緑体の方がお前よりはるかに仕事してるよ。
でっかい図体して葉緑体以下とか、失笑ものだな。
お前、金輪際野菜食うなよ?
野菜には偉大な葉緑体様が含まれてんだよ。
葉緑体以下のお前が野菜様食うなんて畏れ多い事なんだからな」
「ユ、ユオン?」
ルディアは、ユオンと足蹴にされるゼフィルスを困ったように交互に見ている。
そう言うレジェルもどう反応すれば良いか分からず、ただ呆然としていた。
対してシルフとシルフィードはとてもツヤツヤした表情で「もっとやれ!」「ぬるい! もっと踏みつけろ」とユオンの行動を全力支援している。
「毎回毎回その豊かな発想力には敬服しますが、酷いですよユオン〜。
ルディア嬢からもなんとか言ってやって下さい」
「ひぃっ!! ゴミ以下がルディアの名を口にするな!! ルディアに話しかけるなっ!!」
ユオンに何度も踏みつけられ、ゼフィルスの頭部は完全に地にうもれていた。
「あぅ、別にお話するくらい……」
「あまい!!
ルディア、コレは危険なんだ!!
これからどこでコレと出会っても目を合わせちゃいけないよ?
話しかけられても無視するんだ!
どうしても離れなかったら僕か保安官をよぶんだよ!?
分かった!!?」
ユオンの剣幕におされたルディアはコクコクと頷いた。
若干涙目だ。
風の精霊王はそこまで言われるほどなのか?
精霊王には礼節をもって接していたレジェルも、シルフとシルフィードの態度を見ると疑わざるを得ない。
「ひっどい言われようやんなぁ、ゼフィルス」
悶々と考えていると、いつの間にか茶髪の青年がレジェルの隣に立っていた。
「ベリル!!」
その人は地の精霊王。
彼はファーラス家の地下に住んでいるので、地上の騒ぎを聞きつけて出てきたのだろう。
「久しいなぁレジェル坊」
「坊はやめて下さいベリル。せめて呼び捨てに……」
「ユオンもまぁ、言いたい放題やなぁ」
「無視……」
ケラケラと笑うベリルに気付いた風の精霊王ゼフィルス。
彼は思いついたようにベリルに『風の刃』を飛ばした。
「どうわっ!? 何すんや!!」
「いえ、次、貴方に会ったら絶対微塵切りにしようと決めていたもので」
「わけ分からん!
わいがいったい何をしたと!?」
「忘れました」
「理不尽や!」
次々と飛んで来る『風の刃』を、叫びながらよけるベリル。
その姿がアホみたいで……。
やっぱり精霊王って、そんなもんなのか?
と、レジェルは思いはじめてしまったが、それはしょうがない事だと思う。
しばらくして、集まってきた風の高位精霊達に捕まったゼフィルスは引きずられるように西の神殿に連行された。
シルフとシルフィードから話を聞いた風の高位精霊達が、ユオンに土下座して御礼を言う様はなかなか見物だったのではないかと思う。
「次からは再起不能になるまで殴ってやって下さい!」
「ボロ雑巾になるまで痛めつけてやって下さい!!」
なんて言われているゼフィルスには少し同情した。
「カスも引き渡したし、そろそろサンルームに行こう?」
ユオンはルディアの手をとって、サンルームに向かって歩き出す。
「そうだな。カスが捕まった事で我等の仕事も無くなったし」
シルフィードもその後を付いて行く。
「カスのせいでさっきはああ言ってしまったが、ルイーゼは我等の分も用意してくれるだろうか?」
隣を歩くシルフに尋ねられた。
カス=風の精霊王。
「だ、大丈夫じゃないかな?」
レジェルの信念は揺らいだ。