―1―約一年後
ドルバから帰ってきた次の日から、ユオンはカルストによる『戦闘訓練』を受けていた。いい機会だということで、ルディアも同時期に『戦闘訓練』を始めることになったので、二人の午前中は『戦闘訓練』と『学習』の時間となった。
『遊ぶ時間が減る~』と嘆いていたルディアも、最近ではこの習慣に慣れたようだった。
森の方から鳥のさえずりが響き、穏やかな風が頬をなでる。
過ごしやすいいい日だ。
今日は父さんが出かけていないから、僕の稽古はなし。木陰で本を読みながらルディアの稽古が終わるのを待っていた。
学習の時間は母さんやアルス、使用人達に二人まとめて見てもらっている。だが、『戦闘訓練』の方は僕は父さんから、ルディアはルイーゼからと、別々に教わっている。
ちょっと前、父さんに
『なんで、ルディアはルイーゼ様から教わってるの? アルス様からでもよかったんじゃ?』
と、きいてみると、
『相性ってもんがあるんだよ。それに、ルディア様は金色だからな~』
と、分かるような分からないような謎の答えが返ってきた。
もくもくと本を読みふけていると、手元に影がかかる。
顔をあげると、淡い黄色のワンピースを着たルディアと目が合った。
合った、のはいいけど……。
「ルディア?」
近い。鼻と鼻がぶつかりそうなほど近くにルディアの顔があった。
動揺。
内心動揺してはいるが、カルストから 感情の抑え方を教わっていたユオンはそれを表に出すことはなかった。
ジッと、ルディアを見返す。ルディアは何もしゃべらず、ただジーッと見つめてくる。
コレは……先に目を反らした方が負けになるという遊びか?
しばらくの沈黙の後、ユオンは恥ずかしくなって、とうとう目をそらしてしまった。
『まだまだ鍛錬が足りんなぁ~』という父さんの声がどこからか聞こえてきた気がする。
パシャ!
「!?」
突然閃光が走った。ルディアがどこからか取り出した『写真機』でユオンを撮影したようだ。
パシャパシャパシャパシャパシャ!
突然の事に、目をパチクリさせるユオンをさらに連写。
「なにをっ!?」
わけがわからないまま、とりあえず撮られないように本で顔を隠すユオン。
ユオンの反応を見てルディアはくすくす笑うと、『写真機』をポイっと自身の空間に投げ入れた。
そこで、ユオンはこのルディアがルディアじゃない事に気付いた。ルディアが空間を使うときの癖がない。
ルディアと同じ顔をした別人。
まさか、『アーヴ』!?
その場の空気が張り詰める。
ユオンは魔力を漂わせ、威圧する。
だが、ルディアによく似た少女は全く動じない。警戒するユオンを面白そうにみつめるだけだった。
「そんなに殺気だたないでよ。あなたがユオン君? カルストさんの所に養子にきたっていう」
「そうだけど。君は?」
「はじめまして。私はランっていうの。ルディアとはいとこ同士よ」
顔をほころばし、ルディアと同じ笑顔で彼女は言った。
いとこ……? ルディアにいとこなんていたのか? 初耳だ。
そういえば、前にルイーゼに兄がいる……みたいな事を聞いたことがあった。
親族であると聞いて安心したユオンは緊張を解いた。よく考えれば、彼女は森の『結界』を抜けてきたのだ。怪しいものならファーラス家の使用人達が気付かないはずがない。
「似てるでしょ」
「ああ。騙された」
「私の父は、ルイーゼ様の双子の兄にあたるの。生まれたときから似てるって言われてたわ」
ランはうまく騙せたのが嬉しいのか、再び忍び笑いをこぼす。
「ルディアはいないのね」
ランは辺りを見回すと、寂しそうに目を伏せる。
ルディアは稽古中で、もう少しすれば帰ってくる、と伝えると、ランは首をふった。
「ルディアにも会いたかったんだけど、私は用があってここに来て、それが終わったらすぐに帰らないといけないの。残念ね、まだ一度も顔を合わせた事ないのに」
憂いの表情も、ルディアと同じ。
同じなのに、ルディアとは違う落ち着いた雰囲気のランに、少しドキッとした。
「私、そろそろ行かなきゃ。じゃあね」
彼女はそう言うと、アルスの執務室がある棟に足早に駆けていった。
――――――
コンコン
執務室にノックの音が響く。いつもなら手伝いの使用人がいるアルスの執務室だが、今は皆出払っている。
いや、アルスが出払わせたというのが正しいか。
アルスは「入りなさい」と、小さな客人を迎え入れた。
「お久しぶりです、アルス様」
娘と同じ顔をした小さな客人は、一礼すると人差し指を唇にあてた。
「ふふ、よく来たね、ラン。座りなさい」
ランは執務室にはいると、置かれたソファにちょこんと座る。向かいにアルスが腰掛ける。
「にしても、よく似ているなぁ」
まじまじと見つめるが、ランは本当にルディアそっくりだ。きっと二人が入れ替わってもしばらくは気付けないだろう。
「よく言われます。あの、ルディアは……」
「今は稽古の時間だからな、もうすぐ上がってくると思んだが……会うか?」
「いえ、今日はやめときます」
少し顔を赤らめて言うラン。そうか、とアルスは小さく笑った。
「そういえば、さっき庭でユオンと会っていたようだけど?」
ユオンにはランの存在を知らせてなかったから、かなり警戒していたみたいだったな。
ユオンの魔力の揺れは、アルスにもはっきりと伝わってきた。
「はい。ルディアが手紙で楽しそうに彼の事を話すので、どんなものかと……。
ついでに、今後の為の種まきをしておきました。あとで、どんな花を咲かせるか……今から楽しみでしょうがないです」
意味深に笑うラン。
意味を悟ったアルスも同じように笑う。
「それは面白そうだ。ぜひ私にもどんな花が咲いたか教えて欲しいものだな。
……さて、じゃあコレを」
アルスは机の上に三つの白い箱を並べた。魔方陣で厳重に縛られ、中に何が入っているのかは分からない。
「確かに、お預かりいたしました」
ランは、三つの箱を受け取り、それを自身の空間にしまうと、執務室の窓を大きく開けた。そしてアルスに一礼すると、そのまま風魔法で上空へと消えていった。
――――――
上空には、銀の円盤状の物体が浮いていた。その上には、フードをかぶった子供が一人立っていた。フードの端から紫色の髪が強風に煽られている。
「ごっめん、ヴィー! 待った?」
アルスの執務室から一直線にここまで上ってきたランは息を切らしながら、円盤に降り立った。円盤は大人なら一人、子供なら二人乗れるくらいの大きさだった。
「いや? そんな待ってない」
「そか、よかった」
ランが、円盤の一部分に触れると、そこにいくつものスイッチがあらわれた。ランは手際よくそのスイッチを押したりひねったりしている。
「ファーラス家に何の用だったんだ?」
ヴィーは、ランの指先を目で追いながら尋ねる。
「知らない。父さんと母さんがずっとアルス様と話してただけだったから……私はアルス様と雑談して、母さんへの届け物を持たされただけ。なんか重要そうな事でさぁ、全然聞き取れなかった」
「ふーん」
どうやらランは頼まれただけらしい。
「それよりもさ! 噂のユオン君に会ってみたよ!」
「ぶっ! へぇー、それで? どうだった?」
ヴィーは吹き出すと、こみ上げる笑いに耐えながら続きを促した。
「すっごい魔力だった、ああゆうのってやっぱり存在するんだなぁ~感心」
「ふーん」
何がおかしいのか、ヴィーの肩はまだ揺れている。いっそ笑えば楽になるのに、ヴィーはそれをしない。
「ヴィー! はやくつかまってよ。わたしお腹すいたからはやく帰りたいの」
「はいはい」
ランは、ヴィーが円盤の一角にある手すりのようなものをつかんだのを確認すると、円盤の赤いボタンを押す。
ブゥゥンと音がして、円盤はものすごいスピードでファーラス家から西の方角へ向かっていった。