閑話
「なるほど、『ホログラム』か。よく考えついたな」
「ルディアもあんなに嬉しそうに……」
ルディアが『ホログラム』の立体映像ではしゃぎ回っている時、ルイーゼ、アルス、カルスト、マルタの大人組四人は部屋の外から二人の様子をうかがっていた。
嬉しそうな表情で部屋の中を走り回るルディア。
ルディアの矢継ぎ早な質問の嵐を、嫌な顔一つせず丁寧に答えていくユオン。
ルイーゼは微笑ましい光景をあたたかく見守っていた。
二人の後ろ姿は、初めから並ぶべきものであったかのように……
「どこからどうみても、お似合い「の、ようには見えんな」
被せられた言葉に、三人がアルスに白い目を向けた。当のアルスは首を横に向け廊下の先を見つめている。
三人で睨みつけて、再び中の様子をうかがう。
すると、今度はマルタが口を開いた。
「なんだか二人だけの空間って感じで、いい雰囲気「の、ようには見えんな」
再び三人が白い目をアルスに向けた。当のアルスは先程と同じように、首を横に向け廊下の先を見つめている。
せっかく人があたたかい気持ちになっているというのに、そんな事をされると興が失われる。毎度毎度の事ではあるが、さすがに酷すぎる。
というか鬱陶しい。
「どうしてあなたはそうやって!
心が狭すぎます!!
狭すぎて思わず引きます!」
いい加減頭にきたルイーゼは、今回ばかりは徹底抗戦に踏み切ることにした。
「だ・い・た・い! あなたはいつもいつもルディアルディア……!
確かにルディアはかなりかわいらしくていい子いい子してあげたくなりますがっ! 親バカにも限・度というものがあります!!
アルスのは、はっきり言って気持ち悪いです!!」
本音をぶちまけてしまったが、このままではルディアだけでなくユオンまでもが可哀想だ。
なんとかこの親バカを黙らせなければっ……!
「な! 気持ち悪いはないだろう!?」
アルスも癪に障ったのか、声を荒げて言い返してくる。
「気持ち悪いです!
やり口が異常なのですよ!!
ルディアの誕生日パーティーで、ルディアに気がありそうな皇子への招待状を送るのをやめたり、ルディアと一回踊っただけの貴族の嫡男への招待状を送るのをやめたり!!!
どうしてそこまでするのですか!!」
しばらく睨み合いが続いた。
先に折れたのはアルスだった。まるでふてくされた子供のようルイーゼから視線をそらす。
「だって……ルディアはあんまりにも君に似てるから……」
「……………………は?」
そりゃ、ルディアはどちらかというと私似だけれど……?
言ってる意味がわからない。
首をかしげるルイーゼ。
「つまり、あなたは何が言いたいの? はっきりしなさい! 男のくせに意気地ない!!」
ルイーゼがそう言うと、アルスはカチンときたようで小さく舌打ちすると、ルイーゼを自分の方に引き寄せた。腰に手を回し、逃げられないように抱きしめる。
「だめかな!? 私は君の幼い頃を知らない。どんなだったか、だってルイスに聞いたぐらいの事しか知らない!!
君がちっさい頃はこんなだったんだろうなぁ、かわいいなぁって、ルディアと君を重ね合わせて見てちゃ悪いかなぁ!!?」
アルスは大声できっぱりはっきりそう言った。
ルイーゼは一転したアルスの態度に目をしばたかせた。
「だいたいルイーゼが悪いんだ! レジェルが生まれてから全然私にかまってくれなくなったし、仕事の関係上話す事も少なくなったし?
まぁ? それは、しょうがない事だって分かってるけどさ。
でもさ!? たまーに仕事がない時くらいは一緒に過ごしてくれてもいいと思うんだけど!!
仕事に一区切りつくと、君はいつも魔物狩りに行ってしまうじゃないか!!
なんなのさ!! 私より魔物殺しの方が好きなの!?」
アルスは今まで溜まっていた不満を、バケツをひっくり返す如く、いっきに激しく言い立てた。
「ただでさえルイーゼを遠くに感じてるのに、ルディアまでどっか行ってしまったら私は……」
「……………ふぁっ!?」
ようやくアルスの主張を理解して、一気にルイーゼの顔が火照る。
「ちょ、ちょちょちょちょちょっと! アルス!!」
「何さ!!?」
「と、とりあえず、離してっ! 恥ずかしいっ!!」
そう言うと何故かアルスのこめかみに青筋がたった。
「嫌だね」
アルスは口をとがらせてそう言うと、よりいっそうルイーゼを抱きしめる腕に力をこめた。
「あんたはガキか!」
「そうさ、私はガキさ!!」
思ってもみなかったアルスの本音と周りの視線に、ルイーゼはパニックになっていた。
こんばんは。ところ変わりまして、マルタですわ。
ただいま目の前で『どこの恋愛小説のワンシーンでしたっけ?』ってくらい甘々な会話が繰り広げられております。
いつもの私ならここで『きゃーー素敵ですわーー』とかいって、興奮してそうですけれど……今回は……見てくださいませ、この生気のない私の瞳を。
そしてきっと隣にいるカルストも私と同じ瞳をしておりますわ。
そしてそしてお二人の大声に『何事か!?』と集まってきた使用人たちも、目の前で繰り広げられる会話に、次々と瞳の輝きを失っていってます。
そう、私たちの心は今、一つになりつつあるのです。
「うわーーーーーん!! アルスの馬鹿あぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
とうとう人の目に耐え切れなくなったルイーゼ様がアルス様に当て身を食らわして逃亡なさりました。
「あっ! こら! まだ話はっ!! ルイーゼ待ちなさい!!!」
アルス様も後を追っていきます。
幸いなのは気をきかせたカルストがユオンやお嬢様のいる部屋に『音遮断結界』を張ったので、廊下の騒ぎが二人には伝わっていないことくらいでしょうか。
その場に残された私どもは、主の後姿を見つめながら、心の中で同じ言葉を唱えていることでしょう。
――勝手にやってろバカップルが――
お二人が去ったので、集まっていた使用人たちも散り散りに持ち場に帰っていきました。
「ふぅ。私たちもそろそろ……ひゃっ!?」
び、びっくりしました。
カルストがいきなり後ろから抱きついてきたのです。何事か、と、振り向こうとしましたが……身動きが全く取れないですわ。
「カルスト、邪魔ですわ」
「そう?」
ちょっと……耳元で囁かないで欲しいのですが。くすぐったいです。
「私、はやく休みたいのですわ」
長旅で疲れていますから。
「だめだよ~。今夜は寝かさないからね」
再び耳元で甘く囁かれて、ドキッとした。
え? というか、はぃい!?
この人は、何を言ってるのでしょうか!? 言ってる事の意味が分かっているのでしょうか!!?
不覚ながら私、一瞬で茹でダコの如く真っ赤になってしまいました。
「今夜は、二人で……」
カルストはそっと、マルタの顔の輪郭を撫でる。触れられたところが痺れるような感覚に、マルタの思考回路はショート寸前だった。
「徹夜して……」
ゆっくりと紡がれる言葉に、居ても立ってもいられなくなる。
な、なんなのですか、もうっ!!
「ユアン・アレイド氏の魔方陣読み解き作業だ。
くそアルスめ。
今日中に読み解いてこいとかふざけてるだろ」
「……」
ドゴッ
「ゲホッ」
イラついたので、カルストのみぞおちをひじで強打してやりましたわ。
これは怒ってもいいところですわよね? きれいに当たったので、カルストは地に膝をつき、随分と哀れな格好ですわぁ。
そのまま蔑みの視線を残して、一直線に自室に帰るマルタ。部屋に入ると、カルストが入ってこられないように内側から鍵をかけた。
あの人は何がしたいのですか!?
毎日毎日、歯の浮くようなセリフを言ってきたり! 今日のように思わせぶりな事をしたり……!
私はそんなの望んでませんのに……。
マルタは首にかかるネックレスにそっと触れる。
「読み解きだって、普通に言えば手伝ってあげますものをっ!!」
とにかく!! すべてあの人が悪いのです!! カルストの自業自得なのです!!
「バカルスト……」