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第32世界  作者: 閃夜
Ⅲ ドルバ王国
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―7―箱庭娘

 バージェス本家に着くと、父さんの両親、つまりは僕の祖父と祖母になった人が出迎えてくれた。前の両親は二人とも孤児で祖父や祖母と言える立場の人はいなかったから少し新鮮。


 何事もなく夕食をすませ、僕は今日一日寝泊りする部屋に案内された。備え付けのシャワールームに一組の机と椅子、ベッド、クローゼットしか置かれていない簡素な部屋だった。

 すぐにわかった。ここは父さんの部屋だったはずだ。魔力の痕跡がいくつも残っている。


 とりあえず部屋を物色してみる事にした。





 大きな窓にかかるカーテンを開ける。この屋敷は高台にあるようで、王都が一望できた。


 もう外は真っ暗だったが、民家の窓から微かにもれた光で王都はほのかな輝きを持っていて幻想的だった。

 そっと空間からあるものを取り出し、ゆっくり魔力を籠める。


「何してるんだ?」


 声がしてユオンが驚いて振り向くと、すぐ真後ろにカルストが立っていた。


 ドアが開く音すら聞こえなかった……。というか、あれ? 鍵かけたよな?


「ふ、ふほーしんにゅー」

「いや、ここ俺の実家だし」


 カルストは、ユオンの手の中を覗き込む。そこにあったものはカルストもよく知っているもの。すぐにユオンが何をしていたのか、何をしようとしているのかを理解する。


「なるほど~。考えたな。それならルディア嬢様絶対喜ぶぞ」

「そうだと、嬉しい」


 ユオンはそう言って再び魔力を籠める作業に戻る。今度はカルストも横槍をいれず黙ってユオンの作業が終わるのを待った。





 ユオンの作業が終わり手の中の物を空間にしまうと、間髪いれずにカルストが本題をきりだした。

「さて、ユオン。少し真面目な話があるんだ、座りなさい」

 いつもと変わらない表情だが、どこか真剣な声音のカルスト。ユオンはおとなしくベッドの端に座った。カルストは椅子に腰掛ける。


「懐かしいな。ここ、元々俺の部屋だったんだ」

「そうだと思った」

「はは、魔力の痕跡が残ってるからな」


「うん。それもそうだけど……ベッドの下にこんな物が」



 物色中に見つけたものを空間から取り出す。



 それを出した時のカルストの反応は素早かった。ユオンの手中のそれは一瞬にしてかすめ取られ、あっという間にカルストの空間に消えた。


 それは表紙に『7』とだけ書かれた簡素なアルバム。


 まぁ、簡単にいえば中身は母さんの隠し撮り集だった。一番凄い所はどの写真にも母さんが写りこんでるところ。更にカメラ目線のものがひとつもない。しかも『7』だ。という事は最低でもあと六冊同じようなものが何処かにあるはず……。



「まだ残ってたのか……。ユオン、分かっていると思うが……」

「言わないよ。人の弱みは個人で楽しむものだから」


 無邪気な笑顔に相応しくない言葉が聞こえて、カルストは己の耳を疑った。どうやら聞き間違いとかそういった類のものではないらしい。


「ほんと、いい性格してるな、お前」

「そう? ありがとう」


 カルストの皮肉をユオンはさらりと流す。

 捻じ曲がっているのか、素直なのか……。あまりにも潔いのであきれてしまう。



「な~んか、出端挫かれたな~。まぁ、いいか。

 真面目な話ってのは、ルディア嬢様の事なんだ。ユオンも聞きたがってたろ? なんでルディア嬢様はファーラス家から出たらいけないのか」


「!」


 それはユオンがファーラス家を出たときから――ルディアの涙を見たときからずっと気になっていた事。

 あまり聞かれてはいけないことなのか、カルストは部屋に『音遮断結界』を張巡らせた。



「ルディア嬢様が四五六七年 四月十五日。つまりは、かの大震災の日に生まれたのは知っているな? しかも、その日に生まれたのがルディア嬢様しかいないってのも」


 「うん」


 ルディアの生まれた日の話は有名だった。きっと世界中の誰もが知っているだろう。



「少し長いが、よく聞けよ? 

 あの大震災の日、世界中で多くの人々が亡くなった。

 中でも、あの日の前後一ヶ月に生まれた赤ん坊と、生まれる予定だった命は全て死んだ。

 そんな状況で、震災の当日に生まれたにもかかわらず、ただ一人、何事もなく生きているルディア嬢様は妬みの対象となってしまった。


『ルディア・ファーラスが生まれたせいで大震災が起こった。多くの命を奪った悪魔を殺せ』


 そんな事を掲げる団体が多く発足された。

 当時の人々は悲しみの矛先をすべてルディア嬢様にむけたんだ。

それはそれは酷い言われようだった。ファーラス家には何千人もの人が押しかけ、屋敷の周りに何十枚もの結界を張らざるをえなかったほど。

 だが、ある時七人の精霊王がルディア・ファーラス庇護のために動いた。

『この大震災は起こるべくして起こった。ルディア・ファーラスとは関係ない』

 彼らはこの一言しか発さなかったが、その一言の効力は偉大だった。精霊王は嘘をつかないからな。


 さらに英雄ルディル・ファーラスが生まれた日も多くの命が失われるような大震災が起こっていたという事実をとある学者が引っ張り出してきたんだ。世界中で検証された結果、その説が有力であると確定された。


 それにより、世論は一転。元々ルディア嬢様が光属性なのも相重なって、今度は英雄の再来としてもてはやされるようになった」



 今では『神童』なんて言われているルディアだが、かつてそんな事が起きていたなんて知らなかった。

 なんとも都合のいい話だ。心底から嫌悪する。 



「今ではルディア嬢様に対する確執はまったくない。むしろ好意的に世間は見てくれている。

 そこまでは、まだいいんだ。腹立つ話だがな。


 問題は今でもルディア嬢様を悪魔として訴え続ける宗教団体があること。

 名を『アーヴ』という。そこがまた過激でな。事あるごとにルディア嬢様の暗殺を図るんだ。


 ルディア嬢様は、実は二回だけ外にでた事がある。だが、二回とも『アーヴ』に襲われた。危険だと判断したアルスが、ルディア嬢様が自分の身を守れるようになるまでは屋敷から出さないようにしている。

 ルディア嬢様はまだこの事を知らされてない」



 だからルディアは外に出たことがない。外に行きたくても、許してもらえない。

 それが彼女のためだから。

 何も悪くないルディアがなぜこんな仕打ちを受けなければならないのか。

 しかも、ルディアはそのことを知らされていない。きっと彼女はただ理不尽に縛られているように思っているんだろう。

 ルディアのためなのに、彼女には悲しい思いをさせてしまう。アルスも複雑だろうな。

 


「ルディア嬢様ももうすぐ七歳。あと三年したら、学園入学が義務付けられた年だ。

 ファーラス家から離れた所で『アーヴ』が、狙ってこないとも限らない。

 それまでに、ルディア嬢様には一定の戦闘能力を持っていてもらおうとは思っているが……やっぱり少し心配なんだよな~嬢様の性格上……」


「確かに」


 ルディアはなんというか……危機感を持ってない。箱入りに育ったからか人を疑うことをしないのだ。ゼフィルスみたいな胡散臭い奴を簡単に信用するところとか、僕からみれば考えられない。

 『お菓子あげるから一緒においで~』といわれたら、ほいほいついて行ってしまいそうなのがルディアだ。いや、でもそれはあくまで僕の予想であって……実際にはそこらへんの分別はあると信じてるよルディア。


「レジェル様がすでに学園にいるとはいえ、彼にとって学園はある意味勝負の場。ファーラス家次代当主として立ち振る舞いを求められる。となるとルディア嬢様にばかり構ってはいられない」

「つまり、ルディアと同年で、ずっと彼女の身を案じていられる存在が必要」

「そうゆう事。

 何人か候補者がいたんだが、アルスはユオンの能力をかっている。

 どうする? どうしたい?」


 カルストの射抜くような視線を、ユオンはまっすぐ受け止める。


 そんなこと、わざわざ尋ねるまでもないことくらいわかってるくせに。




「ルディアのためならなんでもする」




 ユオンの即答に、カルストは満足げにうなずく。


「そう言うと思った。

という事で、ファーラス家に帰ったらユオンには、カルストおとーさんの厳し~い戦闘訓練を受けてもらうからな~」

「っ! うん!!」


 願ってもない!


 ユオンは前の両親からは魔術しか教わったことがなく、ゼフィルスから身を守る程度の護身術を見よう見真似で覚えていただけだった。


 昼間見た父さんの戦闘は完璧で非の打ち所がなかった――けっしてほめすぎとかではなく! 指導を受けるのに父さん以上の適任がいるか? いや、いない! ファーラス家に帰ったら、こちらから手ほどきを申し出ようと思っていたほどだ。


「じゃあ、もう遅いし、俺も部屋に戻るカナ~。ユオンも早く寝ろよ~」

「うん、お休みなさい」

「あぁ、おやすみ」


パタン


 カルストが出て行き、部屋にいるのはユオンだけとなった。後ろに倒れこみ、ベッドに寝転がる。目を閉じれば、そこは思考の世界。

 

 主題は先ほどカルストの問いかけの答えとしてユオンが選んだ言葉。

『ルディアのためならなんでもする』

 直感的に思いついた言葉がこれだった。

 

 決意……ちがう。これは誓い?

 

 ユオンはこの一言に、自分でどういう意味を含ませたのか識別できなかった。

 

 前にも同じような事を……誰かに、言った。どこでだったか? 


 なぜだかわかんないけど、そんな気がする。それに当初から、ルディアには『好き』ってだけじゃない、それ以上の何かを漠然と感じてた。


 はっきりしているのはただ一つ。ルディアのため、僕にできることがあるなら、きっと僕は何でもする。


 それがたとえ――――――――――。

 

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