―3―サダメ
大人達の談笑が華咲いている頃、ルディアは自室の窓から空を見上げていた。ちょうど真上に満月がある。
なんだろう……嫌な予感がする。
ルディアはさっきのパーティーの途中から、なんともいえない不安に襲われていた。声が聞こえるのだ。
自分を呼んでいる声が。
ルディアは、部屋のバルコニーに出た。
声は、バルコニーから見える森の向こうから聞こえてくるのだ。
「ルディア?」
隣の部屋のバルコニーにレジェルが顔をだしてきた。
「お兄様……」
ルディアのいつもと違う様子に、レジェルはふと不安を覚える。
「どうしたの? ルディア。怖い夢でも見た?」
レジェルはバルコニーの柵を飛び越え、ルディアのいるバルコニーに降り立った。
ルディアはレジェルにしがみつくと、
「嫌な予感がする。怖い。でも、行かなきゃ」
小さな震える声で、そう言いきった。
瞬間レジェルの前からふっとルディアの姿が消えた。
「ルディア!!?」
辺りを見回したが、ルディアの気配は感じられない。
彼女は、レジェルが分からない程遠くへ姿を消してしまったのだ。
ルディアの存在が感じられないという異常事態にレジェルは多いに焦った。
ファーラス家の屋敷に張られた結界の外は、彼女にとっては危険すぎる。
「シルフ!! シルフィード!!」
レジェルが呼ぶと風の精霊が現れた。彼等はあの日からずっと屋敷に留まっているのだ。
「ルディアが消えた!! 多分外だ、探して!!」
レジェルがそう言うと、二人は頷いて何処かにきえていった。
「父上に知らせないと!」
レジェルはアルスの執務室に走った。
レジェルが勢いよく執務室のドアを開けると、両親に加えカルストとマルタが談笑しているところだった。
「レジェル? どうしたんだ? こんな時間に」
「父上! ルディアが急にいなくなってしまって!!」
レジェルがそう言うと、大人達は蒼白になった。
ルディアを一人にするのがどれほど危険か、彼等は知っていたからだ。
レジェルがバルコニーでの出来事を話すと、アルスは真面目顏になる。
「分かった。レジェルとルイーゼはここにいなさい。カルスト。マルタ。腕のたつものを集めろ。ルディアを探す」
アルスがテキパキと指示を出し、カルストとマルタがたちあがる。
早急にルディアを見つけ、彼女の安全を確保しなくては。
「その必要はありません」
突然謎の声がしたかと思うと、執務室の中心に長い黄緑色の髪をした男が出現した。
「風の精霊王!?」
アルスは、一瞬驚いたが、風の精霊王が神出鬼没なのは周知の事だと納得した。
「ルディア嬢の居場所まで送りましょう……といいたいところですが、今は無理ですね」
「どういう事です!?」
ルイーゼが叫ぶように言う。
「ウィドン神に言われたでしょう? 定の一つです」
風の精霊王の言葉が終わるのを待っていたかのように、轟音が鳴り響く。
それは、なぜか彼女が生まれた日の地震を思い出させた。
「! 何が!?」
「なんだあれ!?」
カルストが指差す方を見ると、窓の外、森を抜けた辺りに、夜の闇より暗い塊があるのが月明かりに照らされて見えた。
「あれは? 貴方は何か知っているのか? ルディアはあそこにいるのか!?」
「落ち着きなさい。くわしい事は当事者に聞いて下さい。ルディア嬢ならきっと大丈夫です。ご安心を」
精霊は嘘はつかない。
彼がそう言うのなら大丈夫だろう。そう思いながらも不安は募る。
アルスは、黒い塊に目を向けた。
塊は黒黒しく世界を飲み込んでしまいそうだった。
遠く離れた場所での出来事だが、その異質な魔力はまるですぐそこにあるかのようにはっきりと感じとれた。
「ルディア……どうか無事で」