―5―ドルバ王城にて
ルディアのプレゼントも決まり、約束の時間も近づいてきた。
父さんの魔力をたどって二人と合流する。
「ルディアお嬢様へのお土産は買えましたの?」
「ルディア、絶対喜ぶと思う」
「まぁっ! いったい何を買ったんですの?」
「それは言わない。楽しみにしてて」
「気になりますわぁっ! ねぇ、カルスト。ユオンが何を買ったか賭けません!?」
母さんが父さんに話しかける。
しかし、いっこうに返事がこない。
母さんは不思議そうに振り返り、父さんを覗き込む。
あの父さんが母さんに話しかけられて反応しない!? さらに母さんの上目遣いに動じてない!?
悪い物でも食べたのかと、少し心配になった。
父さんは顎に手をあててじーっと僕を見下ろしている。何かを探るような目だった。
なんだろう? 正直あまりいい気分ではない。
「カールースートー? もうっ!」
あまりにも無反応な父さんにしびれをきらし、母さんが人差し指を父さんに向ける。その指先に小さな炎が灯り、次の瞬間破裂した。パァンと乾いた音が鳴る。
父さんは、はっとして目をしばたいた。やっと目の前の母さんに気がついたようだ。
「どうかしましたか? ぼーっとするなんて、カルストらしくないですわ」
「そ、そうだな。そろそろ行くか」
取り繕うように言って、王城に足を向ける父さん。あきらかに様子がおかしい。何かあったんだろうか?
案内役の衛兵を先頭に廊下を進む。
王城の中はとても豪華だった。壁や柱の細かい所まで細工してあり、広い廊下には赤絨毯が敷かれてあった。父さん曰く、ここは応接間や厨房がある棟で、王族が住んでいる場所や、謁見室はもっと豪華らしい。
両側にいくつもの大きな扉が等間隔に並んでいて、その中の一室に案内された。
少しの間待つと、応接間の扉が開き男の人が入ってきた。
言われなくてもわかる。この人が父さんの弟で、ドルバ王国大臣、カルロ・バージェス。父さんよりか濃い青色の瞳に黒髪。銀縁眼鏡をかけていて、少し近寄りがたい印象を受けた。
「生きてましたか兄さん」
「第一声がそれかよ」
「マルタも元気そうですね」
「えぇ。カルロも元気そうでなによりですわ」
父さん達と一通り挨拶をすませたカルロと視線があう。
自然と背筋が伸びた。粗相を起こしたら叱られそうな、そんな気がしてならなかった。
カルロはユオンの前でしゃがんで目線を合わせてくれた。
「君がユオンか。話は聞いているよ」
「はい。はじめまして」
そう言って笑顔を見せたカルロ。
あ、やっぱり兄弟だな。似てる。
眼鏡の向こう側からのぞく優しげな表情に、緊張がほどけていった。
しばらくたわいのない話をした。今の生活には慣れたかとか、『MEDY』に目をつけられてないかとか……。
ちなみに濁した。
「さて、積もる話もあるが……今日は本家に泊まっていくんだろ?」
「ん~そのつもり」
「じゃあ、また後で話せるな。少し兄さんに仕事の話があるんだ。マルタとユオンは席を外してくれないか?」
「仕事の? だったら、マルタはいてもらった方がいいと思うんだが」
二人の仕事についてまだ詳しく聞いた事はないが、父さんは『GAZ』という組織に所属していてそこで仕事をしているらしい。母さんは『MEDY』所属だが、父さんの仕事のサポートもしていると聞いた事があった。
「いや、それは……」
言葉を詰まらせ、顔をそむけるカルロ。カルストは小さく眉を寄せる。
「大丈夫だ。なんとな~く言いたい事分かった。
マルタはここにいてくれ。
ユオンは、そうだな……王城見学でもするか?」
「じゃあ、図書館にいきたい!」
即答した。ずっと気になっていた。王城の一角にある国立図書館!
ドルバ建国時からあって、数万を越す蔵書が保管されている。学者や貴族以外の者は利用できなかった時代が長い。が!! 約五十年前、つ・い・に民間開放――有料だけど――されてずっと行ってみたかった!! 語れと言われればまだまだ語るが時間の都合により…………割愛!!
カルロ叔父さんが図書室に行けるように取りはからってくれ、司書の人がわざわざ僕を図書室まで案内してくれた。
図書館の建物を目の前にテンションがあがる。
だって図書館!
しかも王立!!
さらにタダ!!!
司書にお礼を言って中にはいる。ファーラス家の図書室もなかなか広かったが、やはりここはそれとは比べ物にならないくらい広かった。
本の独特の香り。深呼吸する。
僕は落ち着く良い香りだと思うのだが、ルディアは苦手なようであまり図書室には来ない。
そのくせちょっと暇になったら、僕の様子を扉の隙間からうかがうんだ。しっぽ振ってる仔犬みたいでかわいい。
僕が気づかないふりして本を読み続けると、残念そうな顔して静かに去っていく。しばらくして一人で遊んでいるルディアのとこに行くと、本当に嬉しそうに笑うんだ。
適当に目に止まった本を持って、窓際の空いている席に座る。
手に持った本は『ジルコニア王国の勇者』。
まさかの恋物語だった。
ユオンが好んで読む本といったら、冒険物語や歴史物語、魔術書ばかりで、この手の本は初挑戦だった。
面白いのか? と思いながら読み始めたが、数分後にはすっかり本の世界にのめりこんでいた。夢中になってページをめくる。
半分ほど読み進めたところで、ユオンの手が止まった。
窓の外に異様な魔力の流れを感じる。
窓の外からは王城の裏庭のような場所が見えた。建物に囲まれていたが、昼過ぎなので真上から日がさし芝生がキラキラと輝いている。
魔力は、裏庭を挟んで向こう側にある建物の屋根上から感じられた。けれども、そこには何もなく鳥が数匹とまっているだけだった。
『魔力遮断』をかけてるな。
異常と言える魔力を持つユオンにとって『魔力遮断』などあってなきに等し。集中して探ると、かすかな光魔法を感じた。ルディアお得意の姿を消す魔法『インビジブル』だ。
あー。下手だな。ルディアの方が数百倍、いや数千倍上手い。
ルディアの『インビジブル』は完璧だ。一緒にかくれんぼした時、ユオンはずっと後ろにいた彼女に全く気付けなかった。
それに比べてあれはひどいな。光魔法と闇魔法を同時に使うんだったらもっとバランスを考えないと……。
屋根上の魔法は不安定で所々にほころびが見受けられた。
『魔力遮断』の効果範囲内には三人の男がいるようだ。一人が光属性。一人が闇属性。なるほど。『インビジブル』と『魔力遮断』をかけている術者が違うのか。どうりで下手なはず。
見下しながら屋根上を見上げてていると、術に携わっていない最後の一人がライフル銃を持っているのに気がついた。
鉛弾を装填した銃って、魔力篭らないから暗殺にはうってつけだよな……。
思ったとおり、男共の視線の先には綺麗な服を着たいかにも高貴な身分であろう女の子が遊んでいる。
銃を持った男が、女の子に照準を合わす。
これ……やばいんじゃないのかな?
バァァァアン!
裏庭に銃声が響いたとき、図書館の窓際の席には誰も座っていなかった。
「あっぶっな!」
間一髪、間に合ったようだ。図書館の窓から裏庭の少女の前まで、風のピアスを使って一瞬で移動し、銃弾を土魔法『壁』で止めた。
「なっ」
「くそっ邪魔された!」
『壁』越しに男共の声が聞こえてきた。『壁』はその名の通り土で壁を作り出す技だ。問題点は見通しが悪くなる事。状況把握できないので『壁』を崩す。
ボロボロと崩れ落ちていく土壁から現れた僕の姿を見て、一人が叫ぶ。
「見ろ! ガキだ! 城の奴らがくる前に殺れ!」
男共は各々武器を手にして、裏庭に降りてくる。とりあえず後ろで震えている少女の周囲に『壁』を作った。これでこの子は大丈夫だろう。
男共は一斉に飛びかかってきた。
大人げないなぁ。
少し可笑しくなった。
男の一人が炎魔法『ファイアーボール』を連発。
でもね? おじさん、詠唱長すぎだよ。
先の読める攻撃。もちろん全部かわした。
一人が僕の作った『壁』を壊そうとやっきになっているようだ。壁の周りに風の渦を発生させ、そいつを吹き飛ばす。
「おい、時間がやべぇ」
一人がそう言うと、三人は一気に退却しはじめた。
「僕から、逃げる?」
無理だね。
『突風』を起こし奴等の足をすくい、巻き上げる。ある程度空中に浮かしたところで地面に落とす。
ドサドサッ!!
「ぐ!」
「いってぇ!!」
うんうん、いい音。
上機嫌で地に這い蹲る男共を見下ろす。
そこで異変が起きた。どうやら男の一人が召喚術を使って魔物を呼び寄せたようだ。魔方陣が展開して狼のような姿をした魔物が、約二十匹召喚された。
魔物は低い声で唸る。
めんどくさいな。
魔物を相手に魔法を使おうと手を伸ばす。
刹那僕に大きな影がかかった。振り返ると背後にいた男が振り上げた剣を僕に突き刺そうとしていた。
やばっ!
僕がある程度戦えるのは無駄に魔力が膨大だからにすぎない。一対一で魔法なしで戦えと言われたら、幼い僕はどうあがいても負けるのはみえていた。
だけど、逃げなければ、という気にはならない。
だって、どうせ……
「バカッ! 止まるな!!」
凄まじいスピードで、僕と男の間に父さんが割り込んできた。そのまま僕を庇うように振り下ろされた剣を二本の短剣で受け止め、跳ね返す。金属音が響く。
父さんは流れるような身のこなしで男を気絶させると次々と裏庭に散らばっていた敵をなぎ倒していく。
「な……なんで、ドルバに『闘神』がっ!?」
近くにいた敵の一人がそうつぶやく。
『闘神』? 父さんの事だろうか。
そいつは突然僕の腕をつかんできた。人質にでもするつもりだったのだろう。だが、背後に現れた父さんに手刀をいれられ、気を失ってしまった。
父さんはそいつが気を失うのを確認する事なく次の敵を追う。自分の腕に絶対の自信があるんだろう。
「父さん……かっこいい」
動きのキレ、無駄のなさ。ほれぼれする。
生まれてはじめてだろう、僕は憧れを抱いた。
「当然ですわ。あなたの父親になった人は、世界で一番かっこいいんですのよ」
いつのまにか隣に立っていた母さんは得意そうに言った。なんだかんだ言って父さんを一番信頼しているのはやっぱり母さんなんだと思う。
程なくして父さんが動きを止めたとき、男共は三人とも気絶し、数十匹いた魔物も全て息絶えていた。
「衛兵! 何をしている! 侵入者をとらえよ!!」
カルロおじさんが声を張り上げる。
そうだ。そういえばここは王城だ。なんで衛兵が出てこないのか。不思議に思ったが、気付けば辺りは鎧を着た騎士や衛兵で埋めつくされていた。
皆心ここにあらずといった表情で短剣をしまう『闘神』をながめている。
魔術の力に頼らない、純粋な魅了。
それだけ父さんの戦闘は鮮やかで、人目を引いた。
周りを見てギョッとしたらしい父さんは早足でユオン達の方に向かってきた。注目されるのが嫌なようで、そのまま僕らをつれて見物人の中に逃げ込んだ。
「なんでこんな事になってるんだ?」
「それはカルストがかっこいいからですわ」
あ。父さん動かなくなった。
「マルタ! 今のっ!! もう一回言って!!」
出たっ! 録音機!!
いつかの苦い記憶が呼び起こされた。あのあと一週間くらい、弁解を延々と言い聞かされたっけ。
「ちょ、兄さん。この『壁』兄さんの? 全っ然壊れないんだけど」
邪魔がはいって明らかに不愉快な顔をする父さん。
「『壁』?」
「あ。すみません、僕です」
忘れてました。……とはさすがに言えなかった。
名乗り出ると、叔父さんにはとても驚いた顔をされた。
手をかざし『壁』を取り外す。
「大丈夫?」
かがんで、座り込んでいる少女に手を差し伸べる。
少女は無反応だった。
『壁』の中で、酸欠でもおこしたのだろうか。少女が俯いたまま、小刻みに震えているのがわかった。
「どうしたの? 具合悪い?」
「……じ……ま」
ポツリと、小さな声で何かをつぶやいた少女。ユオンが首を傾げると、少女はいきなりユオンが差し出した手をがっちりと捕らえた。かとおもうと、バッと勢いよく顔を上げ真っ赤な顔で声を張り上げた。
「リィリの王子様になってください!!」
「は?」
この娘は何を言ってるんだろうか。
王子様って、もしかして、あの王子様?
「リィリとあまり変わらぬ歳であるのに、悪人共に臆する事なく正面から挑む凛々しいお姿! リィリ、心を持っていかれました。一目惚れです。キャッ! リィリだけの王子様になって、リィリと結婚してください!!」
もしかしなくても、今ものすごい事言われてる?
一息かつ早口でまくし立てられ、一部しか聞き取れなかった。
というか、え?結婚? 今結婚って言った?
唯一聞き取れた言葉がそれだった。
少女はキラキラした目でユオンを見つめてくる。手も離してくれない。
扱いに困り、助け船を求めて後ろを振り返ると、父さんと叔父さんがニヤニヤしながらこっちを見ていた。やっぱり兄弟だなぁ。気持ち悪いくらい同じ表情をしていた。
父さんが、口をぱくぱくさせて何かを伝えてくる。
――じ・ぶ・ん・で・ど・う・に・か・し・ろ。
自分でどうにかしろ。って……思いっきり他人事? 僕は仮にも貴方の息子なんだけど……。
助け船は期待できそうにない。ユオンは少女と向き合った。
「えっと、君は?」
「申し遅れました。わたくし、リィリデシア・ルル・ドルバと申します」
……え?
聞き覚えのある名前だ。
再び後ろを振り返る。
父さんと、叔父さんが同時にうんうんと頷く。
やはりそうなのか。ため息が漏れた。
よりによって、ドルバ王国第一王女様でしたか。