―4―ドルバ王都にて
家の掃除も終わり、僕達は再び王城に向かっていた。日をまたいでしまったが、もう街は目の前なので約束の時間には余裕で間に合うだろう。
ガタゴトと揺れる馬車の中には、来た時と同じように父さんと母さん、それに僕。
風の精霊王ことゼフィルスは、突如現れたシルフとシルフィード等、数十人の風の高位精霊達に囲まれて何処かに連行されていった。
ざま……コホン。そのまま一生捕まってればいいと思う。
シルフに話を聞いたところ、どうやら精霊王だけで重要な話し合いがあるらしい。
『もう二回も欠席してるんだ。今回こそ出てもらわないと風の精霊全体の面子に関わる。
それより、ゼフィルス様は『重要』という言葉の意味をきちんと理解しているんだろうか』
と、嘆いていた。
ついでにルディアの様子も聞いてみた。
彼女の事が気になってしかたがない。最後に見たのが泣いている姿だったから余計に気になるのだろう。
『ルディア嬢? う~ん……はじめは泣きっぱなしだったけど、一夜明けたら案外ケロっとしてたな』
『ドルバ王国の土産を楽しみにしていたぞ』
との事だった。
よかった。機嫌はなおしてくれたみたいだ。
ルディアには絶対に嫌われたくない。
これは……お土産選び頑張らないとだな。
「ふふふっ」
「母さん?」
母さんが急に僕の方を見て笑だした。
「ユオンは可愛いですわね~」
そんな事を言い出して頭を撫でられる。
何か変な事したか?
「確かに。可愛いいな~」
父さんまで暖かい視線を向けてくる。二人とも突然どうしたのかと首を傾げる。
「口に出していたぞ? ルディア嬢様のために、お土産選び頑張らないとな」
「!!」
一瞬で真っ赤になるユオンにカルストとマルタは笑みを深めた。
「ユオンは分かりやすすぎますわ。いつもルディアお嬢様の事を気遣ってますし」
「ルディアお嬢様の顔が近すぎたらまともに顔を合わせられないしな~」
「出発の時もお嬢様に抱きつかれて、ちょっと嬉しそうでしたし」
「アルスのブラックリストに載ってたし」
次々と例を挙げていく二人。
確かにルディアの事が気になってしかたがないというのは事実。認める。
だが、その事を改めて他人に指摘されると……やはり恥ずかしい。
というか……あれ、待てよ?
「ブラックリストって何ですか?」
さりげなく言われたので聞き流してしまうところだった。
訝しげな視線を向けるユオンに、カルストは苦笑いする。
「まぁ、怪しいものだな。
ズバリ言おう!! アルスのブラックリストに載ったら……」
「載ったら? どうなるんですか?」
ゴクリと唾を飲み込む。
………
いつまで溜めるんだ?
そう、思いはじめた時だった。馬車が王城の正門が見える位置にとまった。
「お? 王城に着いたみたいだな」
「今ですかっ!?」
思わず立ち上がってしまった。
馭者が扉を開けてくれる。ほら、降りろよ~と背中を押してくる父さん。
このタイミングは、わざととしか言いようがない。
カルストの行動はユオンの中で、『アルスは、あの笑顔を貼り付けた頭の中で実はとんでもない事企んでんだぜ。気の毒にな』と翻訳された。
いったい何を考えていて、何をされるのか……恐ろしい。
「父さん! それに載ったらどうなるんですか!?」
聞き出そうとすると、母さんに止められた。
「この世には知らない方が幸せな事もありますのよ?」
母さんは、どこか遠い所を見るような目をしている。
その目が僕の不安をあおった。
「ここまで聞いたんなら、いっそ全てを知ってしまう方が幸せだ!!」
母さんが聞かない方が幸せだと思うような事。
きっととんでもない事に違いない。しかも、アルスにはそれを実行するだけの力と権力と財力があるからさらに恐ろしい。
「あら?」
母さんが、何かに気がついたように僕をみた。
また何か心の声を表に出してしまったか? と慌てて口元を手で押さえる。
「やっと外してくれましたのね? 敬語」
「え? あ」
「いいんだぞ~直さなくて。敬う必要なんてないんだから」
慌てて言い直そうとすると、父さんに遮られ、髪を混ぜられた。
見上げると、嬉しそうに笑う父さん。
なんだか敬意の表れが悪い事のような気さえしてきた。
「風の精霊王様に会ってちょっと安心した感じでしょうか? ユオン生き生きしてますわ」
「ここで奴を持ち上げられるのは不愉快極まりない」
ムスっとした顔で即答したユオン。
その言葉には、イントネーションも『敬語』もなかった。
「目標達成……といっていいのか? これは」
「微妙ですわね」
十ヶ月の間、二人はユオンとの間に溝を感じてならなかった。
一番の理由が『敬語』。
二人にとって、ユオンとの距離を縮める事ーーユオンの『敬語』をやめさせる事はこの旅の目標だった。
「それにしても、早く着きすぎたな~」
カルストは、懐中時計を取り出して時刻を確認する。どうやら予定より一時間も早く着いてしまったようだ。
さっさと王城に入って、待っていれば良いのだろう。
しかしカルロは忙しいだろうから変に気を使わせるのは申し訳なかった。
もともと俺が当主押し付けたのが悪いからな~。
当主の座を巡り、兄弟や親戚どうしで争う貴族もいるそうだが、バージェス家はそういうのとは無縁だ。
もともと気性が穏やかで面倒くさがりかつ軽い人が多く、野心を持つような人がいないのだ。
カルストの父も『仕事? めんどくさ~い』とよくぼやいていた。
そんなバージェス家の家訓は『やる時だけは真面目にやれ』
つまり、普段は『めんどくさ~』とか言いながら書類仕事して、王様や貴族様、一般市民の皆様の前では やる時。スイッチを入れて大変身、真面目で頭のキレる素敵な姿をお披露目する。
先代より受け継いだ『貴族ってのは、見せ場で真面目に取り組んでたら案外なんとかなるもんだよ』というなんともいい加減な精神で約千五百年間ドルバ王国の中枢に君臨してきた。
もちろん、それだけの実力が備わっているからできる事だ。
他の貴族連中が聞いたらブチ切れそうな家訓だ。だから言わないけどな。
カルストもカルロも当主にはもっぱら興味はなく、カルストが勝手に丸投げしてしまったのでカルロが引き受けた、という感じだった。
俺のわがままのせいなんだよな~。
弟は文句一つ言わずに当主になる事を引き受けてくれたが、カルストはわずかな罪悪感を持っていた。
正門前の大通りは活気にあふれている。
どうやら市場が開かれているらしく、道の両端にそって行商人が店を出していた。ここから見えるだけでも珍しいものがたくさんあるのがわかる。
「せっかくですし、お店をのぞいていきません? ルディアお嬢様のお土産も買えるかもしれませんわよ?」
「そうだな、そうするか。なっ、ユオン?」
ユオンはからかわれているのが分かったのか、そのまま店に並ぶ物を見に行ってしまった。
う~ん……素直なのはいい事だが、ユオンにはもうちょっと感情の抑え方を覚えてもらう必要がありそうだな。
「あぁ! もうっ! もどかしいですわ!! ユオンはあんなに一生懸命ですのに、ルディアお嬢様ったらどうして気がつかないのでしょうか!」
「ははは~そうだな~。
でもな~マルタ? お前だけはそれ言う資格まったくないぞ~」
「あら?冬なのに蝶が……はっ! インスピレーションが湧いてきましたわ! 次のシーズンはこれでいきましょう!!」
「無視か~。
……うん。いいよ? 分かってましたとも」
いつものことさ。
「おんやぁ? カルスト様じゃないか!」
「ほんとうだ!」
ユオンが店を回っていると、街の人々が父さんの方に集まっていく。そういえば、バージェス家の本拠地は王都にあると聞いた事がある。
ここは、父さんの故郷という事になるのか。
すぐに父さんは人に埋もれて見えなくなってしまった。
あまり近づかない方がいいな。巻き込まれたくない。
再び店を見て回る。
ルディアへのお土産って何がいいだろ?
食べ物は帰りにドルバ王国名産の甘菓子を買う、というのは来るまでにで父さんと母さんと一緒に決めた。
あと、何か形に残るものを買ってあげようと思っている。思ってはいるんだが……。
「何をあげたらルディアは喜んでくれるだろ」
ユオンの知るルディアの好きな物といえば……退屈しない物?
彼女が持っている遊び道具は、どれもかなり使いこまれていて、大切にしているのがよく分かった。
トランプなんかは擦り切れ具合でババが分かってしまうほどだった。
新しいトランプとか?
ただのトランプじゃつまらないから、何か変わった形のとか……珍しいものがあれば……。
変わったトランプはないかと数件の店をのぞく。しかし、普通のトランプが置いてある店すらなかった。
そうだよな……トランプなんてこんな市場に出回るはずがない。
ため息をついて、諦め気味に次の店をのぞく。
うそ……あるし!!
それは全体が何かの金属でできていて、裏面には太陽と月の美しい彫り絵細工がしてあった。表面の数字や絵柄の部分には、なんと色とりどりの薄いガラスがはめ込まれている。
金属でできているにしてはそこまで厚みもなく、とても軽かったので僕達でも簡単に扱う事ができそうだ。
「探せばあるもんだな」
諦めかけた矢先だったので、驚きも二倍だ。
他にどんな物が置かれてるんだろうと、その店の品物を見回す。バネのついた人形や、欠けたネジ、ビンのふたなど、何に使うかわからない物ばかりだった。
「坊や。気に入った物はあったかい?」
眺めていると、店主の老人に声をかけられた。長い顎鬚を生やした親切そうな人だった。
「はい。このトランプなんですが……」
「ほおーそいつか。綺麗じゃろう?」
ユオンが頷くと、老人は目を細めた。
「あの、これいくらで譲っていただけますか?」
「そうじゃなぁ……」
顎鬚を撫でながら老人は僕とトランプを交互に見る。どうやら、値段を考えていなかったようだ。
いくらなんだろうか。これだけ素晴らしい細工をされているなら最低でも一万ギルはするだろう。ここにくる前に持たせてもらった五千ギルでは買えない。
でも、これはなんとしても欲しい。
ルディアに喜んでもらいたい。
……値切るか。
頭の中でその段取りを考えながらじっと老人の答えを待つ。
「千ギルでどうだ?」
「え?」
聞いた瞬間力が抜けた。思ったよりもかなり安い。値切る段取りは無駄になってしまった。
「なんじゃ? 不思議そうな顔じゃの。もっと高い物だと思っとったか?」
「はい。頭の中は値切る段取りでいっぱいでした」
素直に本当の事を伝えると、老人はからからと笑った。
「これは今のわしにとってはなーんも価値のないもんじゃ。学院にいた頃美術の課題制作で作ったものだよ」
「そうだったんですか!? すごいできですね」
そう言うと老人は静かに首を横に振った。
「いやいや、あそこでわしは落ちこぼれでの。
課題制作のお題は彫刻だったのだがわしには石を削る力もなかったし、土魔法も苦手じゃった。
他の生徒はみんな立派な彫刻を作っとったが、わしが作る事ができたのはそれだけじゃったよ。
じゃが……あの時はじめて落ちこぼれのわしが先生に褒められての『私はこの作品は素晴らしいと思うぞ』と言ってもらえたんじゃ。
嬉しかったのぉ」
しみじみと語る老人。そんな大切な思い出のある物を売って良かったのだろうか?
「ほっほっほ。すまんのぉ。わしの話につき合わせて。ほれ、千ギルじゃぞ」
そう言ってトランプを差し出してくる老人。
「でも……」
老人の思い出話を聞いたあとで、それを受け取るのはためらわれた。
「なぁに、気にする事はないぞ。わしはもうそいつを使わん。だが、そいつは誰かに使ってもらった方が幸せじゃろう」
老人は、本当にそのトランプを大切に扱っている。
僕は千ギルで、それを買った。
「実はこれ、ある人にプレゼントにするつもりなんです」
「ほう。そうじゃったか」
「その娘なら、絶対大切にしてくれます」
ルディアなら大人になっても、暇になったら精霊召喚してトランプしそうだ。
「そうか。そいつは嬉しいのう。
じゃが、そんな物で良いのか? プレゼントじゃろう?」
「充分です。いいお話も聞けましたし」
プレゼントする時にこのトランプの事を彼女に話そう。彼女は外の話が大好きだから……。
「……そうだ!!」
いい事を思いついた!これなら、彼女は絶対喜んでくれるはずだ。