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第32世界  作者: 閃夜
Ⅲ ドルバ王国
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―3―ユアン・アレイドの家

 鍵で玄関の扉をあける。今まで何回も繰り返してきた行動だが、なんだか変な感じがした。

中に入ると懐かしいハーブの香り。


 久しぶりに、帰ったな。


 ここで一緒に暮らしていた両親は、もうどこにもいない。

感傷に浸りながら部屋を見回す。棚に並べられた薬びんも、擦り切れた絨毯も、整理された本棚も家を出たときとなにも変わりなかった。

でも、なぜか懐かしい部屋との間に見えない幕があるようで……あの日々をよい思い出として見ている自分がいることに気づかされる。

 今の生活が僕に浸透してきているのか。

そう感じた。


 

片付けを始め、必要な物などを自分の空間にしまい込む。もくもくと作業をしていたユオンは、ふと何かがおかしい事に気づいた。


 十ヶ月も空けていたにしては、綺麗すぎないか?


 部屋の棚の上や、机も、まるで誰かが住んでいて丁寧に掃除されているかのように綺麗だったのだ。


 ユオンは台所に向かった。



「! これは……」


 ユオンが目にしたのは、色とりどりの野菜がはいっている野菜カゴ。だが、ここを出る前この野菜カゴは確かに空にしたはずだった。


 間違いない。誰かが勝手にこの家に住み着いてる。


 何の許可もなく住まれるのは嫌だった。普通の感覚だと思う。


「いったい誰が……」



 気をとられていたユオンは、背後から近づいてくる人影に気づけなかった。











 その頃、外ではカルストが商人と家の売約を済ませたところだった。

書類にサインをして、契約完了。商人は書類を受け取ると、そそくさと帰って行った。ドルバ王国で、カルスト・バージェスの名前は有名すぎたようだ。





「ユオンに、あの事を話すんですの?」


ずっと隣で黙っていたマルタが唐突に尋ねてきた。


「あぁ。ユオンならちょうどいいだろう。嫌か?」


そう返すと真紅の瞳に影がさし、彼女は視線を落とす。


「複雑ですわ」

「そうか」


複雑……ね。正直、反対されると思ってた。

まあ、最終的に決めるのはユオンだ。





ガシャーーーン

「「!!?」」


突然、家の中から大きな音がした。同時に、ユオンの魔力が大きくうねるのを感じる。


まさか、空き巣でも入っていたか!?


二人は家の中に駆け込んだ。













「ユオン!? 大丈夫っ……そうだな」


ユオンは、家の中の台所にいた。

ひっくり返って足が天井に向いている机の上に乗り、何かを掴んでいる。三つ編みに結われた人間の髪のようだ。

よく見ると机の下に人が一人下敷きになっいて、バタバタともがいている。


「ユオンに限って心配は不要でしたわね……」

「だな」


まったく、出来が良すぎて困る息子だ。


ホッとして、机の下でもがく男をもっとよく見ると……黄緑色の髪、オリーブ色の瞳……


ん?どこかで見たことある……



「あれ!? 風の精霊王!!?」



ユオンが来た日にファーラス家を訪れた風の精霊王がそこにいた。

彼は机の下で「痛い! 痛いですよユオン!!」とわめいている。


対してユオンは無反応で、ピクリとも動かない。

揺れる机の上を、掴んだ風の精霊王の髪だけでバランスをとっているように見える。


しばらくして、ようやく微かに動いたユオンの唇からこぼれ出た言葉は……






「……地に還れ」







ユオン、ダークサイド入りましたー!!


全身からにじみ出る彼の闇の魔力は、ユラユラと揺らめき、おどろおどろしい雰囲気を作り出している。




不覚にも呆然としてしまったカルストが我に帰り、慌てて止めに入る。


「 ユオン! 何やってんだ! 風の精霊王だぞ!?」


ユオンは、それを聞いてもやめようとはしない。

それどころか、『風の精霊王』と聞いた瞬間一段と彼の魔力が大きくうねったような気がする。



「分かってます。

コレに関しては、敬意なんて不必要です。

存在価値なんてありません。

コレが存在するためのスペースがもったいないです。木でも植えた方が絶対世界の為になります。

コレが消滅した際にはシルフを新精霊王に推薦します。


だいたい、喜んでるじゃないですか。踏まれて」



無表情に、何も映していないような瞳、抑揚のない口調……それで精霊王をボロクソに言うユオン。


扱いづらい! 扱いづらいぞ息子よ!!



「酷いですよユオン! せっかくお兄さんが留守を任されていてあげたのにぃ痛い痛い痛い!!!」


「頼んだ覚えない。

というか、なんであの時一人帰ってんだよ?

あと、ルディアに何もしてないよな?」


ユオンは、掴んでいる風の精霊王の髪をグイッとおもいっきり引っ張る。情けなんて微塵も感じられない。


涙目になっている風の精霊王は、机の下でパチンと指を鳴らした。次の瞬間、机は床に倒れ、彼はユオンの背後にまわっていた。


そして、


「ユゥオーーン! 久しぶりですね!!」


おもいっきりユオンに抱きついた。あれだけこけにされていたのに、ものすごい笑顔だ。


「うざい! キモイ!! うせろ!!」


バキッ! ドゴッ! ボキッ! という音がして、ユオンの放った三段技が風の精霊王に命中する。


あぁっ、蹴りが甘いっ……じゃなくってだな!! そんな事をしていいのか!?



改めて説明しよう。この世界で、もっとも偉いのが土炎水木風雷無を司る七人の精霊王達なのだー!!



風の精霊王はユオンの攻撃をくらってフラフラしながらも、はははと笑っている。


「心の広い精霊王様ですわね」


マルタが隣でそんな事を言って感心しているが……これは 心が広い なんてレベルではないと思う。



「チッ

しぶといな……」


ユオンからとうとう舌打ちがでたので、本格的に止める事にした。

後ろから、ユオンを抱き上げ、腕の上に座らせる。外見だけなら六歳児なユオンは、簡単にカルストの腕の中におさまった。


「うわっ! 父さんっ! 下ろして!!」


ユオンが暴れても体格差がありすぎてカルストはびくともしない。


懐かしいな~。レジェル様もアルスに抱き上げられた時こんな反応してたっけか。


ジタバタと暴れるユオンを見て、ふとそんな事を思い出し、笑みがこぼれた。



「ふぁ~! ずるいです! 私も!!」



そういってマルタが手を伸ばしてきた。


ようするに、愛しの妻が俺に向って手を伸ばしてきて、その間からうるうると可愛い瞳で俺を見上げてきたというワケだ!!


つまりこれは!!!




「抱き上げて欲しいのかマルタ!!??」


「いえ、ユオン抱っこしたいです」




ですよね~。分かってましたとも。

冷たく言い放たれた言葉は、カルストの心に深く突き刺さった。

腕の中でもがいているユオンをマルタに渡す。


「にょーー! ユオンちっさいですわ!! 可愛いですわぁ!!」


スリスリとユオンに頬ずりをするマルタ。微笑ましいような……羨ましいような……。



「うぅ……抱っこされるような 年齢じゃない……」


嫌そうな顔をしたユオンは、まだ抜け出そうともがいている。しかし、マルタがそうはさせない。


かなり抵抗していたが、疲れたのか、諦めたのか急に静かになってしまった。


「ははは。観念したか? ユオン」


「よしよ~し! じゃあ次は私の番ですね~!!」


風の精霊王が自然と割り込もうとしてくる。

あ~あ。せっかく収まろうとしていたのに。


「滅びろ!!!」


ユオンが再び暴れだしたので、おさめてきます。しばしお待ちを。











「で、なんでここにいるんですか? 風の精霊王様?」


やや落ち着いたユオンは、風の精霊王から約五メートル離れたところでマルタに抱きしめられている。羨ましい。


「いえね、ユオンがこの家に帰ってきたとき誰もいなかったらかわいそうじゃないですか!

だから私が、ユオンが帰ってきたときに暖かーく出迎えられるように留守を守っていたわけですよ!!」


熱弁であった。


「いらん。頼んでない。西の神殿に帰れむぐぐっ」


マルタがユオンの口をふさいだようだ。いちいち反応されたら話しが進まないので助かった。


「まだ、話は終わっていませんよ?

カルスト・バージェス。私達精霊王が、どうしてこの家の主達にユオンの魔力封印を頼んだと思いますか?」



「なるほど……そういう事」


「どういう事ですの?」


一人で納得してしまったカルストに、理由が分からないといった様子のマルタが尋ねる。


「ユオンの育ての親、ユアン・アレイドは、高名な魔術陣作家だったんだ。今までに、数々の魔法陣を作ってきた。

精霊王達は、彼の腕を見込んで封印の陣制作を依頼した」



ユオンに関する事は『GAZ』を使って調べていた。もちろん報告書にはユアン・アレイドの事も書かれていたので知っていた。

風の精霊王が静かに頷き、先を促す。


「魔方陣を作る過程では失敗作や、危険な物ができてしまう事がある。

おそらく、この家にはそういった陣が多数保管されているんだろう」


「なるほど。そういう事でしたのね」


パチパチと風の精霊王が軽く手を叩く。


「その通りです。

誰かの手に渡ってしまってはいけないので、私がユオンの出迎えのついでに見張ってたんです」


どこか得意げな風の精霊王。真面目なのか不真面目なのか分からない。


「ファーラス家の者に処理を任せましょうか。伝えて下さい。


『世に出ては危険な物は処分を、制作途中でこれから何かに使えそうなものはどこかの機関に提供でもしてくれ』と。

これは、ユアンの遺言です」


「わかりました。アルスに伝えておきます」


「で、その失敗作の保管場所って? 僕は何も聞かされていなかったけど」


本日はじめて、まともにユオンに話しかけられたのが嬉しいのか、風の精霊王はものすごい笑顔だ。


「そこの絨毯をめくってみてください」


絨毯をめくると、そこには魔方陣が床に焼き付けられていた。


「ユオン。その上に立って陣に魔力を注いでみなさい」


ユオンは、言われた通りに魔力を注いだ。

すると、少し離れた場所の床に、異空間につながる小さな穴が開いた。中には数十枚の紙切れが入っている。


取り出してザーッと目を通していく。めんどくさい陣ばかりで、見ているだけで頭が痛くなりそうだ。カルストはそれの枚数だけ数えて自分の空間に放り投げる。


帰ったら読み解き作業をしないとな。




「あ、そうだユオン。荷物整理は終わったか?」


「あっ! まだです。コレがいたので、すっかり時間をとられてしまいました」


コレ=風の精霊王。


「いやですねぇ、ユオン。いつもお兄ちゃんと呼んで下さいと言ってますのに……」



「じゃあ、僕片付け再開してきます。家具とかいらない物はおいといていいんですよね?」


「ええ。何か手伝いましょうか?」


「ありがとう母さん。じゃあ……」


ユオン……風の精霊王、無視されて泣いてるぞ?


その後荷物整理が終わるまでの間、ユオンが風の精霊王の相手をする事はいっさいなかったとか。

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