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第32世界  作者: 閃夜
Ⅲ ドルバ王国
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―2―もう一つの目的

 ガタガタと揺れる馬車の中。ユオンは一人静かに本を読んでいた。

 目の前では父さん(カルスト)が書類を広げて仕事をしているようだ。隣にはもくもくと編み物をしている母さん(マルタ)


 馬車の揺れの中で文字を読んだせいか、頭が痛くなってきた。本を閉じ、窓の外に目を向ける。

 今はファーラス家の周囲にある深い森を抜け、数時間街道を進んだところだ。ちらほらと農民達が住むレンガ造りの家が見えてきた。

 ユオンはこの風景を見た事があった。この街道はファーラス家に行く途中、死んだ両親と共に歩いた道だったから。


 ここまできたら、ドルバの王都は近いかな。


 思った通り、前方に大きな街が見えてきた。その中心にあるのが王城。ドルバの王族が住んでいる城だ。今からあの王城に行くらしい。


 バージェス家現当主カルロ・バージェスは、若くしてドルバ王国の大臣まで上り詰めた実力者だ。

 大臣ともなると忙しく、なかなか休みがとれない。こちらも今の時期以外は暇が取れそうになく、王城で会おうという事になった。




 外の景色がゆっくりと流れていく。窓の外では数人の子どもが遊んでいるようで、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


 ルディアは何してるだろ。退屈してないかな。


 気になるのは屋敷で留守番をしているルディア。彼女とは、この数ヶ月でかなり仲良くなったと思う。

 彼女はユオンがドルバに住んでいたときの話をしきりに聞きたがった。ドルバに住んでいたときの話といわれても、なにを話せばいいかわからず、市場でのちょっとした事件や行商人との会話など日常生活の事を話した。つまらない話だったが、彼女にとっては新鮮だったらしく、すごく楽しそうに聞いてくれた。




「ルディアお嬢様が気になりますか?」

「!」


 びっくりした。

 母さんが編み物をしながらいきなり話しかけてきた。


「あの調子だったから……心配で」




 ファーラス家を出発するとき、ルディアはかなり駄々をこねた。一緒に行く! と言って、ユオンから離れなかったのだ。

 そういえばレジェルが僚に行く時も一悶着あった。


 大人達はルディアが同行するのは反対のようでアルスとルイーゼがダメだ、と彼女に言い聞かせていた。


 すると、ルディアは泣き出したのだ。


『どうして私はお外に行っちゃいけないの!? 今まで一度だって屋敷の外に出してくれた事がないじゃない!!』


 僕の腕に巻きついたルディアの腕に力が入る。


 なるほど。だから外の話を聞きたがっていたのか。


 ボロボロと涙をながし、しゃくりをあげる彼女に、大人達も困って顔を見合わせる。

 多分、なにか外に出せない理由があるんだろうと思う。父さんと母さんが難しい顔をしている。


 なにより、娘異常溺愛症のアルスが真面目顔だ。


 大人達の様子に不安を覚えた僕は、ルディアを諦めさせる事に決めた。


『ねえ、ルディア。今回は留守番してなよ』

『いや』


『アルス様達を困らせちゃダメだよ』

『いや』


『ほら。そういうところが子どもだっていうんだよ?』

『子どもじゃないもん』


『子どもじゃないなら、駄々こねるものじゃないよ』

『駄々こねてなんかないもん!』


『そう? じゃあ、行ってくるから』

『いや!』


『やっぱり子どもなの?』

『違うもん!』


『じゃあ、いい子に留守番して『いや!』


『すぐに帰って来『いや!』


『ルディア、ちゃんと聞き『いや!』


『ルディ『いやぁ!!』


 今かな。


『じゃあ、行く?』

『いやあぁ!! ………あっ! 『わぁ~。ルディア。分かってくれたんだ! ありがとう! いい子だね。いっぱいドルバのお土産持って帰ってくるよ』


 自分でも無理矢理すぎだったと思う。でも、素直な彼女なら効かない事はないだろう。

 やはりルディアは再び泣き出してしまった。こうした方がいいんだろうとは思ってした事だが、彼女の涙をみると心が痛んだ。


『ふぅう……っく……いや。ユオン、行かないでぇ……』


 ぎゅうっと抱きついてくるルディア。ドルバ王国へ挨拶に行くだけなのに、端からみたら今生の別れみたいになっていることだろう。

 ものすごく可愛いと思うが、そろそろ娘異常溺愛症患者(アルス)の視線が非常に気になりはじめたのでそっと彼女の手をほどき、頭をなでる。


『すぐに帰ってくるから、ね?』

『もういい!!』


 彼女はそう叫んで僕の手を振り払うと、屋敷の中に入ってしまった。


『悪い事したかな……』


『いや、ありがとう。今、彼女を外に出す訳にはいかないんだ』


 アルスが複雑そうな顔をして屋敷の方に視線を向け、ルイーゼはルディアの様子を見に屋敷に戻っていく。


『カルスト。今のうちに出立しろ。ルディアに、なにか美味しい物でも買って帰ってくれ。

あと、例の件も頼む』


『ああ。じゃあ行ってくる』

『いってきます』




 ……これが出発するときの話。そして、冒頭だ。




「ルディア様にはいろいろとありまして、一度もお屋敷から出られたことがないんですの。

ユオンが来てからルディア様も楽しそうで……本当によかったですわ」


 長い間傍でルディアの世話をしていた母さんだからこそ、喜びが増すのだろう。ほんとうに嬉しそうに微笑んでいる。


「どうして彼女は外に出たらいけないんですか?」


 おもいきって気になっていた事を聞いてみた。今までそれとなく尋ねようとはしたが、なんとなく言い出せずにいたのだ。


「それは……」


 言ってはいけない事なのか、母さんは助けを求めるように父さんをみた。

 一応父さんはファーラス家に仕えている者の中では一番偉い人らしい。バージェス家長男ともなれば当然か。


「ユオンもすぐにわかるさ。

それよりも、ほら。目的地に着いたぞ。ここだろう?」


「あ……はい。そうです」


 窓からみる景色は、いつのまにかよく見慣れたものになっていた。

 ゆっくりと馬車が止まり、目の前にあったのは、やはり見慣れた小さな家だった。



 ユオン達がドルバに来た目的は、ただバージェス本家に挨拶をするだけではない。


 ドルバにはユオンが今まで死んだ両親と共に住んでいた、もう誰も住むことのないであろう家がある。そこから必要なものを引取り、売るのも目的のひとつだ。

 住んでいた当時は大きく感じられた家も、今となってはとても小さく見える。あんなに大きなファーラス邸に住んでいたら当然の感覚だろう。


 少し寂しさを感じた。


 実に約十ヶ月ぶりの、主の帰還だった。


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