―9―カルスト父さん
MEDYの一件が落ち着いた後、カルストは、書類を取りに自室にかえっていた。
そうだ。ついでにアレも……ん? あれ!?
アレがない!? どこいったんだ!? さっき、確かにポケットの中に……そういえば、アルスにおもいっきり蹴りをいれたっけか? もしかしなくても、あの時に落としたか。
机に両手をつき、がっくりとうなだれる。自分のドジさにほとほと嫌気がさした。
マズイ。さっさと回収しないと、また面倒くさい事になるかもしれない!
カルストは、あわてて来た道を引き返した。
「はぁ~」
疲れた。
MEDY達が執務室を出て行ったあと、ユオンはソファに座り込み大きなため息をつく。
MEDY達に『暗示』をかけた事で、ユオンは多くの魔力を消費していた。
先に『魅了』で術をかけやすくしたが、聞いていた通り彼女達の魔力が強く、予想以上にてこずってしまった。光属性のーー特にルイーゼは、諦めようかとも思ったほどだ。
さすがは、ルディアの母といったところか。
逆に、母さん(マルタ)は一番術のかかりが早かった。なんの障害もなくて罪悪感を感じてしまうほどだ。
それだけ、心を許されていたのか?
そう思うと、彼女が悪いとはいえ胸が締め付けられた。
「ユオン! 大丈夫?」
ルディアが心配そうに近寄ってくる。
「魔力の消費が激しいわ。私、魔力飴とってくるね」
そう言って彼女は執務室から出ていってしまった。今、部屋にいるのは僕とレジェル、アルスだけになった。
「このために、僕らに近づくなって言ったのか」
『暗示』の無詠唱。しかも、かける人々の魔力が高いとなると、光属性であるルディア達は、正直邪魔なのだ。
「まぁ。原因をつくったのは、僕だったみたいですし」
母さんに服を頼んだのは事実。まさか、こんな事になるとは思ってもみなかった。
面白い所だな、ファーラス家は。
「君のおかげで、MEDY問題は解決だよ! ありがとう!!」
アルスが笑顔でユオンの頭をワシャワシャと混ぜる。疲れから、反応するのも億劫でとりあえず、わずかに笑っておいた。
「ん? なんだ? アレ」
視界の隅に何かが落ちているのが見えた。立ち上がって、拾い上げる。
「なんだろう、これ?」
「あぁ。それはね」
西の国にある科学が発展した街で流通している、音声を記録する『録音機』という機械だ、とアルスが説明してくれた。これに記録した音声は、何度も繰り返し聞く事ができるらしい。
「あ、何かついてる」
紐の部分に、ペンのような物が引っかかっていた。
「それはカルストの万年筆だ。じゃあ、これは彼の? 録音機なんて何のために持ち歩いているんだ?」
アルスは、カルストが録音機を持ち歩いていた事を不思議に思っているようだ。
「仕事で使うんじゃないんですか?」
「いや、カルストは録音機は使わない。魔力石に記録するのが、彼の手法だ」
二人の会話から、カルストが何の仕事をしているのか疑問に思ったが、それよりも録音機に興味があった。
四つあるボタンに、再生、停止、巻き戻し、早送りと書かれている。
ぴっ
「あ」
いじっていたら何かを押してしまったようで、緑色のランプが光り、音声が流れてきた。
『怒ったマルタもかわいいよ』
ブツッ
アルスが横から静かに停止ボタンを押した。
今のは……カルストの声だった。しかも、自分に陶酔してんじゃないか?ってくらい甘ったるい言い方。
……録音機って、何度も聞くためにあるんだよね?
「「「……」」」
沈黙が訪れた。
アルスが無言でそれをつまみ、レジェルに差し出す。
レジェルはあきらかに嫌そうな顔をして、こんな物渡してくるなというように手をふる。そして、僕の方を指差す。
いらないよ……。
そんな感じに、録音機の押し付け会いをしていると、外からバタバタバと足音がした。アルスがとっさに録音機を自分のポケットに入れる。
ガチャ
入って来たのは……カルストだった。
「カルスト。ど、どうしたんだ?」
アルスは普通に振舞おうと頑張っているようだが、視線がおよいでいた。
「いや、ちょっと忘れ物をさ」
しかし、カルストはアルスの不審な行動に気づいていないようだ。気づけないくらいキョロキョロと執務室の中を見回して何かを探している。
もしかしなくても、あの録音機だろう……。
カルストは、一通り執務室を見て回った。が、お目当ての物は見つからなかったようだ。
それはそうだろう。だっておそらく彼が探しているものは、アルスのポケットの中だ。
「あの……さ、アルス。この辺で、録音機見なかったか?」
!!!
いきなり核心をついてきた!
黙りこむ僕ら……。
「……見たんだな。聞いたんだな!
いいわけをさせてくれ!!!」
いいわけがあるのか!!
三人でおもいっきり引いた。
「いや、もう、わかってるよ。大丈夫だ、誰にも言わない。
お前にもプライバシーの一つや二つあるからな」
アルスは大きく頷いた。視線をカルストに向ける事はない。
「違う!ちがうんだ!!
はっ!!」
カルストは、アルスの背後から冷たい視線を投げかける僕に気がついたようだ。目が合うと、サーっと青ざめていく。
「あの、大丈夫ですよ……。大丈夫です。
えっと、上手く言えたセリフってなんか……何回も聞きたくなりますよね」
そして、そっと視線をはずす。
「ユオン!? 何を言ってるんだ!! 違う!! 違うぞ!! 俺は、そんな人間じゃない!!」
「それ以外の解釈なんてできないだろ」
アルスがカルストから僕を守るように立ちはばかる。
「違う!! ルイーゼに録られたんだ!!」
「わかった。わかったから。
レジェル。ユオンを連れて夕食でもとりに行きなさい。醜い大人の姿を見せるものではない」
「はい」
「はい!!? 違うって! 絶対、分かってないだろ!! 俺は無罪だ!」
レジェルに連れられて執務室を出た。後ろから悲鳴に近い叫びが聞こえてきたが、気にせず食堂に向かう。
「ユオン。一応言っておくけど、僕はカルストを尊敬してるよ?」
「はい。分かってます。完璧な人間なんていませんよね」
慰められるように、ぽんっと肩を叩かれた。
「あれっ!? ユオン!? 大丈夫なの?」
途中で、魔力飴を持って引き返してきたルディアと会えた。すれ違いになったらどうしようかと思っていたところだ。
今、執務室には行かせない方がいいだろう。
「何味がいい? なんでもあるよ。多分」
両手で持てるだけの魔力飴を掴んできたらしい。彼女の小さい手の中には色とりどりの魔力飴があった。
「じゃあ、黒豆」
「く……黒豆?」
「好きなんだ」
「へぇ。めずらしいね」
甘さ控えめ。かつ、無駄な味がない。世間では最も人気のない味などと言われているが、僕は好きだった。
黒豆味のそれを口に含み、再び歩き出す。
カルスト・バージェスとマルタ・バージェス。父さんになる人と、母さんになる人。
今日一日で、二人ともの、なんというか負の面を見つくした気がした。