―8―本性発揮
しばらくして、着替えを済ましたユオンがふたたび執務室に入ってくる。
「「「「きゃーー!!」」」」
とMEDYから黄色い声援が飛んでくる。
おい待て、此処を会場にするな……。
しかし、始まってしまったものはもう遅い。
諦めて、件のユオンをみる。
レジェルの服を、彼に合うように黒色に染め、襟の端に赤いラインをつけてアクセントにしている。
なかなか似合うじゃないか。
ほぅ。とアルスも感心する。
メイド達がキャーキャー言っている。なかでもマルタは格別に騒がしい。
「きゃーー!!! 可愛いですわ! 可愛いですわ!!! 可愛いすぎですわぁーーー!!!」
「マルタ……落ち着け」
カルストが、やわめに制止にはいり、アルスも苦笑する。
「ユオン、かっこいい」
ルディアの小さな呟きが聞こえ、彼女を見るとほんのり頬が染まって……い……る?
「ルディアァァァァア!!??」
「おまえも落ち着け!!」
カルストに、おもいっきり背中を蹴られた。マルタとの扱いの差が酷い気がする。
「よく似合うわ!! ユオン!!」
ルイーゼはテンションが大幅に上がっている。楽しそうでなによりだ!
ちなみに自分は、既にやけくそである。
「それでぇ~! こんな服も作ってみたのですけど~! サイズが合いますかしら~?」
目が怖いぞマルタ。
自分なら、絶対に怖気付くだろうと思うような場面でも、ユオンはしゃんとしている。
「合いますよ。それも、レジェル様が着ていたのでしょう? 同じ人が着ていた服なら、それも合います」
彼は、はっきりとした口調で曖昧な表現を使わなかった。
正論故に、一瞬静止するMEDY。
「で……でもでもっ、ユオンに似合っているか、ちゃんと見ないとわかりませんわっ?」
マルタの言葉に、そうそう!とMEDYが頷き合う。
「だって、皆さんが僕に似合うように一生懸命アレンジしてくれたんでしょう? ずぅっと仕事場に篭って作業してくれていたって聞きました。だったら似合うに決まってるじゃないですか」
顔の前で手を合わせ、にっこりと天使のような微笑みを浮かべるユオン。
ははははは。
素晴らしい発想の転換だ。
いったいどうやったら、そこまでポジティブかつ現実からかけ離れた解釈ができるのか……是非とも伝授願いたいものだ。
「でもでも、コレを着たユオンが見てみたいんです〜! 愛でたいんです〜~! 目の保養にしたいんです〜!!」
マルタからとうとう本音が漏れた。
ユオンは少し困ったように眉を寄せると、ふぅーと息を吐き、再びあの天使のような笑顔を浮かべる。
!!!??
おいおいおいおい!!!!
アルスは、ユオンの変化を見逃さなかった。
隣にいるカルストも口を開けて驚いている。
レジェルとルディアが、数歩後ずさった……。彼等も気がついたようだ。
ユオンは、……彼は、………闇魔法、『魅了』を発動している!!
天使の微笑みを浮かべながら、悪魔の魅了を放つ!漆黒の衣服を身に纏う、その姿はまさに小悪魔!!
黒い!! なんて黒いんだ!!!
彼の本性を垣間見た気がした……。
完全な詠唱破棄なので、テンションが上がりきっている女共は全く気がついていない様子だ。
「楽しみは、とっておくものですよ?」
ユオンが首を傾けると、サラッとした黒髪が流れる。
『魅了』の効果もあって、MEDYの顔がぽーっと染まっていく。
全員が、『魅了』された事を確かめたユオンは、次なる段階にはいった。
魔力を複雑に練り上げ、雷魔法と闇魔法の合成魔法……『暗示』を実行する。
「皆さんが、楽しみを求める気持ちは分かります」
目を細め、柔らかに微笑むユオン。
なんて優し気な表情なんだ!!
だが、『魅了』中である。
「でも、誰もが同じ気持ちを持っています。皆さんが、楽しみを求める事で、誰かが大変な思いをする……それが顕著なら、公平じゃありません」
今度は、悲しげな表情で視線を落とすユオン。
そんな痛ましい彼をみたMEDY達が、あああっ!!と、悲鳴をあげる。
「『着せ替え』も、楽しいかもしれませんが、人に迷惑をかけたらいけないです。
これからは、人に迷惑を掛けないように、目の保養してください」
再びニコッと笑うユオン。
なんて無邪気な微笑みなんだ!!
だが、『魅了』中である。
彼女達は、ぽーっとした表情でユオンの話を聞いていた。
「ね? お願いします」
とどめの上目遣い。
美少年の上目遣いは稀少価値が高く、破格の破壊力があったようだ。
うんうんと大きく何度も頷くMEDY達。涙を流して感動している者もいる……。
「ありがとうございます」
満足気な笑顔のユオン。
『魅了』で術のかかりをよくした状態で、言葉の綾と己の容姿をうまく活用し、言いくるめ、
最終的には、『暗示』で納得させる……。
将来が末恐ろしい。
アルスは、身震いした。
今ここに、伝説ができた。
数百年にわたり、ファーラス家歴代当主達の頭を悩ませてきたMEDYが、たった六歳の美少年(ここ重要)によって、鎮静されたのだ!!
『暗示』の効果で、彼女達が『着せ替え』をはじめる事は二度とないだろう。
信じられないものを見た……。
アルスは、体中の力が抜けていくような錯覚を覚えた。
「なぁ、アルス」
カルストが、ユオンを見ながら話しかけてきた。
ユオンは、今、マルタにそれはもう、もの凄い勢いで撫でられている。
「なんだ?」
「ユオンは、GAZに向いてると思うんだ」
「奇遇だな、同感だ」
ちょうど同じ事を考えていたところだった。
「もう、仕事を与えても問題ないレベルだとも思うんだ」
「奇遇だな、それも同感だ。だが、今はそこまで切迫した仕事がない……いや、まて」
アルスはルディアに視線をむける。カルストも彼女を見た。
アルスがカルストに頷くと、カルストはニヤリと笑った。
「よし。ユオンの教育方針が決まった。それでいいな?」
「ああ、頼む」
まだ、マルタに撫でられ続けている彼に愛しい我が子を任せる事にしよう。
結婚は、許さんがな。