―2―六歳の誕生日
「ルディア様ーー!」
あれから六年。あの日の大地震は世界を襲った大災害として歴史に刻まれた。
あの時ファーラス家も、精霊フル活用、魔力全開で救出作業にあたったが、多くの人々が亡くなった。
「ルゥゥディア様ーーー!!」
ウィドン神の言った通り、赤子の死亡率は異常で、あの年に生まれた子は例年の半数にも満たなかった。
さらに、当日に生まれたのは妹だけ。
後で調べると妹の生まれる前約一ヶ月と、後約一ヶ月に生まれた子供は皆無だった。
「ルゥゥゥゥディィィィア様ぁぁぁーー!!!」
……妹は、ルディア・ファーラスと名付けられた。かの英雄のようにあれ。という願いかららしい。
「ルゥゥゥゥディィィィアァァァァ様ぁぁぁーー!!! ほんと出てきて!!」
「うるさいぞ! カルスト!!」
黒髪碧眼の執事服に身をつつむカルストは、ファーラス家に仕える執事だ。父様と同い年で、父様の一番信頼する親友でもある。
「レジェル様! ルディア様を見ませんでしたか!?」
「また何処かにいったのか……」
妹、ルディアはなんというか……逃亡癖があって、隙あらば何処かにいってしまう。うちの使用人は皆優秀なはずなのだが、彼女の方が一枚上手らしい。
「ありえませんって。今回はあのマルタを撒いて何処かにいったらしいんですが……」
マルタとは、カルストの奥さん。彼女もこの家でメイドをしている。
「カルスト!! お嬢様は見つかりましたか!?」
噂をすればなんとやら、赤毛に真紅の瞳をしたマルタが向こうからやってきた。
「やぁ、マルタ。またルディアが逃げ出したらしいね」
レジェルの言葉に、マルタは半ば遠い目をして
「レジェル様……。お恥ずかしいですわ。お嬢様はすばしっこいのなんの」
「まぁ、アルスとルイーゼの子供だからな。と言ってしまえばすべて丸く収まってしまうのが一番恐い……」
カルストも同じように遠くを見はじめた。
「二人ににそこまで言わせるなんて……さすがルディアだね」
唐突に、レジェルは手を伸ばし、二人の間の空を掴む。
「きゃっ!」
何もないはずの所から可愛い叫びが聞こえて、カルストもマルタも驚き、おもわず後ずさる。
「見つけたよ。ルディア」
レジェルがルディアであろう塊を抱き上げると、そこにスーッと金髪をふたつに結った可愛らしい少女――ルディアが現れる。
「なんでみつかるの!?」
ルディアは金の双眸でレジェルをにらむ。ルディアは真剣に睨んでいるが、レジェルから見ればそれは、かわいらしいものでしかない。
「ふふ。ルディアはほんとうに光魔法が上手だね」
「お兄様には敵わないわ」
金髪金眼の妹を、銀髪で紫色の瞳をした兄が抱き上げる。その姿は、絵画から抜け出してきたかのように美しい。
「こんなとこに!!」
「はぁー。とりあえず見つかってよかったですわ」
カルストとマルタは、安心して気が抜けたようだ。
マルタがレジェルからルディアを受け取り、抱きかかえる。
「ルディア。あまり皆を困らせてはいけないよ?」
レジェルがいつものようにいうと、ルディアは口を尖らせながらも
「はぁい」
といつものように返事をした。
「さあ、ルディア様。これから貴女の誕生日パーティーですよ」
「レジェル様も、そろそろ着替えないといけませんね~」
ルディアがマルタに連れらたのを見届けて、レジェルもパーティーの準備をすべく、自室に帰るのだった。
――――――――――
「お兄様には、いつも見つかってしまうわ。どうやったらうまく撒けるのかしら」
自室に帰ったルディアは綺麗な桃色のドレスを着て鏡の前にちょこんと座っている。髪を整えている使用人達は、愛らしいルディアをさらに可愛らしくすべく、真剣にルディアの柔らかい髪を編み上げていく。
完成するとメイド達から歓声がおこり、可愛いー。欲しいー。などという声がルディアに浴びせられる。
メイドというのはこういう人種の集まりなのだろうと、ルディアは、漠然と認識していた。
「ルディア様。くれぐれも」
「パーティー会場から抜け出すな。でしょう? 分かってるわ。ファーラス家の者たるもの分別はわきまえます。というか、耳にタコだよ、マルタァ」
そう言い放ったルディアだが、いつもそういいながら何処かにいってしまうのだから困ったものだ。
マルタは、ため息を吐く。
「時間ですわ。会場に移動しましょうか」
マルタに手を引かれ、ルディアはパーティー会場に向かうのだった。
――――――
「あら、まぁ! ルディア!! なんて可愛らしいの!!」
「うぐっ!」
パーティー会場にやってきたルディアをみつけた途端に、母ルイーゼはルディアに抱きついた。ちなみにルディアの金髪と瞳は母親譲りだ。
「母様……くるしっ!」
「あら、ごめんねルディア。ああっ! もうなんて可愛いらしいの!? 皆! ぐっジョブよっ!!」
「お褒めに預かり光栄です」
髪を結ったメイド達が母様と次の髪型トークを始めた頃、アルスとレジェル、後からカルストがやってきた。ルイーゼとメイドにわやくちゃにされているルディアを見て、苦笑しながらも愛らしい彼女に感嘆する。
「ルディアは可愛いですね。父上」
「そうだな、ルイーゼに似て……将来はさぞかし美しくなる事だろうな」
アルスは緩みきった頬を隠そうともせず、娘にでれでれの様子だ。
「あのルディア様も、いつかは何処かに嫁いじゃうんだよな……。なんか、そう考えるとさみしいなぁ~」
カタッ
カルストがなんとなく、本当になんとなく言った。
「ルディア様は可愛いし、このパーティーで何処ぞの王子が、将来お嫁さんになって下さい! とか言ってくるかもしれないよなぁ」
ガタッ
「そんな事になったらどうするー? アルスー……ってえあれぇ?」
カルストがアルスの方を見ると、アルスはとても黒い顔をしておりました。
「あぁ。きっと、その国は滅ぶだろうな。……謎の天災によって」
ふふふと、怪しげな笑みを浮かべるアルスから、カルストは、静かに距離をとった。レジェルは、その様子を見て大笑いしている。
「あははっ! 父上が言うと冗談になりませんって」
そんなこんなでパーティーが始まり、なんの事件もなく時は過ぎ、パーティーもお開きになりました。
謎の天災が何処かの国を襲う事もなかったようです。
その後アルスの執務室では、
「ルディア様がパーティーを抜け出さなかったなんてっ!! 奇跡ですわっ!!」
マルタがハンカチで涙を拭きながらそう喜んでいた。なんと今日のパーティでルディアは抜けださなかったのだ。こんな事は初めてだったので大人たちのささやかなお祝い宴会がはじまったらしい。
「成長と言いなさいマルタ」
「にしても、お嬢様が抜け出さなかったのってはじめてじゃないか?」
カルストが注いだワインをアルスに差し出しながら言う。
「なんにしろいい傾向じゃないか」
アルスがワインを受け取りながら微笑んだ。