―3―『MEDY』
裏庭を後にしたカルストは、真っ先にアルスのいるであろう執務室に向かう。
執務室の中では、アルスが至極真面目に仕事をしていた。アルスに書類を渡したり、資料を整理したりするために、数人の使用人達もいる。
アルスは、親バカという一面を除けば完璧なんだがなぁ~……。その一面故に、アルスの人物像が大きく残念な方に傾いている気がする……。
「どうした?カルスト」
そう言うアルスは、視線はこちらに向けず、手もとめない。
腰まである長い銀髪を後ろで結び、真剣な表情で書類と睨み合う。正直かっこいいと思う。
熱心に仕事している最中に悪いが……水を差さしてもらう……。
「……落ち着いて聞けよ?
ルイーゼとMEDYの奴らが『着せ替え』を実行しようとしている」
……カラーン…
…バサッ…
…バササササッ……
アルスの手からペンがこぼれ落ち、
使用人の一人が持っていた書類を落とし、
また違う使用人が、整理された書類の山を崩した。
静止。
沈黙。
執務室が一気に冷えきった。
「……………ユオンか……」
「ご名答」
さすが、アルス。話がはやくて助かる。
「MEDY」
ファーラス家で働くメイド達は、一人の例外なくこのMEDYといわれる組織に所属している。もちろん、マルタも。ちなみに、彼女は主任といって、メイド達の中では一番偉い地位についている。
MEDYとは…ファーラス家が経営する、各国王家御用達の超有名ブランドだ。
一応、長い歴史のある組織で、その成り立ちはこうだ。
……かつて、ファーラス家に、もっと自由に主人を飾り付けたい衝動にかられたメイド達がいた。
耐えきれず自分達の作った服を主に見せると、主はたいそうその服を気に入り、それ以後メイド達の作る服しか着なくなった。
いつしかメイド達の作る服は有名になり設立されたのが、
「MEDY」
その名の由来はメイドとレディを掛け合わせただけらしい。
MEDYは世界中に支店を持ち、多くの人、主に女性が働いている。
その中でも、戦闘能力に秀でた一部の人間がファーラス家のメイドとして雇われるのだ。
つまり……ファーラス家にいるメイド達は……めちゃくちゃ強い。
同じように、執事や男の使用人達も、ファーラス家が運営する様々な組織から抜粋されてきた強者ではあるが……。
女という生き物は恐しい。
それだけを言っておこう。きっと全て理解してくれただろう。
そして……『着せ替え』とは……。
端から見ると、ただコーディネートしているだけにしか見えないが、
その実態は、MEDYが目の保養をしたいがためだけに対象を縛り付ける拷問。
悪夢の時間。
前提、
対象者は、見目麗しい人物。
ファーラス家の一族は当然、一族外でも綺麗な容姿をしていればターゲットにされる。カルストが良い例。
一、
捕まれば延々と服を着替えさせられる。
ニ、
着替え終わる毎に、どうでもいい髪型の話や、装飾の話を始め、なかなか終わらない。
三、
徐々に服が改良されたりしていって、一着の服が完璧に完成するまで次には進めない。全く関係ない話題に移る事もしばしば……。
四、
やめたい、なんて言い出せば、白い目で見られる。しかも、何か言いましたか? ってな感じで聞いてもくれない。
五、
逃げ出しても捕まる。
六、
ストックの服全てについて、髪型や装飾が決まると、やっと解放される。
七、
もちろん、一日では終わらない。
今までの最高記録で、二十四日。最低でも三日は終わらない。
つまり、それだけの期間メイド達が『着せ替え』に集中して、ろくに仕事をしないのだ。
元々MEDYからの引き抜きなので、そちらが本業だ。と言うのが彼女達の意見らしい。
『着せ替え』対象外の者でも大きな疲労を被る、悪魔の祭典……。
ファーラス家の人間は、『着せ替え』をトラウマに持つものが多い。
だったら、MEDYからの引き抜きなんて辞めちまえ!!
と、思うが既に伝統となっているし、主要な収入源でもあるので解散させる事もできない。
MEDYと『着せ替え』は、歴代当主の悩みの種なのだ。
今代にいたっては、当主の妻であるルイーゼも『着せ替え』を開催する側なので、盛り上がり方が異常だ……。
「俺としては、いずれMEDYの餌食となるにしても、今は流石に早すぎるんじゃねーか? っていう意見よ。」
ユオンは、この屋敷にきてまだ三日目だ。不慣れな環境で、精神的にキツイ事はさせたくない。
「それは、私も思うが……」
アルスが何かを言いかけると、タイミング悪く誰かが執務室をノックした。
入れ。と言われて入ってきたのは……料理人の一人だった。
「……アルス様。屋敷のMEDY全てが魔窟に篭もったようです……」
「早いな……」
魔窟……ファーラス家の隅にある、MEDYの仕事場の事だ。畏怖の念を込めて、男性陣はそう呼んでいる。
そこに近づいたが最後……。
……何があるかは想像にお任せする……。
……俺の口からはとても言えない……。
ちなみに、料理人は厨房から魔窟を見る事ができるので、MEDYに怪しい動きがみられたら報告しにくる事になっている。
料理人が、執務室を訪れるという事は恐怖の始まりを意味するのだ。
「今回は、どれだけ仕事しないつもりだ?奴ら……」
「この間は、ルディア様をターゲットに十三日、その前レジェル様で八日……」
使用人達がざわざわと、予想を立てている。
その中で一人、冷静にペンを拾い上げるアルス。
「今回に限っては大丈夫だろう」
アルスが、何の迷いもなくそう言い切った。
「「え?」」
皆キョトンとした顔でアルスを見る。もちろん自分も。
アルスは再び書類と睨み合いはじめる。
「アルス? 何を根拠にそんなことを?」
うんうん。と周囲の使用人達も頷く。
「おそらく、ルディアが許さんだろうからな」
「「「「……なるほど」」」」
アルスの言葉に納得し、その場にいた者はそれぞれの仕事に戻る。
この屋敷で、隠れたルディア嬢を見つけられるのは、アルスとレジェルの二人だけなのである。