表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第32世界  作者: 閃夜
Ⅱ ファーラス家の闇
15/47

―2―カルスト

 ユオンの部屋を出たマルタは、染料と、大きな桶を持って裏庭に出る。

 自身の空間から先ほどの約四十着程の衣服を取り出し、風魔法で宙に浮かせる。

 シャツや上着、ズボンなど種類は様々だ。

 それらを、じーっと眺めるマルタ。


「よし!! イメージは大体固まりましたわ!」


 そう言って、宙に舞う衣服から数十着を選び出し、残りは再び空間にしまう。

 そして地面に座り、ボタンやビーズなどの染めない部分を取り除く作業にとりかかる。


「ふんふんふふふふ~ん」


 鼻歌を歌いながら作業に熱中する。

 ふと手を止めて、思い出すのは先ほどの可愛い息子(ユオン)


 (顔を真っ赤にして……わ…わたくしの事を……お……お母さん……って!!! 可愛い!! 可愛すぎですわ!!!)


「うふ…うふふふ……ふふ」


 怪しげな声が裏庭から響く。



 たまたま近くを通りかかったカルストは、その声を聞いて足を止めた。


 (……裏庭に……誰かいる?)


 そろ~っと建物の陰から裏庭をのぞくと、そこには楽しそうな表情で何かしている(マルタ)がいた。

 (なんだ、マルタか。)

 ほっとして、ゆっくり彼女に近づいていく。


「何やってんだ?」

「きゃっ!!」


 マルタは驚き、すばやい動きで距離をとる。

 一瞬殺気だったが、カルストを見て、ふーーーと長い息を吐く。


「……カルスト……。もうっ! びっくりさせないで下さい!!」


「気配を消したつもりはないんだけどな~」


 ポリポリと頬を掻くカルスト。

 いつも皆に、気配がない、驚かせるな、と言われるが、まったくそんな事をしている自覚はない。


 ……仕事の癖が身にしみついてんだよなぁ……。


「気配を絶って近づくなと、いつも言っていますのに! いつか、うっかり攻撃してしまっても知りませんわよ!」


 マルタの長々とした説教が始まってしまった。

 にしても、頬を膨らませる彼女はとても可愛いと思う。


「怒ったマルタもかわいいよ」


 彼女の頬に手を添え、甘く囁く。



「いつもなら、長々しく説教しますが、今日の私はとてつもなく機嫌が良いので、許して差し上げますわ!!

 それよりも!!さっき嬉しい事がありましたのよ!!!」

「スルー……」


 カルストの甘い言葉にときめかない女性はいない。と言われていた時代が確かに存在した。

 この鈍感娘と結婚を取り付けるまでには、彼の計り知れない、かつ涙ぐましい努力があった……というのは有名な話だ。



「カルスト? ねえカルスト、聞いていまして?」


「聞いているさ!」


 ちなみに半泣きである。




「で? 何があったんだ?」


 マルタは、うふふと先ほどの怪しい声を発し、両手を頬にあてる。


 (この表情……どこか、すごい身近で見たことがあるような……?)


カルストはそう感じたが、どこで見たかは思い出せなかった。




「実はですね……先ほど、ユオンに『お母さん』って呼ばれてしまいましたわキャーーーー!!!」


 奇声を発するマルタ。


 (あぁ……そうか、どっかで見たことあると思ったら、親バカトークするアルスと同じ表情だ。

 というか、えっ!!? いつの間に打ち解けたんだ!!? 俺をさしおいて!!)


「……マルタ」


 ふにっと、彼女の頬を両手で挟む。


「ふぐっ! にゃにしゅましゅにょ、きゃりゅしゅと」

「俺に仕事を押し付けて……どこいったんだと思っていたら……なに抜け駆けしてんだ!!」


 びよ~んと今度は横に引っ張る。


「ふにいっ!!」


 ぺしぺしとマルタが腕を叩くのでしかたなく手をはなす。

 開放された彼女はばつが悪そうに視線をさ迷わせた。


「えっと……その……ごめんなさいカルスト。私、どうしても我慢できなくって……」


 マルタは、縮こまって見上げてくる。


「……いいよ。もう……」


 上目遣いにやられました。


「で、これは何やってるんだ? レジェル様の昔の服?」


「あぁ。ユオンの部屋のクローゼットにしまわれていたものですわ。サイズは合っていたので、彼にあった色に染めようと思いますの」


 なるほど。確かに、染料や桶などそれらしいものが置かれている。


「……ということは……まさかユオンに『着せ替え』……か?」


「そういうことになるのかしら~」


 輝く笑顔のマルタ。

 可愛い。

 可愛い……のだが、これから『着せ替え』が行われるという恐怖にカルストの顔がひきつる。


 (いやいやいやいや来てすぐにアレはきついだろう……。何とかして止めないと!)


「マルタ……

 バァァン!!

「『着せ替え』と聞いて!!!」


 突然屋敷の窓が勢いよく開き、そこから聞こえてきた大声に、カルストの言葉は掻き消された。

 声がした方をみると、ルイーゼが仁王立ちしていた。後方では、メイドーズが控えている。彼女達も皆、輝かんばかりの笑顔である。


「うわあぁああ!! めんどくさいタイミングで、一番めんどくさい人達がでてきた!!!」


「めんどくさいとは何ですか! マルタに振り回されているような哀れな生物は去りなさい!!」


 酷い言われようである。

 ちなみに、アルス、カルスト、ルイーゼの三人は学園の同期で昔から仲がよく、公の場ではカルストがけじめをつけるが、普段はお互い上下関係なく振舞っている。


「つか、いつからそこにいた!?」


「マルタがここに来る前から、かしら?」


「つまり……最初からだな……」


「えぇ。最初っからす・べ・て拝聴していますよ?」


 ふ~ふ~ふ~と不気味な笑みを浮かべるルイーゼ。

 さっと手を振り、後ろのメイドーズに何かの合図をする。


 ……いやな予感しかしない。



メイドーズの一人が録音機を持ち出し、再生ボタンを押す。

そこから流れてきたのは……


『怒ったマルタもかわいいよ』


敗北の記録であった。


「!!??」


 (なんでそこ録ってんだ!? 忘れたかったのに!!!)



『怒ったマルタもかわいいよ』

『怒ったマルタもかわいいよ』

『怒ったマルタもかわいいよ』


 メイドーズの一人は、何度も巻き戻し再生を繰り返す。


『怒ったマルタもかわいいよ』

『怒ったマルタもかわいいよ』


「っ! も……もうやめてくれぇぇぇぇぇぇえ!!!」


 カルストは羞恥のあまり、耳をふさいでしゃがみ込む。


「ふっ! ちょろいわ!!」


 ルイーゼは髪をかきあげる。これは、彼女の癖だ。


「で! マルタ!! ユオンの『着せ替え』ですって!!? 私達もまぜなさい!!!」

「主任だけ、『着せ替え』なんてずるいですぅ~!!」

「ユオンってあの可愛い子よね!? レジェル様と違った雰囲気で新鮮!!」


 マルタはルイーゼとメイドーズに取り囲まれ、どんどん話が弾んでいっている。

 ユオンをターゲットに『着せ替え』をする、というのは決定事項のようだ。




「……はぁ……」


 どさくさに紛れて例の録音機を回収したカルストは、ワイキャイ騒ぐ彼女達を置いて裏庭を後にした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ