―1―マルタ母さん
「……ん」
朝日の眩しさにユオンはゆっくり目を覚ます。小さな鳥がバルコニーでちょこちょこしているのがカーテン越しに見えた。
昨日はバルコニーで眠ってしまった気がしたが、起きてみると与えられた自分の部屋のベットの上だった。
誰が運んてくれたんだろう?
体を起こし、顔を洗おうと部屋についているバスルームに向かう。
鏡をみるとまだ目が腫れていた。
泣いたってまるわかりじゃないか。
涙の跡を消すように、いつもより念入りに顔を洗う。
両親が死んでも、自分の出生や魔力の事を聞いた後だったから、泣きたくても泣けなくて。
涙を無理に我慢しても、やっぱり魔力の暴走は止められなくて。
死のうとしても、死ねなくて。
ほんとに、『自分』という化け物が怖くなって……。
彼女はわかってくれていて、僕に一番必要な言葉をくれた。
柄にもなく大泣きしてしまったが、昨日おもいっきり泣けたおかげか今日はスッキリとした気分で、心が軽く感じた。
昨日は夜遅くまでルディアに付き合ってもらってしまった。彼女はぐっすり眠れただろうか?
そんな事を考えながらタオルで顔をふいて、バスルームから出る。
とりあえず着替えをすませようとクローゼットを開けた。
「……うわっ」
クローゼットの中には、とても高級感あふれる上品そうな服がズラリと並んでいた。主に白や薄い青を基調としたものが多い。
アルスに、「部屋にある物は好きに使ってくれていい」と言われていたが、 コレを着るのはどうかと思い、自分がここに来るときに着ていた服を探したがどこにもみつからなかった。
「あ。そういえば、今着てるんだった……」
見つからないのもそのはずである。昨日は知らずのうちに眠ってしまったので、服を変える時間などなかった。
まぁ今日はこのままでいいか。
にしても困った。さすがに服一着で生活していくのは、衛生上に問題が生じる……。
かといってこんな高級そうな服を身につけるのは気が引けた。
「しかも白……」
ユオンは、髪や瞳の色に合わせて黒や赤を基調とした服を好んで着ていた。それが自分に一番良く似合う色だとも理解しているつもりだ。
白色や青色が嫌い……というわけではないが、汚してしまいそうで怖かった。この服達はきっと値が張るのだろうし。
クローゼットの前で悶々としていると、誰かが扉をノックした。
「ユオン? 起きていますか? 開けますよ?」
扉を開けて入ってきたのはマルタだった。今日は、肩で切り揃えられた真っすぐな赤毛を後ろでちいさく結っている。
マルタは、ユオンが寝ていると思っていたのか、クローゼットの前で立っている彼を見て少し驚いたようだったが、すぐに微笑んだ。
「おはよう、ユオン。起きていたのね」
「おはようごじゃっ……おはようございます」
バージェス家の養子となり、新しい母となったマルタを前に、緊張して噛んでしまった。
恥ずかしい……。
「ふふふっ。緊張しなくてもいいのですよ? 私は、貴方の母親になったの。敬語も必要ありませんし、お母さんって呼んでくれてもかまいませんわ」
真っ赤になるユオンをよそに、マルタは楽しげに話す。
「ところで、何をしていましたの?」
「え……と。」
ユオンは、チラリとクローゼットの方に視線を向ける。マルタは首をかしげ、ユオンの視線を追う。
「あー……。なるほど」
クローゼットの中を見て、マルタは納得したようだった。
「……ごめんなさい。アルス様は、好きに使えと言ってくれたんですが……」
マルタは一着の服を手に取る。
「これは、レジェル様の昔の服……。ユオンとはイメージが違うかしら……?」
マルタは、ユオンに服を合わせ、じっとみる。
「サイズは大丈夫そうですわね。形も問題はないでしょう」
そう言うとマルタはいくつかの服を見繕い、次々とユオンに合わせていった。
「ふんふんふ~ん」
鼻歌を歌いはじめたマルタは、やけに楽しそうだ。
「ユオンは、黒とか赤とか似合いそうですわ~。紫もステキかしら? ああっ! 金もステキかしら!!?」
マルタのテンションがうなぎ登りしている。できれば金メインの服は遠慮したい……。
そういえば、母さんも服を選ぶ時こうやって一人騒いでたっけ……。女の人はみんなこういう服選びとか好きなんだろうな。
そんな事を考えながら、しばらくなされるがまま身を任せていたら、マルタがクローゼットの服を全部自身の空間にしまいこんだ。
「えっ! もしかして捨てちゃうんですか!?」
いくらなんでもそれはもったいなすぎる。慌てて止めようとすると、違うという答えが返ってきた。
「サイズは合ってるから、染めて、少々アレンジしようと思いますわ」
「え゛!? いいんですか!!?」
「大丈夫。レジェル様も、もう着れないでしょうし。問題ありませんわ」
いやいや、問題はそこではなくて……。
ユオンは、金銭感覚の格差を思い知った。
「そんな……だってすごい高そうなのに……」
「あら? そんな事を気にしていましたの? 大丈夫ですわ。この服、私が作りましたの」
「え?」
こんな見事な服を作る人がどうしてメイドなんかやってるんだろう……?この服を売るだけで、十分に稼いで生活できそうなのに。
それだけマルタの作品はすごかった。
「ふふ。力作でしょう?
ユオンにも服を作ってあげようと思っているのですが……そんなにすぐにはできませんので」
マルタは、少し残念そうに微笑む。
「しばらくは、レジェル様のおさがりをアレンジしたもので我慢してくれますか?
それで、ユオンのために作った服が完成したら、母親からのはじめての贈り物、という事で受け取って下さいね」
そう言って、マルタはユオンの頭を優しく撫でる。その手を通して温かい感情が伝わってきた。じわっと込み上げる物があったが、それは形をなす前になんとか止めた。
「……はい。……ありがとうございます。母さん」
照れながら、でもはっきりとその言葉を口にする。
やっぱり少しむず痒かった。
マルタは……母さんは驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに頬を緩め、僕を抱き寄せた。
『あなたを心配してくれる人、あなたがいてくれて嬉しい人がこんなにいるのに、いなければよかった。なんて、言わないで?』
昨日の夜、ルディアが僕にくれた言葉を思い出し、そっと目をつむる。
言わないよ。
そんな事は、もう言わない。