閑話 尊敬できる人。
今回は、閑話です。
「ユオン・バージェス」の少し前におきた出来事の話。
この後、「ユオン」の後半と、「ユオン・バージェス」の話に続きます。
アルスは執務室で様々な書類に目を通しながらペンを滑らせていた。
今年はやけに仕事が多い気がするな。
そんな事を思いながら作業に集中する。
ファーラス家の仕事というのは、だいたいが国や部族の交渉の仲立ちだ。
ファーラス家は、どこの国にも属しない中立的立場と、先代からの威光、当主に受け継がれる特殊な能力を盾に仲介者という役割をになっている。
他にも様々な事業を展開している。主な収入源としては、各国で「GAZ」と呼ばれる、社会組織を経営している。
「アルス。入ってるぞー」
「!?」
突然声がかかり、おもわずビクッとする。
目の前には、黒髪碧眼の男。カルストだ。
断じて気づけなかった訳ではない。
……作業に集中していたのだ。
「カルスト……入って来る前に断りをいれろ。というか、ノックぐらいしろ」
「まぁ、細かい事は、いいじゃなーい。というか、今更すぎるんじゃね? それ。GAZからの報告がとどいたぞ。ユオンについての」
バサリと机に置かれた資料には、ユオンについての情報がぎっしり書き込まれていた。
「ふむ。いつもながら、仕事が早くて助かるな」
書類を手に取り、ザッと目を通す。
「ユオン・アレイド
生年月日は、四五六七年 三月七日。
年齢は六歳。
ユアン・アレイドと、リオン・アレイドの養子……。ユアン・アレイドとリオン・アレイドは、二人とも孤児か」
「四五六七年……大震災の年……ね」
カルストがポツリと呟く。
四五六七年 四月十五日が、あの大震災の日。ルディアの生まれた日だ。
謎の覚えやすさを持った年である。
「ゼフィルスの話によると、彼はあの大震災の日に生まれた子だとか……」
「は?」
カルストは、目を見開く。
まぁ、当然の反応だろう。
ちなみに自分は、それを聞いた時、飲んでいた紅茶を盛大に吹いた。
「でも、ここには……三月七日って」
「両親が変に思われないように、気をきかしたのだろうな」
「なるほど」
あの時、ルディアの評価は二分した。彼女が生まれたせいであの大震災が起きたのだと言い出す輩が現れたのだ。
世間一般論として、光の魔法は神聖なるもの、とされているのでその説は瞬く間に消えていったが、一部の宗教団体や、地下組織は、未だ彼女を亡き者にしようと動いている。
公にはなっていないが、これまでにルディアは数回命を狙われた事もあった。
だから、彼女を箱入りにして育てている。
「ルディアお嬢様だけじゃなかったんねー」
「あぁ……。しかも、ルディアは一旦は死にかけたが、彼は普通に生まれたそうだ」
カルスト目が再び見開かれる。
ここは、驚愕ポイントその二だ。
ちなみに自分は、それを聞いた時、食べていた焼き菓子を喉に詰まらせた。
「……ルディルの真の再来って事か……」
そう。
かの英雄が生まれた日も、大震災が起きて多くの命が亡くなった。
この事もルディアの悪い噂を取り除く種となった。
「ふむ。……決めた。やはり、ファーラス家の養子にしよう」
「え!? ユオンをっ!?」
「あぁ。ゼフィルスに頼まれたしな」
「っえーー!! ちょっと待てよ!! 待て待て待ってよ!! 狙ってたのに!!!」
「狙ってた? ユオンを?」
「そうさ! マルタと話して、もしユオンに行く所がないなら、養子にしようって話をしてたんだっ!!」
そうか……そういえば、彼等は、養子を欲しがっていた。
マルタは、大震災の日に妊娠中だった子供を流してしまい、その影響で二度と子を産めなくなったのだ。二人は子供好きなので、いつか養子をとろう。そう決めていた。
確かに、よく似た容姿だったし……それもいいかもしれない。
そこまで考えた途端、とある考えがアルスの脳裏をよぎった。
「……ハッ! ダ……ダメだ!!」
「え!? なんで?」
カルストは、アルスが了承する事を確信していたようで、パチクリと目を瞬いた。
「ダメなものはダメだ!! ユオンは、ファーラス家の養子にする!!!」
「はあああぁぁあ!!??」
二人がぎゃあぎゃあと言い合っている中。執務室の外では……。
「あれ? どうしたんだ? マルタ」
執務室の外でティーセットを持ったマルタがオロオロしながら立っていた。
「レジェル様。……いえ、アルス様にお茶を差し入れようとやって来たのですが……どうやら中でうちの人と言い争っているようで……」
「……またか」
レジェルは、呆れたふうに言って、執務室の扉を開く。
「父様。入ります」
「失礼いたします」
中ではやはり、アルスとカルストが言い合っていた。
「いいや!! ユオンはファーラス家の養子にする!!! 絶対だ!!!」
「だから! 俺とマルタの養子になった方が、共通点があるから彼も気が楽だろ!!?」
なるほど。言い争いの原因は、ユオンらしい。
「マルタ。ユオンを養子にするんですか?」
「えぇ。例の通り私達には子供ができませんので……。彼なら、カルストと同じ髪、私と同じ瞳と共通点もありますし、そうなればいいなとは思っていたのですが……アルス様は、反対の御様子ですね……」
悲しげに目を細めるマルタ。
「父様のあれはどうせくだらない理由ですよ。ちょっと母様を呼んできて下さい」
「? はい」
マルタがルイーゼを呼びに、執務室を後にする。ドアが開閉した事に二人は気づいていない様子だ。
しばらくすると、ルイーゼがマルタと一緒に執務室に入ってきた。
「また、あの二人は……。で、今度の原因はなんです?」
「どちらがユオンを養子にするか、という話みたいですね」
「……。なるほどそういう事ですか」
納得したように頷き、ルイーゼはツカツカとまだ騒いでいるアルスのもとに歩み寄る。
そして……
スパーーーン!!!
「平手……」
呆然とマルタが呟く。
カルストは、ピッタリ二歩後退した。
レジェルは、面白い物をみたという顔だ。
「あ・な・た。そこに正座」
ルイーゼは、人差し指を頬に当て、可愛らしい仕草でドス黒いオーラを放つ。
「………はい」
こうなってしまえば、いくらアルスであろうとルイーゼに逆らう事はできない。
「まったく。あなたという人は。
どうせ『ルディアが、ユオンのところに嫁いでいったらどうしよう~』とかゆう、心底くだらない理由なんでしょうね!!!」
「うっ……」
図星のようだ。
アルスはルイーゼから目を反らす。
「心せまっ!!!!」
カルストがツッコミをいれる。
「ほんとに心底どうでもいい……」
マルタの無表情と棒読みが、何気に怖い。
「あぁ。そうさ!! 可愛い娘を嫁がせたくない親がいて何が悪い!!」
アルスは綺麗に開きなおった!!
カルストとマルタが白い目でアルスを見ている……。
レジェルは、隅の方で笑いを耐えている!
「馬鹿ですか、あなたは!! ルディアにだっていつかは好きな人の一人や二人できます!!」
ルイーゼはブチ切れた!
「いつまでもそんな事を言っていたら、いつかルディアに『お父様ウザい』と言われるようになりますよ!!!」
「ハッ!!!」
アルスは、大人になったルディアが、自分に向かって……
『お父様……ウザい』
と、言っている様子を想像した!!
「!!!!!」
アルスは大ダメージを受けた!! もう……(精神的に)立っていられない。
ルイーゼは勝利した!
カルストとマルタは、かなり引いている!!!
レジェルは、吹き出した!!
「親バカも度を過ぎると恐ろしいものね……」
ふっと、髪をかき上げながらルイーゼが言う。
「さすがルイーゼ!! かっこいー!!」
「一生ついて行きますわ!! ルイーゼ様!!」
カルストとマルタから、賞賛と拍手が飛ぶ。
「という事で、あなた。ユオンは、カルストとマルタの養子にする。……という事でよろしいですね?」
「………だがっ!」
「は?」
アルスは、最後の力を振り絞って反抗しようとした!
しかし! ルイーゼの威圧を前に黙り込んでしまった……。
「……くっ! 分かったよ!! 認めればいいんだろ!!」
アルスが吐き捨てるように言った。
ルイーゼが満足気に頷く。
「「おおお!!!」」
カルストとマルタが喜びあう。ユオンが、了承するかどうかという問題は考えないにないようだ。
「あははは!!
とりあえず、ユオンとルディアが起きたみたいなので、呼んできます。
それまでに、いつも通りになっていて下さいよ? 父様」
レジェルは、二人を呼びに執務室をあとにした。
しばらくして、二人を連れてレジェルは再び執務室にはいる。
「おはようルディア、ユオン。昨日はよく眠れたかい?」
そう言ったアルスには威厳があり、その姿からは先程あんなふざけた出来事があったとはかけらも思えない。
ルイーゼ、カルスト、マルタもいつもと変わらない。
さすがだな。父様達は。
だから尊敬できるんだ。
レジェルは、先程の事を思い出して再び吹き出しそうになったが、なんとかこらえた。