―11―光と闇
ユオンが、カルストとマルタの養子になった。という事は、コレからずっと一緒にいられる。
ルディアは嬉しかった。
レジェルは、十歳になった去年から学園の寮に入っていて、今ここにいるのは、ルディアの誕生日パーティーがあったからに過ぎない。
彼女はこの広い屋敷でメイド達と談笑はすれども、同年代の子と遊ぶ機会など全くなかった。
ユオンが来てくれて、嬉しい。嬉しいけど、どうしてか素直に喜べないのは、きっと……。
ルディアは、複雑な心境でユオンをみる。
ーーーーーー
その日の夜。
ユオンはアルスから部屋をもらい、そこで生活する事となった。
広い部屋で、バルコニー付きだ。なんとなくバルコニーに出る。ほんの少しだけ欠けている満月が、東の空に見える。
ドルバの方向だ。
夜風が彼の頬を静かに撫でる。
「眠れないの?」
突然、隣のバルコニーから声がかかった。そこには、ネグリジェ姿のルディアが立っていた。
どういうわけか、隣はルディアの部屋なのだ。そのまた向こうに、レジェルの部屋がつづく。
「別に。ちょっと夜風に当たりたかっただけ」
「ふふ。敬語外れたね」
そう言いながら、彼女はバルコニーの柵を越えてこちらに来る。
「慣れないんだよ……」
ファーラス家という事で、かなり気をつけて敬語を使っていたが、同年の彼女の前でまで敬語を使う気にはなれなかった。
「ねぇ。ユオンってほんとに六歳なの?」
「? そうだけど? なんで?」
「いや、なんか大人びてるなぁーって。兄様みたい」
「そうか?」
まぁ、そうかもしれない。魔力の強い者は、脳の発達が著しいと聞いた事がある。その影響だろう。
その条件は、ルディアにも当てはまるのだろうが、彼女は全く大人びていない。
さっき、夕食を一緒にとった時も、サラダの中の人参の存在に嘆いていた。子どもらしい反応だと言えるだろう。
夕食の時を思い出して、苦笑する。
「あ。今、私の事を子どもだって思ったでしょ」
ルディアが頬を膨らませて、ユオンを睨む。
「すごい。よくわかったな」
悪びれる事もなく言い切る。
ルディアは、拗ねてそっぽをむいてしまった。
そういう所が子どもなんだよ。
と、言おうとしたが、やめた。
沈黙が訪れた。
機嫌を損ねてしまったか?と、ユオンは少々焦った。
「ねぇ」
何か言うべきか考えていると、不意にルディアの方から声がかかった。
「なに?」
ルディアの方を見ると、彼女の背後には月が重なっており、黄金の髪を夜風になびかせるその姿を浮彫りにしていた。
「ユオンはさ………ご両親が死んだ時、ちゃんと泣いてないでしょ」
ユオンは、一瞬金縛りにあったかのように動きが止まった。
「…なんで?」
「私には、ユオンが無理してるようにしか見えないの」
逆光で、陰っている彼女の顔の中、何処か悲しみを湛えた黄金の瞳だけが異様な輝きをもっていた。
スーッと、背筋に冷たい物が走った。体が小刻みに、震える。
「そんなことないよ」
ダメだ。耐えないと。
「嘘ね。ダメだよ。泣かなきゃ」
「どうして君にそんな事言われなきゃならないの?」
触れてほしくないところにズカズカと入ってくる彼女に、ユオンは得体のしれない怒りを覚えた。
「言ったでしょ。ユオンは無理してるようにしか見えない。無理やり自分の感情を押さえ込んで悲しい事を考えないようにしてる。しかも、無駄に感情を隠すのがうまいんだもの。見てて痛々しいわ」
ユオンは、大きなため息をはく。
「ダメだよ……。君も見ただろ? あの黒い空間を。あれは、僕が悲しんだせいで発生したんだ。あれは、世界に害をなす。僕は、悲しんじゃいけないんだ」
父さんと母さんが死んだとき、僕はひどく取り乱した。そのせいで、あの黒い空間ができあがった。
「私が止めたからもう大丈夫よ」
「分からないよ? こんな気持ち悪い力なんだ。もしかしたら今度は、術を引きちぎるかも」
それは自嘲気的な、きつい口調になってしまった。
「それなら、また私が術をかけなおしてあげるわ。だから……ね?
泣いてもいいよ」
そう言って、ルディアは俯くユオンの頬にそっと手を添えた。
「父さんも、母さんも、僕のせいで死んだんだ」
沈黙のあと、ユオンがポツリと言う。
同時に、彼の魔力が怪しくうねるのをルディアは感じとった。
「そうかもしれないわね」
ルディアは、あっさり肯定する。
「僕には、悲しむ権利なんてない。父さんと母さんを殺したのは、僕だ。……なのに」
ユオンは、涙を溜めた真紅の瞳でまっすぐルディアを見る。
震える声でユオンは続けた。
「父さんと、母さんは、死に際に僕にむかって言ったんだ。『愛してる』って」
「うん」
「おかしいよね。
僕がいなければ父さんも母さんも死なずにすんだのに。二人ともね、もう、体がボロボロでさ、砂みたいになって死んでいってさ。死体も残らなかったんだ。もっと生きていたら、本当の 二人の子供が生まれて、もっと幸せになれたかもしれないのに。 全部、全部、僕がうばったのに!!」
堰を切ったようにユオンの頬を涙が伝っていく。
添えられたルディアの手も、その涙で濡れていく。
だけど、彼女は決して手を離そうとはしない。
「僕がなんか、いなければよかったのに!!
あの大地震に巻き込まれて死んでしまえばよかったんだ!!!」
ユオンが叫ぶ。息が荒く、とても興奮しているようだ。
ルディアは、そっとユオンを抱きしめる。身長は十センチほどユオンの方が高いので、彼女は少し背伸びをする形になった。
ユオンは一瞬戸惑ったようだったが、ルディアの肩口に顔を埋め、泣いた。
ルディアは無言で、彼の悲しみで暴走する魔力に自分の魔力をぶつけて相殺していく。
東にあった月はいつの間にか、昨日の夜のように真上にきていた。
ユオンは大分落ち着いたようで、魔力も安定しだしてきた。
「ユオンは、自分を責めてばっかりだね」
ポンポンと彼の背中を叩く。
「今度は、違う事考えようよ?」
ルディアは微笑み、ゆっくり話し出す。
「ユオンのお父さんとお母さんが、最後の最後、貴方に伝えた言葉は、『愛してる』でした。 貴方はご両親に愛されていた。
貴方が、自分なんていなければよかったなんていって、彼等は喜ぶ?
憎む事もできたのに、彼等はそうはしなかった。
そんな彼らに償いがしたいなら、貴方は、彼等の分まで生きなきゃいけない。
いなければよかったなんて、言っちゃいけない」
まるで小さい子どもに言い聞かせるような、そんな口調でルディアは続ける。
「わたしはね、ユオンがきてくれてとっても嬉しいのよ?
お兄様は、明後日には寮に帰ってしまうから…さみしくなるなと思ってたけど、同い年の遊び相手ができたから。
あとね、カルストとマルタは、ずぅっと子どもがほしいっていってたの。だけど、父様の権力の暴力により、お暇をもらう事ができず、なかなか養子選びができないでいたの。
二人ともユオンがきてくれてとても喜んでたわ。
ゼフィルスだって、ユオンを心配して父様に貴方を預けたんだよ?あと、私が名を許された理由の半分は貴方の恩人だからということだったわ。
あなたを心配してくれる人、あなたがいてくれて嬉しい人がこんなにいるのに、いなければよかった。なんて、言わないで?」
ね?と笑う彼女は、子どもっぽさなんて微塵も感じられなかった。
ユオンが、その言葉、その笑顔でどれだけ救われたか……。
ユオンは、また泣いた。
しかし、今度は悲しかったからでは、ない。
情けない姿をしているだろう。
これからも、こんな事があるかもしれない。
その度に、きっと彼女は慰めてくれるのだろう。
笑ってくれるのだろう。
「……ありがとう」
いつか、自分も彼女の力になれればと、そう願った。
王道展開すみません…。