―10―ユオン・バージェス
「少し長い話になると思います。説明と言っても、自分でもまだよく整理できていないので……あった事をありのまま話そうと思います」
ユオンはそう話をきりだした。
「僕は、東の大国ドルバ王国で父さんと母さんと一緒に住んでいました。
何の変哲もない普通の家庭だったと思います。
父さんと母さんは、二人とも強い魔力を持っていてどちらも光の属性でした。僕は、そんな二人の間から闇の属性を持って生まれてきました。
珍しい事ですが、父さん方の祖父が闇の属性だったので、そちらが強く出たのだろうと言い聞かされてきました。
僕も、そういうことなのだと、あまり気にしてはいませんでした」
ユオンは、そこで話を一旦切ると、大きく息を吸って再び話し始める。
「ちょうど一週間ほど前の夕方の事です。僕は買い物を頼まれて、夕市に行きました。
何の問題もなく買い物を終わらせて、うちに帰ると、風の精霊王が来ていました。
父さんと母さんは、彼に名を許されていて、彼が来る事は珍しい事ではありませんでした。父さんと母さんと僕と彼の四人で夕食をとりました。
夕食を食べ終わる頃、父さんが突然、僕にある話をし始めました。
それは、六年前の大地震の時の話でした。
結論から言うと、僕は父さんと母さんの本当の子どもではありませんでした。
あの日、母さんは妊娠していて、もうすぐ子供が生まれるという時に、あの地震が起きたそうです。そのショックで、生まれたばかりの子どもは死んでしまいました。
父さんと母さんは、悲しみました。
地震が収まって、一ヶ月した頃、風と炎と木の精霊王が一人の赤子を抱いて二人の元を訪れたそうです。
その子は、異常なほど強い闇の魔力を持っていて、その力は放っておくと周囲に悪影響を及ぼすという事でした。
精霊王達は、二人に言いました。
『今は我らの力でなんとか事なきを得ているが、この子が成長していくと精霊王達だけの力では、どうする事もできなくなってしまう。
仕方がなく殺そうとしたのだが、どうやっても殺す事ができなかった。
そこで力を封印しようとしたが、精霊には光の属性を持つものがなく、それもできなかった。協力してはくれないか』と。
二人は協力する事を引き受け、封印の陣を作りました。その子がとてつもない力を持っていたので、必然的に陣は細かく、膨大な物になってしまいた。陣が完全したのは良いものの、その陣は二人の魔力を足し合わせないと発動できなかったのです。
二人は力を合わせて術を発動しました。
術の発動は成功しました。
しかし、それはギリギリの魔力で組み上げた不完全な封印で、本来の封印術のように術師の死後もその力を保つ事はできなかったそうです。
しかも、発動の際に魔力を絞り出した影響で二人の肉体はボロボロでした。
もって十年。それが肉体の限界だろう。二人は、そう推測しました。
二人は精霊王達に自分達が死ぬまでの間は、この子を育てさせて欲しいと願い出ました。
精霊王達は二人の願いを聞きいれ、その子を預けた。
その子どもが、僕だったそうです。
父さんと母さんが、術をかけてから約六年。二人は自分達の肉体にガタが出始めた事に気付いていました。
そうなると、いつ、僕にかけられている術が効力を失い、この魔力が世界に悪影響を及ぼし始めるか……。
二人は、何らかの対策をしておく事にしました。強い光の術師に、術の引き継ぎを依頼しようとしたのです。
そこで思いついたのが、ファーラス家でした。
どのみちファーラス家なら、いつかこの魔力をどうにかしないといけない機会がやってきてもおかしくないだろう。
そういう事で、二人は僕を連れてファーラス家を訪れる為に、家を出ました。早めに話しを取り決めておこうとしたのです。
でも、二人がここを訪れる事は叶いませんでした。
来る途中、突然二人は倒れ、死んでしまったのです。
二人は死に際に、僕に陣のメモを託しました。
両親の死と、封印が解かれた事もかさなって僕は、魔力を暴走させた。
それが昨日起きた事に関する全て、です」
話し終えると、アルスとレジェルはやはりあの紅い十字の瞳でこちらを見ていた。
長い沈黙が続いた。
「……話は分かった」
アルスのまっすぐな視線を正面からうけとめる。
「……ありがとうございます」
良かった、途中から自分でもきちんと話せているか分からなかったが、なんとか伝わったらしい。と、ホッと一息つく。
「……ユオン。その『封印の陣』というのを見せてくれないか?」
「あ、はい」
昨日、ここに来る際に回収した例のメモは空間魔法で異空間にしまっていた。
取り出してアルスに手渡す。アルスが受け取ったメモを、他の四人も覗き込んだ。
メモを見た途端、全員が目を見張って驚愕の表情をみせた。
まぁ、それもそうだろう。
「うわぁっ……。コレがお嬢様をぶっ倒した封印陣っすか……」
「なんと言うか……エグいですわ」
「おかしいわ。目が疲れてるのかしら。インクの黒い部分が、白紙の部分よりも多く見えるわ……」
「これ考えるのに、何日費やしたんでしょうね」
各々が、感想を述べる。
「ルディア。お前……コレを一人で組み上げて発動したのかい?」
尋ねるアルスの肩は震えている。
笑いを堪えているようだ。
「そうよ。組み上げるだけで、ものすっごーい時間がかかったんだから」
「ぶはっ!! あははははははは!!」
とうとう噴き出したアルスに、ルディアはキョトンとしている。ユオンも大爆笑する彼を前に、目を丸くした。
まぁ、六歳の幼気な少女が、こんなアホみたいな難易度の術を一人で組み上げて発動しました。しかも、それが貴方の娘です。なんて言われたら、笑いたくもなるのかもしれない。
「あなた。気持ち悪いですよ」
ルイーゼが若干引き気味に言う。
「あははは……ふふっ。いや、失礼。さすがはルディアだな、と思ってな。ははは」
アルスは一頻り笑うと、ユオンに立って後ろを向くように言った。
「何をするんですか?」
「術の完成度と、発動具合を見ようと思ってね」
そう言って彼は、顎に手を当ててジッとユオンの背後を眺める。
何があり、何を見られているのかサッパリ分からないユオンは、黙って言う事を聞く事にした。
後ろを向くと、必然的に隣に座っていたルディアと向かい合う形になる。彼女は、ジッとこちらを見ていた。その瞳には、どこか悲し気な色が見えた気がしたが、彼女はすぐに俯いてしまったのではっきりとは分からなかった。
「恐ろしいほど問題がないな。コレだけの術なら、多少のズレがあってもおかしくないのに……。きちんと発動もされているようだ」
もういいよ。と肩を叩かれたので、再びソファに腰を下ろす。
「術の複雑さ、細かさ、膨大さを除けば世間一般の封印の陣と変わりはない。封印は完璧に成功している。
ルディアへの影響もないようで、安心したよ」
ふぅー。と息を吐いて、アルスはソファにもたれかかった。
「ところで、ユオン。君はご両親を亡くしたそうだが……どこかいく宛があるのかい?」
ユオンは、ハッとした。
「……考えてませんでした」
何もかもが唐突過ぎて、そんな事まで気が回っていなかった。父さんや母さんは何か言ってたか? いや、二人ともあと四年は大丈夫だと思っていたらしいから、そこらへんは後回しにしていたのだろう。
考え込むユオンをみて、アルスはカルストに目配せする。カルストは軽く頷いた。
「ユオン。もしもいく宛がないのなら、ここにいるカルストとマルタの養子にならないかい?」
「………はい?」
耳を疑った。今、彼はなんと言ったか?
「………養子?」
「あぁ。実はゼフィルスから、君が天涯孤独になったから、なんとかして欲しいと言われてね。どうしようか考えていたら、彼等が養子にしたいと言うんだ」
「……」
ユオンは、空いた口が塞がらない。
ユオンがそうなるのも無理はない。
マルタと言う人は知らないが、カルストは……カルスト・バージェスは、故郷ドルバ王国では超有名人物だ。
ドルバ王国三大貴族筆頭の一族――バージェス家の長男で、多才な才能に恵まれながら、『当主とかめんどくさい』『自分にはむいてない』と、次男に当主の座を譲り、ファーラス家に仕える事にしてしまった、という伝説の持ち主だ。
この話はドルバ王国内では、大地震の中奇跡の生誕を迎えたルディア・ファーラスと同じくらい有名な話だろう。
「あははー。驚くのも、無理ないよなー。ドルバ出身らしいし?」
カルストは、軽い口調でヘラヘラと言う。
「俺達には、色々あって子供ができないんだ。いつか、養子をとろうと話はしていたんだが、なかなか機会に恵まれなくてなー」
「そこに貴方がきて、天涯孤独だと聞いたもので……。ちょうど髪と眼が私達と同じ色ですし、良ければ、私たちの養子になって下さいませんか?」
ユオンは、カルストとマルタを交互にみて、どうしたものかと、アルスに視線をむける。
「君さえよければ、了承してあげて欲しい。ルディアも年の近い友達が出来るのは、嬉しいだろうし。
それに、何よりも君はルディアの傍にいた方がいいようだ。万が一という場合があるからね」
確かに。ファーラス家としてもこの魔力はほってはおけないだろう。
「……分かりました。その件受けさせていただきます」
ユオンは、少し照れくさそうに答えた。
「おっ! 決まりだな!」
「ええ。よろしくお願いしますね! ユオン!」
暖かな笑顔を向けられ、ふと死んだ両親を思い出す。
この人達は、自分のせいで不幸にはしたくない。
沸き起こる悲しみを抑えてユオンは、笑う。
「はい。よろしくお願いします」
こうして、彼はユオン・バージェスとなった。